カラス化ガール

 オレンジ色のスーパーボールは、窓の日光を反射させながら、床と壁をバウンドする。
 速度があるので、オレンジの輝きが、光線の尾を引いているようにも見えた。
 銀色の紙飛行機の下をかいくぐって、追い抜いていく。
 しかし、(はず)み方は無軌道だ。
 ゴカッ! ゴンッ!
 途中、教室のドアの出っぱりや、消火器などにもぶつかって、横へも跳ねた。必ずしも、直線的な飛距離は伸びていない。
「きゃあ!」
 興奮した恵萌(めぐも)が、(こぶし)を握り、笑って叫ぶ。勝てるかも!

「おおお!」
 初子(はつこ)も歓声を上げ、ジャンプする。背中のセーラーカラーが跳ねた。スカートの(すそ)もめくれて、太ももがのぞける。よく日焼けした脚。
 初子としては、自分が圧勝するよりも、互角の「いい勝負」となることを望んでいるのだ。その方が盛り上がる。
 何しろ、紙飛行機の不利は、どうしようもない。さすがに、相手がスーパーボールでは……。

 そもそも、スーパーボール同好会のコンセプトは、「絶滅しつつあるスーパーボールを保護・救済し、コレクションし、かつ、積極的に現役高校生が遊ぶことによって復権を図り、もって青少年の健康増進を期して、世界平和に貢献する」というものである。
 だから、この「競技」の勝敗自体は、本来の活動趣旨と、余り関係がないといえば、ない。
 
 とはいえ。
 恵萌が飛ばした紙飛行機とて、無論、ただの紙飛行機ではない。当然だ。
 仮にも「紙飛行機同好会」を名乗る以上、ある程度のプライドと探究心は持っている。

 恵萌が放った紙飛行機は、翼の外側、端っこが上へ、垂直に折り曲げられていた。幅、一センチほど。
 これによって、普通に折った紙飛行機よりも、空中を安定的に直進する。

 また、紙そのものにも多少こだわっている。
 銀色の紙だが、裏は白い。アルミ(はく)ではなくて、折り紙用の紙なのだ。正方形の紙を一枚半使って、のりで切り貼りしてつなげている。
 アルミ箔でも試したものの、重さのせいか、フニャフニャして、すぐに落ちてしまうのだ。しかも、折ると紙同士がくっついてしまい、広げるのがやや難しい。
 でも、ギラッと光る銀色のカッコよさは、捨て(がた)い。
 それで、(あいだ)を取って、銀色の折り紙を採用。
 折り紙のメーカーも、近所の文房具屋、デパート、100均と、幾つか試し、ある二種類を組み合わせるのが良いという結論に達している。高価な折り紙なら良し、安物は飛ばない、とも一概に言えないから、奥が深い。

 その紙飛行機は、左右の壁にはぶつからず、幅の狭い廊下を、危なげなく真っすぐ進む。見事に、教室二つ分の飛距離を出した。
「メグの飛行機、めっちゃ飛んだじゃん! ヤバ。さあ、どーだァ?」
 と、初子が盛り上げてくれるが、
「ああー」
 残念ながら、次にあがったのは、恵萌のがっかりした声であった。
 まずまず、いい勝負には見えたが、結局は、床をコンコンコンッと跳ねるスーパーボールが、前へ前へと地味に転がっていった。なかなか止まらない。
 恵萌が、前へ歩き出しながら、
「終わった? 止まった?」
 一緒に歩いて、黄色い帽子でうなずいた初子が、
「ん。みたい」
 最終的には、落ちた紙飛行機よりも、だいぶ前へ進んで、スーパーボールは停止。

 二人は、地学準備室の横を通り過ぎる。
 廊下に面した壁には、生徒会役員選挙の手描きポスター。「女性総理誕生ッ! 検女(ケンジョ)はどうだッッ!」のスローガンが熱い。
 検女というのは、検仙女子高校を略した愛称である。

「やーっぱ、すげえッすなー、スーパーボールは。スーパーと呼ばれるだけのことはあるわ。このオレンジも、超、色きれい」
 スカートを(ひざ)に折り込んで、恵萌がしゃがみ、ボールを拾い上げる。
 半透明のボール内側には、細かなラメが埋め込まれており、見た目も美しい。球体も滑らかで、手のひらになじむ。きっと、スーパーボールとしても、それなりにレアな品であるに違いない。
「いやいや、私のは既製品だしさ。しょせんは、プロが作った物だもん。メグのは手作り。改造なしで、こんなに飛ぶ紙飛行機、世の中にないんじゃね?」
 と、紙飛行機を拾ったのは初子。
 双方が、お互いの飛ばした物を拾って、交換し合うように手渡して、返却する。相手の健闘を(たた)えているのだった。
 いつも、勝負はこれで締めくくられる。