カラス化ガール

 前述のとおり、変身烏(へんしんがらす)には、他愛(たわい)もない伝承とは言い切れない要素がある。他の妖怪とは異なり、れっきとした公的記録が残っているからだ。

 もっとも、その記録を信じるとしても、いずれにせよ、変身烏は既に絶滅している。
 当時、事態を重く見た江戸幕府や各藩の首脳らによって、幕末の頃、大々的な掃討(そうとう)、駆除が行われたからである。結果、変身烏は、明治時代には姿を消し、以降、記録にも登場しなくなる。

 伝説としても、忘れ去られたと言っていい。
 例えば、雪女や人魚、河童や座敷わらしなどと比べて、変身烏は、キャラとしての「愛嬌、面白み」にも欠ける。
 そのためか、現代において、変身烏には一般的な知名度はなく、よほど怪異に詳しい者でなければ知ることは出来ない。

 しかし、今回はそれが幸運だった――。
「……まさか、変身烏をオークションで見つけるとはなあ」
 龍輝(りゅうき)がつぶやく。
 二週間前、たまたま、インターネットの海外オークションで発見したのだ。出所不明の、氷漬けの黒い(とり)
 もしかして、かの変身烏かもしれぬと考え、龍輝が落札。
 出品者も含め、他の人々は、この氷漬けの鳥に、誰も関心は持たなかったようである。まさに、変身烏の認知度の低さが、幸いしたのだ。
 龍輝もそこまで予測しており、落札額は、中堅サラリーマンの月収の、三分の一以下で済んだ。
 そのサイトで同時期に出品されていた、恐竜の化石、希少天然石、遺跡出土品などに比べても、お手頃価格であった。

「……だけど、せっかくの変身烏も、こうやって、眺めるだけになりそうだよなー」
 保育器を見下ろし、龍輝がぼやく。
 それを聞いて、胸ポケットのスマホから、アリーモが尋ねてくる。
「どうしテ?」
 言うまでもないことをアリーモが聞いてきたので、龍輝は、少し驚いて、
「えっ……。だって、もう、復活はしないって分かっただろ。氷を溶かして、薬品や電気刺激で蘇生(そせい)を試みたけど、まるで反応はなかったし」
 龍輝は、獣医師の資格を持っている。また、機械類にも詳しい。
 それら知識と技術を総動員して、どうにか変身烏を復活させようとしたものの、全く成果は出なかったのだ。
 どうせ「駄目(もと)」ではあったし、復活させたところで、その後のビジョンが何かあるわけでもなかったけれど。

 ただ、先ほど、最後の洗浄を終え、この(とり)が変身烏らしいという確証は、一応、得られた。それだけでも、満足すべきなのかもしれない。

 だが、アリーモは、さらに発言をしてきた。
 それは、意外な内容であった。
「変身烏を蘇生させる方法が、あと一つ、残ってるよ。あくまで、可能性の話だけド」