取り繕うために、紗良葉は、努めて明るい声を出し、大きめ・長めの笑顔で答える。
「悪い、悪い。怒ってるわけじゃねェよ。――まア……」
ここで、フウと息をついて、先を続ける。
虎侍朗は、キョトンとした表情で見上げ、次の言葉を待っている。紗良葉の今の笑顔で、とりあえず緊張は解けたようだけれど。
「――確かに、ダブルエスファには、親しい男性職員も、いないこたア無いんだが、まあ、あれだ、飲み友達だワさ、ただの」
一部では、「付き合ってる」といううわさも流れているらしいが、そこまでの間柄ではない。とはいえ、好意みたいな気持ちもあり、胸中は割と複雑ではあるのだ……。
それもあって、うわさ自体は、大迷惑というわけでもないが、うっとうしいことは確かなのである。
内面を、ほじくられたくはない。ただでさえ、人外の魔物が、人間に化けて生活しており、気を遣うのだから。
虎侍朗は、
「飲み友達? それって、お酒?」
(フ……)
気持ちが和む。子供らしい質問だなと思った。
「そう、主にナ」
「ええー? 主に、って……」
虎侍朗が、プッと吹き出す。
「――」
笑うポイントも、やはり、大人とは少し違うか。でも、笑ってもらえて、紗良葉はホッとする。怖がらせずに済んだようだ。
紗良葉は少し、おどけて、
「そりゃあ、あなた、居酒屋だって、酒ばっかじゃないぜ。途中でウーロン茶ぐらい飲むワさ」
虎侍朗も、整った顔でニヤッとして、
「オレも、コーラなら付き合えるなー」
「ん、ああ、まあ、そうだろうな」
真意を読めない紗良葉が、気の入っていない相づちを打つと、虎侍朗の澄んだ目が光った。
「なあ、姐御」
「なんだい?」
「姐御が落ち込んだ時は、たまにはオレも飲みに誘ってくれよな。オレ、コーラで付き合うから」
(ああ、そういう意味か。鈍いな、私……。そう、つながるのな)
と、話の流れには、一応、納得できた紗良葉だったが。
大人としては、一言、たしなめねばなるまいと、
「オイオイ、駄目だろ、小学生を連れて、居酒屋なんザ――」
虎侍朗が、ムキになったように、さえぎる。
「違えよ! マックとか、自販機の前とかだよ! 何時間も飲まなくてもさ。五分だけ立ち話、とかでもいいだろ。それで、元気出ることだって、あるんじゃないの?」
「!」
(へえー……)
負けたな、と思った。モテるはずだ。
「……そういうことな。なるほど。いや、ありがとよ」
と、紗良葉は再び片手を上げ、虎侍朗の頭ではなく、今度は肩に手を置いて、
「――坊っちゃん、あんた、出世するぜ」
褒め言葉を付け加えた。
「本気だぜ、オレ」
「分かってるさ、坊っちゃんが真面目なのは。だから、ありがとうって、言ってるんじゃねェか。……幸い、今日は大丈夫だ。けど、今後、落ち込んだ時は、よろしく頼むワ」
穏やかな声音で、笑わずに、紗良葉は告げた。
昨日の、菅山先生を思い出しながら。子供の真っすぐな態度に対しては、それを茶化さない大人でありたい。
向き合って立ったまま、三秒ほど、見つめ合ってしまう。
ふくれっ面になりかけていた虎侍朗の顔が、やがて、素直な照れ笑いに変わった。ほほが、少し赤い。
ちらと、紗良葉の手もと、テーブル上の巾着袋に視線を移し、
「――これから、一服するの? 姐御」
話が、横道から本筋へ戻ったので、紗良葉は、全身の力をフッと抜いて、
「ああ、もちろんさ」
首肯して、赤い巾着袋を手に取り、
「一緒に来るかイ? 坊っちゃん」
巾着の中で、金属や紙箱が、ガボッと音を立てる。
「もちろん!」
声変わりしていない虎侍朗の声は、はずむと、まるで女の子のようにも聞こえた。
「……入口までだからな?」
紗良葉が念を押すと、
「もちろん。あとで、匂い、かがせてね」
「ああ、いいとも」
うなずく紗良葉。いつものことなので、会話に「もちろん」が増える。
これは、二人して、喫煙室の話をしているのだった。
今から、紗良葉はタバコを吸うのだ。煙管タバコである。
巾着袋の中には、そのセットが入っている。金属製の煙管、刻みタバコ、それから、煙管用の、軸の長いマッチ。
「悪い、悪い。怒ってるわけじゃねェよ。――まア……」
ここで、フウと息をついて、先を続ける。
虎侍朗は、キョトンとした表情で見上げ、次の言葉を待っている。紗良葉の今の笑顔で、とりあえず緊張は解けたようだけれど。
「――確かに、ダブルエスファには、親しい男性職員も、いないこたア無いんだが、まあ、あれだ、飲み友達だワさ、ただの」
一部では、「付き合ってる」といううわさも流れているらしいが、そこまでの間柄ではない。とはいえ、好意みたいな気持ちもあり、胸中は割と複雑ではあるのだ……。
それもあって、うわさ自体は、大迷惑というわけでもないが、うっとうしいことは確かなのである。
内面を、ほじくられたくはない。ただでさえ、人外の魔物が、人間に化けて生活しており、気を遣うのだから。
虎侍朗は、
「飲み友達? それって、お酒?」
(フ……)
気持ちが和む。子供らしい質問だなと思った。
「そう、主にナ」
「ええー? 主に、って……」
虎侍朗が、プッと吹き出す。
「――」
笑うポイントも、やはり、大人とは少し違うか。でも、笑ってもらえて、紗良葉はホッとする。怖がらせずに済んだようだ。
紗良葉は少し、おどけて、
「そりゃあ、あなた、居酒屋だって、酒ばっかじゃないぜ。途中でウーロン茶ぐらい飲むワさ」
虎侍朗も、整った顔でニヤッとして、
「オレも、コーラなら付き合えるなー」
「ん、ああ、まあ、そうだろうな」
真意を読めない紗良葉が、気の入っていない相づちを打つと、虎侍朗の澄んだ目が光った。
「なあ、姐御」
「なんだい?」
「姐御が落ち込んだ時は、たまにはオレも飲みに誘ってくれよな。オレ、コーラで付き合うから」
(ああ、そういう意味か。鈍いな、私……。そう、つながるのな)
と、話の流れには、一応、納得できた紗良葉だったが。
大人としては、一言、たしなめねばなるまいと、
「オイオイ、駄目だろ、小学生を連れて、居酒屋なんザ――」
虎侍朗が、ムキになったように、さえぎる。
「違えよ! マックとか、自販機の前とかだよ! 何時間も飲まなくてもさ。五分だけ立ち話、とかでもいいだろ。それで、元気出ることだって、あるんじゃないの?」
「!」
(へえー……)
負けたな、と思った。モテるはずだ。
「……そういうことな。なるほど。いや、ありがとよ」
と、紗良葉は再び片手を上げ、虎侍朗の頭ではなく、今度は肩に手を置いて、
「――坊っちゃん、あんた、出世するぜ」
褒め言葉を付け加えた。
「本気だぜ、オレ」
「分かってるさ、坊っちゃんが真面目なのは。だから、ありがとうって、言ってるんじゃねェか。……幸い、今日は大丈夫だ。けど、今後、落ち込んだ時は、よろしく頼むワ」
穏やかな声音で、笑わずに、紗良葉は告げた。
昨日の、菅山先生を思い出しながら。子供の真っすぐな態度に対しては、それを茶化さない大人でありたい。
向き合って立ったまま、三秒ほど、見つめ合ってしまう。
ふくれっ面になりかけていた虎侍朗の顔が、やがて、素直な照れ笑いに変わった。ほほが、少し赤い。
ちらと、紗良葉の手もと、テーブル上の巾着袋に視線を移し、
「――これから、一服するの? 姐御」
話が、横道から本筋へ戻ったので、紗良葉は、全身の力をフッと抜いて、
「ああ、もちろんさ」
首肯して、赤い巾着袋を手に取り、
「一緒に来るかイ? 坊っちゃん」
巾着の中で、金属や紙箱が、ガボッと音を立てる。
「もちろん!」
声変わりしていない虎侍朗の声は、はずむと、まるで女の子のようにも聞こえた。
「……入口までだからな?」
紗良葉が念を押すと、
「もちろん。あとで、匂い、かがせてね」
「ああ、いいとも」
うなずく紗良葉。いつものことなので、会話に「もちろん」が増える。
これは、二人して、喫煙室の話をしているのだった。
今から、紗良葉はタバコを吸うのだ。煙管タバコである。
巾着袋の中には、そのセットが入っている。金属製の煙管、刻みタバコ、それから、煙管用の、軸の長いマッチ。

