カラス化ガール

 虎侍朗(こじろう)の頭をなでた時、指先に、髪の厚みの、段差を感じた。
 サイドはスポーツ刈り、トップと前髪は長めだからだ。
 いわゆるツーブロックである。ワイルドさと、オシャレさが同居している。
(子供の、しかも男の子にしちゃァ、手間暇のかかった髪型だワな)
 実際、いつも美容院で散髪しているという。顔立ちも端正だ。
(いいねェ。モテるはずだワ。親父さんが社長で、奥さん美人だもんな。遺伝だねえ)
 今、小学四年生。

 一方、紗良葉(さらは)が二十四歳。虎侍朗から見れば、立派な「オバサン」であるはずだ。
 なぜか、虎侍朗には(した)われている。理由はよく分からない。
 龍輝(りゅうき)に言わせれば、「紗良葉さんに、ほんのり恋心を(いだ)いてるんじゃないのか? その年頃の男の子には、割とよくあることさ」ということらしい。
 だが、紗良葉には、ぴんとこないのだった。

 龍輝のことを思い出したので、ふと、虎侍朗と比べてみる。
 龍輝も、見ようによっては「いい男」と言えなくもないが、美男子・イケメンという表現は、当てはまらぬ。少年時代から全く女の子にモテなかったと、中年になって今なお、未練がましく、本人がしょっちゅう愚痴っているのだ。
(虎侍朗君は、龍輝の天敵タイプかもなー)
 密かにククッと笑って、紗良葉が手を下ろしたのと、虎侍朗の質問は同時であった。
「ネジ作ってたの?」
 我に返って、
「――ああ。今ちょうど、加工が終わったとこさ」

 うなずく紗良葉のそばを、四歩、小走りに虎侍朗が横切る。
 研削盤(けんさくばん)に備え付けの、トレーに近寄ったのだ。
 虎侍朗の長ズボンの(すそ)が、ヒラヒラと揺れる。ワイドパンツである。黒と白のタータンチェック柄。
 なお、上着はトレーナーだ。胸に、大きな英字プリント、腕に星。
 いずれも、子供服として高価そうに見える。きっとブランド品なのだろう。

 紗良葉は、反射的に、虎侍朗のランドセルに手を添えて、
「おい、(さわ)んない方がいいぜェ。まだ、熱いかもしんねー」
「うん」
 注意を素直に聞いて、両腕を後ろへ回し、背伸びでトレーをのぞき込む虎侍朗。

 大小、二種類のネジが、分けられている。いずれも、三十本ずつある。
 大きい方は、太マジックペンほどのサイズで、胴部が長く、青い。もう一方は、よく見かける普通のボルト、ただし、頭部が曲線を描いており、ネジ先は鋭く(とが)っている。
「こっちの青いの、かっけぇ!」
 歓声とともに振り返る虎侍朗を、紗良葉は見下ろし、肩越しに、
「その青いのア、宇宙船の部品になるネジだ」
「宇宙船ッ? すげえ! 宇宙を飛ぶんだ!」
 虎侍朗の歓声に、内心、
(まア、打ち上げに成功すればの話だけどな……)
 というのは口には出さず、事実のみを告げる。
「来週、太陽系航空機構に納品すンだよ」
 虎侍朗は、少々改まって、知識を披露する。
「ダブルエスファだね」
「さすが、よく知ってんな」
 紗良葉が感心すると、得意そうに、虎侍朗は「へへっ」とはにかんだ。

 太陽系航空機構を英語にすると、「Solar System Flying Agency」となる。
 その頭文字、「SSFA」を、「ダブルエスファ」と読ませているわけだ。この組織の通称である。
 ダブルエスファの位置付け・組織形態としては、文部科学省と内閣府が所管する研究開発法人となる。

「ってことは、その宇宙船って、かささぎ号のことか!」
 虎侍朗が気づく。
「おー、当たり当たり。今日は百点満点だなァ」
 引き出しから、赤い巾着(きんちゃく)袋を出しつつ、紗良葉が重ねて褒める。
 虎侍朗は、その巾着に、ちらりと目をやった後、再び見上げてくる。照れ笑いは、そのままに。
「ニュースでやってたもん。かささぎ号は、ダブルエスファ特製、日本初の有人宇宙船」
 すると、紗良葉が、今度は首を振り、
「いンや、有人じゃないよ。距離は飛躍的に伸びるけど、まだ、人は乗せない」
「なあんだ、そうか。打ち上げは、年末だっけ?」
「それぐらいだな」
「――そういや、姐御(あねご)、ダブルエスファに彼氏がいるって聞いたけど……」
 突然、話題が変わる。小学生らしいと言えば、らしいけれど。

 虎侍朗のほんの軽口だったが、紗良葉としては、割と面食らって、
「ああー?」
 少し、にらんだだけのつもりだった。しかし、なかなかに険しい目つきだったらしく、
「ごっ、ごめんなさい。ちょっ、ちょっと、うわさで聞いたんだよ。うわさ。それだけ」
 と、虎侍朗の笑みが消える。早口。おびえる一歩手前だ。
(ヤベっ)
 紗良葉は、しまったと思った。
 愉快な話でないことは、確かだったにせよ、子供相手に、大人げなかったかもしれない。