翌日、火曜日――。
秋の夕方。
株式会社オート村ック。
その小さな会社は、一階の天井が高い。
作業場になっているからだ。
コンテナ、加工機、溶接機、ロボットアームなどが並んでいる。
一方、二階は、デスクやパソコン、コピー機が並ぶ、いわゆる普通のオフィスとなっている。
女子社員の紗良葉も、二階で仕事をする日には、カッチリしたスーツを着ることにしている。タイトスカートが多い。
タイトスカートは、高校の制服に比べれば動きにくいけれど、布地のツヤと、大人っぽさが気に入っている。
今日は一階で仕事なので、スーツ姿ではない。汚れに強く、動きやすい格好だ。上下とも、空色。
レディースの作業着である。男性用に比べ、襟に丸みがあり、デザインも細身だ。腕の辺りの、布のモコモコした感じが、セーラー服にちょっと似ている。
下は、頑丈な長ズボン。いわゆるカーゴパンツである。ポケットだらけなのが、便利で好き。「習性」もあるのだろうけれど、いろいろ詰め込んでしまう。
そろそろ、紗良葉は、一つの作業――ネジを削っていた――を終えようとしているところであった。
座って、前かがみで一人、工作機械に向かっている。まるで、宇宙船の操縦席か、大病院の検査機器を思わせる形状。
直方体の装置が、パイプ、モニター、ケーブルにギッシリ囲まれている。軽自動車一台ほどのスペースだ。
それは、デジタル式の研削盤であった。
図面をモニターで見ながら、精密な計測や、補正加工を行うことが出来る。
まさに今、円形の砥石が縦に旋回して、ネジのでこぼこを削り出しているところであった。
ギッ、チリチリ、ギギギッ、パパッ。
透明な飛散防止カバー越しに、小さく火花が散る。
ひと通り終了し、仕上がったネジをまとめ、
「よォーしッ、休憩ェ」
操作盤のボタンを押し、機械を停止させて、紗良葉は安全眼鏡を外す。
軽く頭を振ったら、ショートボブの金髪がサラリと揺れた。
「んんーッ」
伸びをして、紗良葉が立ち上がった時、背後、外の方から、砂利を弾いて、ザザッ、ザザッ、タタタタッと走って来る足音がした。
(おっ、虎侍朗君かな?)
「姐御ー!」
声変わり前の、高い声。やはり、その通りだった。紗良葉は、唇の先でフッと笑う。
手袋を外し、振り返った。
虎侍朗は、半分下りたシャッターを、やすやすとくぐって、中へ入ってくる。
大人なら、身をかがめなければ入れない高さだが、虎侍朗の身長は、まだ百三十六センチ。少し、膝を曲げただけ。曲げた時、黒いランドセルが見えた。
シャッターの更に外側には、会社の門があり、それなりにセキュリティーも厳しいのだが、虎侍朗は「顔パス」である。
「お帰りィ、今日も元気だねェ、坊っちゃん」
多少は茶化すような「坊っちゃん」呼び。だが、紗良葉の口調は真面目だ。
虎侍朗は、こちら、株式会社オート村ックの、社長の息子なのである。
「今日、火曜日だったって、さっき思い出したの! 姐御が来てる日だから、走っちゃった」
と、息を切らした虎侍朗が、ニカッと笑う。汗、白い前歯、見上げてくる目が、キラキラしている。
「そいつァ、うれしいこと言ってくれるねェ」
紗良葉の声の方が低い。少年を見下ろし、頭を軽くなでて、やわらかくほほえんだ。
秋の夕方。
株式会社オート村ック。
その小さな会社は、一階の天井が高い。
作業場になっているからだ。
コンテナ、加工機、溶接機、ロボットアームなどが並んでいる。
一方、二階は、デスクやパソコン、コピー機が並ぶ、いわゆる普通のオフィスとなっている。
女子社員の紗良葉も、二階で仕事をする日には、カッチリしたスーツを着ることにしている。タイトスカートが多い。
タイトスカートは、高校の制服に比べれば動きにくいけれど、布地のツヤと、大人っぽさが気に入っている。
今日は一階で仕事なので、スーツ姿ではない。汚れに強く、動きやすい格好だ。上下とも、空色。
レディースの作業着である。男性用に比べ、襟に丸みがあり、デザインも細身だ。腕の辺りの、布のモコモコした感じが、セーラー服にちょっと似ている。
下は、頑丈な長ズボン。いわゆるカーゴパンツである。ポケットだらけなのが、便利で好き。「習性」もあるのだろうけれど、いろいろ詰め込んでしまう。
そろそろ、紗良葉は、一つの作業――ネジを削っていた――を終えようとしているところであった。
座って、前かがみで一人、工作機械に向かっている。まるで、宇宙船の操縦席か、大病院の検査機器を思わせる形状。
直方体の装置が、パイプ、モニター、ケーブルにギッシリ囲まれている。軽自動車一台ほどのスペースだ。
それは、デジタル式の研削盤であった。
図面をモニターで見ながら、精密な計測や、補正加工を行うことが出来る。
まさに今、円形の砥石が縦に旋回して、ネジのでこぼこを削り出しているところであった。
ギッ、チリチリ、ギギギッ、パパッ。
透明な飛散防止カバー越しに、小さく火花が散る。
ひと通り終了し、仕上がったネジをまとめ、
「よォーしッ、休憩ェ」
操作盤のボタンを押し、機械を停止させて、紗良葉は安全眼鏡を外す。
軽く頭を振ったら、ショートボブの金髪がサラリと揺れた。
「んんーッ」
伸びをして、紗良葉が立ち上がった時、背後、外の方から、砂利を弾いて、ザザッ、ザザッ、タタタタッと走って来る足音がした。
(おっ、虎侍朗君かな?)
「姐御ー!」
声変わり前の、高い声。やはり、その通りだった。紗良葉は、唇の先でフッと笑う。
手袋を外し、振り返った。
虎侍朗は、半分下りたシャッターを、やすやすとくぐって、中へ入ってくる。
大人なら、身をかがめなければ入れない高さだが、虎侍朗の身長は、まだ百三十六センチ。少し、膝を曲げただけ。曲げた時、黒いランドセルが見えた。
シャッターの更に外側には、会社の門があり、それなりにセキュリティーも厳しいのだが、虎侍朗は「顔パス」である。
「お帰りィ、今日も元気だねェ、坊っちゃん」
多少は茶化すような「坊っちゃん」呼び。だが、紗良葉の口調は真面目だ。
虎侍朗は、こちら、株式会社オート村ックの、社長の息子なのである。
「今日、火曜日だったって、さっき思い出したの! 姐御が来てる日だから、走っちゃった」
と、息を切らした虎侍朗が、ニカッと笑う。汗、白い前歯、見上げてくる目が、キラキラしている。
「そいつァ、うれしいこと言ってくれるねェ」
紗良葉の声の方が低い。少年を見下ろし、頭を軽くなでて、やわらかくほほえんだ。

