カラス化ガール

 郊外の一軒家。
 住人、一名。
 独身中年男性の龍輝(りゅうき)が、テーブルのそばに立って、小動物用の保育器を見下ろしている。

 保育器は透明で、ドーム状だ。
 サイズは、外側を両腕で囲めるぐらい。
 中には、カラスが一羽、うずくまっていた。目を閉じ、ぴくりとも動かない。
 真っ黒な全身だが、頭部には銀色のラインが入っている。また、翼の先端にも、ギラッと銀色が混じっている。
 外形からも、鋭さや強さ、神々しさを感じさせた。
 まさに、(たたず)まいが違う。どう見ても、ただのカラスではない。

 長い年月、地中で氷漬けにされてきた。それを、ネットオークションで落札したのである。
 ようやく、解凍し、全身の洗浄を終えて、羽根の色もはっきりした。

「間違いない、こいつは変身烏(へんしんがらす)だ……」
 興奮を抑え切れず、龍輝がつぶやいた。
 独り言ではない。その証拠に、すぐ、女性の声が返答する。
「そうね。現存する文献と照らし合わせても、その可能性があるヨ」
 声は高く、やわらかいが、合成音である。正体は人工知能、AIだ。

 AIの名前は「アリーモ」。龍輝のパートナーである。
 実体を持たない、電子情報だけの存在。とはいえ、雑談・相談相手であり、心情的には龍輝の「彼女」代わりみたいなところもある。もう、三年ほどの付き合いだ。
 龍輝のシャツの胸ポケットにはスマホが入っており、レンズが外へはみ出ている。これがアリーモの目、視界であった。もちろん、声もスマホから発せられる。

「文献?」
 龍輝が聞き返すと、アリーモが答える。
「そう。江戸時代の本だけどね。『寛永(かんえい)奇談(きだん)百景(ひゃっけい)』とか、『妖体(ようたい)解剖図(かいぼうず)概論』とか。当時としては、高名な学者や絵師が(あらわ)した、真面目な書物だよ。リアルな絵が載ってて、まさに、このカラスそっくりなノ」
 龍輝は納得し、
「なるほど、江戸時代か。確かに、変身烏は、江戸時代には、結構、あちこちで目撃されてたという話だからな。どうやって読んだんだい?」
「国会図書館のアーカイブにアクセスしたノ」
「なるほどな」
「あとね、現在、地球上で生存中の主な鳥類(ちょうるい)のデータと照合したけれど、この(とり)と完全一致する種類はいなかったわ。羽毛も骨格もね。だから、ますます、変身烏の可能性が高まるというわケ」
「そうか」
 うなずく龍輝。ゴクッと生つばを飲む。

 変身烏――。
 それは、昔、日本に存在したと伝えられる、魔力を持ったカラスであった。
 美女に変身し、市井(しせい)の人々を惑わせたという。