「へぇ、応援団を作りたい理由を聞いて、“そんな事”って言ったら泣いちゃったのね」

 小島京子も俺と同じ地域の出身で、幼稚園時代からの幼なじみだ。よく野山を一緒に駆けまわった。詳細は忘れたが、何か非道いことをされた記憶もある。

 俺は応援団の設立趣意書を一緒に考えていたことを説明した。そして、おそらく“そんな事”という言葉で泣かしてしまったと伝える。

「そうなんだよ。まあ、迂闊な言い方だったかもだけど、趣意書に“かっこいいから”なんて普通書けないだろ。その辺りを説明しようとしてたんだよ」

 小島は右の人差し指を唇に当てて天井を見る。何か思い出しているようだ。

「陽佳里ね、中学の時はコーラスやってたんだよ。それでね、高校の部活どうするのって聞いたら“応援団に入る”って言ってたの。でも入ってみたら応援団が無かったでしょ。その時の陽佳里の落ち込み方は半端なかったわね」

 山村はよほど応援団に思い入れがあるらしい。まあ、かっこいいのはわかるのだが。

「そうなのか。でもなんで応援団なんだ?好きな先輩でもいたとか?」

 やっぱり女子なのに応援団にあこがれるのがよくわからない。チアリーディングとかなら納得がいくんだけど。

「うーん、あんまり詳しいことは聞いてないんだよね。直接聞いてみたら?」

「そうだね。なんか、泣かれたままじゃ気分も良くないし。山村のラインか携帯番号教えてくれない?」

「えっ?交換してなかったの?でも、勝手に教えるわけにはなぁ。私のだったらいいよー」

 なんか急に融通の利かないこと言い出したな。

「小島―!」

 廊下から小島京子を呼ぶ男の声がする。振り向いて廊下を見ると色白の長身で頭の良さそうなイケメンが立っていた。知らないヤツだ。たぶん。

「あ、ごめんね、水原くん。もう行かなくちゃ。また明日ね!」

「えっ?ちょっと待っ・・・」

 行ってしまった・・・。

 小島とその男子は肩が触れあうくらいの距離で歩いて行く。付き合ってるのかな?

「はぁ」

 山村が先に帰ってしまいする事が無くなったので、写真部の部室に移動した。相変わらず誰もいない。

 半分開いたカーテン越しに暗室を見た。昨日、ここで山村が上半身裸になってたんだと思うと、ちょっとだけ変な気分になってしまった。

 俺はブルブルと頭を振って邪念を追い払う。

 ◇

「お帰り-」

「ただいま。そういや母さん、山村陽佳里って覚えてる?同級生だった」

「山村陽佳里ちゃんね。覚えてるわよ。どうしたの?同じ学校に入ってた?」

「うん、そうなんだよ。で、ちょっと山村に伝えたいことがあって、母さん、山村の家の電話番号知らない?」

 山村の家は一戸建てなので、家電(いえでん)があるはずだと思いだした。家電なら個人情報じゃないので大丈夫なはずだ。

 プルルルルー

「はい、山村です」

 呼び鈴5回目で電話に出た。女の人の声だ。山村陽佳里の声のような気もするが、姉妹かお母さんという可能性もある。

「あ、あ、あの、水原勇樹と申しますが、陽佳里さんはご在宅でしょうか?」

 今日日(きょうび)家電に架けることなどないので、かなりどもってしまった。不審者だと思われないか心配だ。

「あれ?勇樹くん?どうしたのー?」

 山村陽佳里だった。声のトーンも明るくて落ち込んでいる様子など全く感じられない。ちょっと拍子抜けだ。

「う、うん、今日、なんか悪いこと言っちゃったかなって・・・・」

「なんだ、そんな事気にしてたの?こっちこそゴメンね。せっかく協力してくれてるのに、急に帰っちゃって」

 何でもないように話しているが、突然涙を流して帰ってしまうなんて普通じゃ無いはずだ。

「あ、いや、その元気になってるんだったら良かったんだけど、何処がまずかったか教えてくれたらなぁって・・・」

「・・・・・・・」

 山村の息を呑む音がかすかに聞こえた。

「ごめん、言いたくなかったらいいんだ。これからは気をつけるね」

 女の子の考えてることはほんとよくわからない。こんな時でも上級者なら正確に対処できるのだろうか?

「私のお父さん、青陽高校の応援団出身なんだ。だから、私もお父さんみたいになりたいなって・・・・・」

 さっきまでの明るかった声はどこかに行ってしまい、ぽつりぽつりとつぶやくような声になっている。

「水原くん、言ってなかったよね?私のお父さん、4年前に死んじゃったの」