「じゃあ、まず目的な。応援団の目的って何だ?」

 次の日の放課後、山村は早速俺の教室にやって来た。

「目的って、決まってるじゃん。“部活を応援すること”だよ!それ以外に何があるって言うのよ!」

 山村の書いた趣意書の目的欄には“部活を応援する”とだけ書かれている。まあ、その通りと言えばその通りなのだろうが・・・

「あのなぁ、このガイドラインよく読んだ?“部もしくはサークルを設立し活動することによって達成するべき目的を、出来るだけ具体的で明確に記載すること”ってあるだろ。この場合、“部活を応援すること”は“部もしくはサークルを設立し活動すること”の所なんだよ。その次の“達成するべき目的”が書いてないの!わかる?」

 山村は自分の書いた趣意書とガイドラインを交互に見ている。何度説明しても、どうにもうまく文章に落とし込めないようだ。適当にありきたりの目標を俺が書いてもいいのだが、それはちょっと違う気がする。出来の悪い妹の勉強を見てやっている気分だな。

「じゃあ、質問を変えよう。山村は他の部を応援する事によってどんな自分になりたい?どう成長したいと思ってる?」

 その質問を聞いた山村は何度も見ていたガイドラインから目を上げて、俺の方をまっすぐに見た。その目はまん丸だ。

「え・・・っと、かっこよくなりたい・・・」

「えっ?」

「応援団ってかっこいい。だから、私もかっこよくなりたい・・・」

 山村は頬をすこし赤らめて、ちょっと恥ずかしそうな表情をしている。まあ、かっこいい応援団に憧れるのはわからないでもないのだが、それをそのまま趣意書に書けるわけがない。

「・・・・そんな事の為に応援団、作りたいの?」

 だから、まじめに書類を作るつもりがあるのかと疑ってしまったんだ。言葉を発した瞬間、ちょっとキツい言い方だったかなと思った。

 冷静に考えたら、15歳の高校1年生ならそんなものなのかもしれない。たぶん自己実現だとか社会貢献とかの美辞麗句を並べたとしても、本音は別の所にあるのだろう。それを否定するつもりはない。自分だって報道カメラマンになりたいと思った動機は、ロバート・キャパの伝記を読んでかっこいいと思ったからだ。

 だから、この時は迂闊にも“そんな事”という言葉が漏れてしまった。

 俺の言葉を聞いた山村は、ちょっと驚いたような顔をしてこっちを見ている。まるで、そんな事を言われるとはこれっぽっちも思っていなかった表情だ。

「あ、ご、ごめん。まあ、かっこいいからって言うのも理由だよね。でも、趣意書に書くには・・・」

 “そんな事”という言葉で、ちょっと傷つけちゃったかなと思いながらなんとか取り繕う。かっこいいという憧れはわかるが、それを趣意書にそのまま書くことはあり得ない。

「えっ?」

 目を大きく見開いた山村は、俺の顔をまっすぐ見ながら下唇を噛んでいる。そして、その目からは大粒の涙がぼろぼろと落ち始めた。

「えっ?いや、その、ごめん」

 なんか、傷つけちゃった?そんな非道いこと言った?

 女の子の機微など全くわからない俺は動揺しまくった。涙を流すほど彼女が傷ついたであろうことはわかった。でも、あの程度の会話で泣き出すって地雷すぎない?

「あっ」

 山村は立ち上がって教室の出口に向かって走り出す。俯き加減に下唇を噛んで無言だった。

「山村!」

 名前を呼んで引き留めようとするが、山村は振り返ることも無く出て行ってしまった。

 ちょっと呆然としながら山村の走り去った廊下を見ていると、こっちを見ている視線に気がついた。健康的な小麦色に日焼けしたショートカットの少女が目を丸くしてこっちを見ている。

 俺もついついその視線につられてしまい、その少女をじっと見つめてしまった。

「あれ?水原じゃない?」

 名前を呼ばれた。

「う、うん、えっと・・・・」

「ほら、小島だよ!小島京子!一緒の小学校だったじゃん。水原、変わんないわね-。身長だけちょっと伸びた?」

 俺はその懐かしい名前を聞いて記憶がよみがえる。同じ小学校だった小島京子だ。スポーツ万能で、女の子なのにガキ大将みたいな感じだった。しかし、こいつもなんか失礼なやつだな。

「ちょっとじゃないよ。かなり身長伸びたよ。久しぶり。小島もこの学校入ってたんだ」

「うん。水原も戻ってきてたんだね。で、何してたの?陽佳里を泣かしちゃって。痴話げんか?」