「何でダメなんですか!!」

 生徒会室が近づいてくると、とんでもない怒鳴り声が聞こえてきた。女の子の声だ。何かやらかしたのだろうか?女性特有の甲高い叫び声が誰も居ない廊下に反響する。俺は生徒会室の扉の前で立ち止まり、横目で様子を伺った。扉にはめ込まれたガラスは磨りガラスで中の様子は見えないが、女子生徒と生徒会役員が押し問答していることが伝わってきた。

 5月中旬、夏にはまだ少しあるはずだが今日も30℃超えの真夏日らしい。衣替え前なので俺は学生服を着ているが、生徒の半分くらいはブラウスやカッターシャツになっている。この暑い中、大声を出して感情をぶつけることが出来るのはある意味素晴らしいことなのかもしれない。まさに青春という感じだな。かかわりたくは無いけど。

 入学した高校にも慣れてきてクラスに友達も出来た。今は、授業が終わったので部室に向かう途中だ。雲一つ見えない青空から降り注ぐ陽光は、もう4時過ぎだというのに短い影しか作っていない。

「もういいです!!」

「えっ?」

 生徒会室の扉が開いて勢いよく“何か”が飛び出してきた。

「きゃっ!」

 廊下にかわいらしい悲鳴が響く。悲鳴の主(あるじ)は俺にぶつかってきてそのままの勢いで押し倒そうとしてきた。ぶつかってきた“何か”はどうやらさっき叫んでいた女の子のようだ。

「危ない!」

 とっさに俺は手を伸ばしてその女の子を支えようとする。女の子の体重くらい簡単に支えられると思ったのだが、想像以上に自分は非力だったらしい。情けないことに、俺はその子の下で仰向けに倒れてしまった。

「いててて・・」

 なんとかその女の子の下に入って、廊下との衝撃を緩衝することに成功したようだ。ギリギリのところで男子のメンツを守ることが出来たかな。

 お尻と肩に少しの痛みを感じながら、目を開けて状況を確認した。仰向けに倒れたのでその視界に廊下の天井が入ってくるはずなのだが、しかしそれは予測したものではなかった。俺の視界はまん丸で大きな瞳に占領されていたのだ。その黒曜石のような真っ黒な瞳には、目を見開いて驚いている俺の顔の上半分が反射して映っている。彼女の肩まで伸びたさらさらの髪の先端が、少し恥じらうように、それでいてどこか誘っているかのように俺の頬をなでていた。

 まつげの本数を数えることができるくらい近くにある彼女の目が、まるで時間が止まったかのように俺をまっすぐに見つめて固まっている。黒く大きな瞳は長いまつげを額縁にした一枚の絵画のようにも思えた。俺は鼻から大きく息を吸い込んで、そこで息を止めた。至近から伝わってくる髪の毛の甘い匂いと、ほんの少しだけの汗の臭いが俺の鼻腔をいやらしくくすぐってくる。そしてお腹から下に感じている重さの理由を確認して、生唾をゴクリと飲み込んだ。俺はゆっくりと息を吐く。仰向けになって少し足を広げている俺の太ももの間には、ズボンの生地越しにもわかる温かくボリュームのある彼女の太ももがその存在を主張していたのだ。

 止まっていた彼女の時間はゆっくりと動き出し、長いまつげが痙攣したかのようにぴくぴくと振動を始めた。何が起こっているのか、徐々に今の状況を理解してきたようだ。そして、彼女の頬はだんだんと紅くなっていって、大きく見開いた目は瞬きを繰り返し、薄い桜色の唇は引き攣ったかのように歪んでいく。

 俺の右手は、彼女の左胸をがっしりと支えていたのだ。

 俺もこの状況にフリーズしてしまった。中学時代女の子と付き合うようなことも無かったし、いや正直に言おう、正確には話をする事すらほとんど無かったのだ。女の子と仲良く話をした記憶は小学校時代にまでさかのぼらなければならない。それが高校に進学して一ヶ月ちょっとでラッキースケベイベントに遭遇するとは。

 ラッキースケベ?

 いや、おかしい。女の子ってもっと柔らかくて神秘的なものじゃないのか?15年間暖め続けてきたイメージとは違う。目の前の彼女の驚いた顔は、たしかに高校生の少女らしく健康的でカワイイし、俺の足の間にある彼女の太もももボリューム感があって柔らかいのだが、どうにも手の感触がおかしい。彼女の白いブラウス越しに伝わってくる感触は、まるで分厚い筋肉のような固さだ。ボディービルをしているのか?いや、まさか男の娘?そんな事を考えていると、

 バフッ

 彼女の胸が爆発した。

「えっ?えっ?」

 突然体積を増したその胸は、ブラウスのボタンを引きちぎって俺の右手に柔らかさを伝えてきた。何が起こったか理解できない俺は、手に力を入れて彼女がずり落ちないように強く支えた。そう、その大きく柔らかいモノをがっつり掴んでしまったのだ。

「い、い、いやーーーーーー!!」

 彼女がまっ赤な顔をして叫んだ。上体を起こして両手で自分の胸を隠している。

「あ、あ、あ」

 俺はとっさに自分の学生服を脱いで彼女にかぶせた。そして、階段の下まで連れて行く。幸い、誰にも見られなかったようだ。

「ご、ごめん、大丈夫?」

 とりあえず優しい言葉をかけてみた。こういった時って、どうリアクションするのが正解だっけ?

「あ、うん、大丈夫。こっちこそごめんなさい。いきなりぶつかって、いきなり叫んじゃって・・・」

 でかい・・。両手で胸を隠してはいるが、その破壊的なボリュームはありありと伝わってくる。強く胸を押さえているので、彼女の両腕の上には押し出された白いマシュマロが谷間を作っていた。どうしてもそこを凝視してしまう。

 彼女はその視線に気づいたのか、はっとした表情をして向こうを向いてしまった。そしてギギギと擬音が聞こえるくらいぎこちなく、首だけをこっちに向けてジト目で睨んでくる。

「ご、ごめん!その、えっとぉ・・・」

「あんまり見ないでください。それと、私のむ、胸の事、誰にも言わないでくださいね。もし誰かに言ったら、不思議な力であなたは死にますよ」

 唇を尖らせて彼女は俺を睨む。身長155センチほどで色白な彼女の怒った顔は、頬だけがちょっと上気したように桃色に染まっていて、俺の心をくすぐっていた。

 しかしなんだ?その不思議な力って?死んじゃうのか?

「う、うん。誰にも言わないよ。俺もその不思議な力で死にたくないしね。で、でもなんで急に大きく・・・」

「勇樹(ゆうき)くん?」

「えっ?」