昼食の時間になり、みんなが席に着いた。しかし、三席だけ空席のままだ。
 誰がいないのかと確認してみる。いるのはアレクサンド、ステファン、ヤコブ、メロディ、ロミーナ、イザベラ、私……レオナルドとマルグリータがいない。じゃあ、もう一席って誰の分?

「遅くなりました! 兄上」

「これから食べるところだったから、問題ないよ」

 ドアを開けてやって来たのはレオナルドだった。後ろにはマルグリータが控え、小柄な彼女とそんなに身長の変わらない少年が控えていた。
 短いブロンドの髪に、アーモンド形のぱっちりした菫色の瞳。付けている髪飾りは女性物だし、少女のように可愛らしい顔立ちだが、服装は確かに男子生徒の物。大きすぎるぶかぶかの上着をいわゆる萌え袖にしている。昨日会えなかった、セドリック・カンナバーロだ。
 小動物のようにキョロキョロと周囲を見ながら、袖で口元を隠しつつ目が合うとにこっと微笑んでくれる。なんとも可愛らしいし、愛嬌がある。

「ようこそ、カンナバーロ令息」

 アレクサンドが席から立ち、彼の前に立った。背の高いアレクサンドとはずいぶんと身長差がある。そんな相手でも全く萎縮せず、セドリックはにっと歯を出して笑う。

「お招き頂きありがとうございます。アレクサンド殿下」

 きっちりと礼をする姿は、見た目に反してかっこいい。セドリックはショタ枠ではあったが、性格はけっこう男らしかったはずだ。
 ちょいちょいと袖を引っ張られ、ちらりと横に視線を向ける。イザベラはセドリックとアレクサンドの姿を見て、また頬を染めて嬉しそうにうっとりしていた。

「これで全キャラ揃ったわね」

 耳元でこっそり言われる声も弾んでいる。気持ちは分かる。分かるのだが……

「では、席はセドリックとヤコブの間で」

 アレクサンドに勧められてセドリックは席に座る。家格順になるので正面はマルグリータだ。二人は席に座る際に顔を合わせると、無言でぺこりとお辞儀をした。マルグリータの隣に座るイザベラが、興味津々でその様子を眺めている。そんな彼女の様子を、アレクサンドが笑顔で見ていた。……絶対に私と小声で何を話していたのか気にするだろうから、後で報告しておこう。セドリックに惚れているとか誤解して、無用な争いは産みたくない。

「あれ?」

 席に着いたセドリックは、マルグリータの隣に座るロミーナと目を合わせた。ロミーナは目が合うと、びくっと体を震わせてすぐに俯いてしまう。そんな彼女の様子を見ても、変わらずセドリックは優しく微笑んでいた。

「アマトリアン嬢、大丈夫ですか? 具合でも?」

「だ、大丈夫でス」

 一番末席に座っているメロディが心配そうにロミーナの顔を覗き込む。するとロミーナは慌てて顔を上げた。そんな様子を見てさらにセドリックはくすくす笑う。あの二人って、知り合いだったっけ? もしかして、昨日セドリックがいなかった時に何かあったのだろうか。興味は尽きないが、昨日図書館にいるはずなのにいなかった理由など聞けるわけがない。そんなこと聞いたら、明らかな不審者だ。
 従者が次々と料理をテーブルに並べ始めた。中央には焼きたてのローストビーフが鮮やかな赤身を見せており、その周りを色とりどりの温野菜が囲んでいる。一人一人の席には濃厚なクリームスープ、ハーブの香りが豊かな魚料理が丁寧に盛り付けられていた。どれも王族専用食堂にふさわしい贅を尽くした料理だった。いつもよりも豪華に見えるのは、新入生も含めてはじめての集まりだからだろうか。

「さて、これで全員揃ったね」

 立ち上がり、アレクサンドが話始める。

「ここにいる全員が、私の側近候補とその婚約者などの関係者に当たる。将来の我が国を託された若者たちだ」

 その言葉に、みんなが表情を硬くする。先程までの慌ただしさが嘘のように、室内に緊張感が漂う。

「毎日、ここは開放しておくから、ぜひ親睦を深めて欲しい。来年には私の座には弟のレオナルドが座る。そのサポートもぜひお願いしたい」

 名前を呼ばれて、レオナルドは表情を明るくした。有能な兄を慕う彼は、忠犬のようだ。
 アレクサンドに言われて、各々が自己紹介をしていく。簡単なものだが、見知った人とはじめて顔を合わせる人。様々な人々が顔を合わせているので大事なものだ。

「セドリック・カンナバーロです。ヴァイゲル嬢と同じクラスになります。明日からはお二人の邪魔をしないよう、一人でここに来ますね」

 男子生徒から家格順に自己紹介をしていく。セドリックは楽しそうにレアンドロとマルグリータを見て笑った。周囲の視線が集まったことで、マルグリータは顔を赤らめてあわあわしている。可愛い。すごく可愛い。

「リタ、可愛い……」

 正面に座るレオナルドからそんな声が漏れた。同意するが、声には出さないでほしかった。
 男子生徒が自己紹介を終えると、次は女子生徒だ。マルグリータの番になると、彼女は顔を赤らめて俯いたまま小さな声で話していた。

「ま、マルグリータ・ヴァイゲルです。レオナルド殿下の婚約者をしています。……よろしくお願い致します」

 うん、やっぱり可愛い! 今度はレオナルドの声は漏れなかったが、横目で見ると蕩けそうなほどメロメロになっている。なんとも気まずい。
 最後はメロディの番だ。完全にこのメンバーの中では浮いた存在になっているが、やはりヒロイン。度胸がある。

「メロディ・ルベルゾンです! 元々平民育ちで、昨年から伯爵に引き取られました。至らない所も多いですが、全力でイザベラ嬢に教わっていくので、みなさんもぜひお手本にさせて下さい!」

 元気にはきはきと話す姿は愛らしい。照れたように笑う彼女を、ステファンが無言で優しく見つめているのが分かった。この二人は、知り合いだったんだっけ?

 ゲームではアレクサンドとリリアンナ、レオナルドとマルグリータ、ステファンとロミーナが婚約者同士だった。そこにヒロインであるメロディが彼らと仲良くなり、誰かを攻略していく。メロディを王族専用食堂に誘ったきっかけは、確かレオナルドのナンパだったはずだ。
 それが今では、イザベラとヤコブという本来ならばこの場に存在しない人物がいる。さらに、アレクサンドはイザベラを気にかけ、レオナルドはマルグリータとラブラブ。ステファンとロミーナの関係は微妙だが、ステファンとメロディは仲が良さそう。そこにセドリックがロミーナと何かあるという、なんとも複雑な関係性になってきた。
 ゲームと現在は、随分と違うものになっている。このまま上手く行けば、ゲーム本編とは全く違うルートを辿れるかもしれない。自然と私はそう感じた。