さらさらのストロベリーブロンドが揺れる。度胸があるのか、大勢の貴族たちに見つめられても彼女は笑顔を絶やさない。レモン色の瞳で周囲を見るとゆっくりカーテシーをした。まだたどたどしさが残る、不器用なカーテシーだ。ふらふらしている。
 男子生徒の一部は、それを新鮮に感じたのだろう。顔を上げて微笑むメロディにうっとりしていた。それ以外の生徒はさすが貴族、表情一つ変えない。

「メロディ・ルベルゾンです。どうぞよろしくお願い致します」

 そう話すメロディはなんとも愛くるしかった。
 うわー、本当に本当にメロディだ! あのゲームのヒロインが、目の前にいる! その事実に感動する。
 ちらっとイザベラを見ると、少し離れた席で彼女も目をキラキラさせていた。うっとりメロディを見つめて頬を紅潮させる姿は、まさに恋する乙女のようでやっぱり勘違いしてもしょうがない気がする。
 紹介された後、メロディは一番前の席に座った。何事もなく授業が始まるのだが、メロディは付いてこられるのだろうか。少し心配になった。



 授業が一段落し、小休憩の時間。さっそくメロディは生徒達に囲まれていた。その主は男子生徒だ。

「ルベルゾン嬢、授業はどうでしたか?」

「分からない所があればお教えしますよ」

 そう言えば、彼らはまだ婚約者のいないフリーの令息だったはずだ。ルベルゾン伯爵が庶子を養子として迎え入れたことは有名な話。貴族のことに疎い、立場の弱い伯爵令嬢ならば、御しやすいとでも思っているのだろうか。メロディの見目は良いし、庶子とはいえ身分は伯爵位。婚約するのに悪くはない。
 ゲームではこういう時にレオナルドが真っ先に動いてナンパしていたものだが、今の彼は退屈そうにあくびをしてお昼寝中。うん、最愛のマルグリータがいるのにぽっと出の伯爵令嬢に構っている暇ないよねー。
 後ろの席のヤコブを見ると、私を見て困ったように眉を下げる。あそこの男子生徒は全員子爵以上。アレクサンドの側近候補で学年一位の成績とはいえ、あくまで身分は男爵位。あの中に突っ込んでいくことはできないのだろう。

「親切に、ありがとうございます」

 何も状況が分かっていないのか、メロディは変わらずニコニコとしていた。このままじゃ変な男に引っかかってもおかしくない。人によってはこのまま出来損ないでいてくれた方が楽だと、ろくな貴族としての教育すら受けさせてはもらえなさそうだ。
 私はと言えば、身分は圧倒的に高いものの、あの人混みに入っていく勇気はない。どうしようかと思っていると、その集団に近付く見知った姿があった。

「あら、殿方に女性のルールやマナーがお分かりになって?」

 今日は気合を入れたのだろう。ゲーム通りのビジュアルになるよう、蜂蜜色の髪をポニーテールに纏めているイザベラがふんっと鼻を鳴らしながら話しかけた。周囲の男子生徒はおずおずと後ろに下がるしかない。

「女性のことは女性同士教え合うのが最良でしょう? それに、失礼だけど貴方、成績はクラス内でも下から数えた方が早いじゃないの。貴方の方こそ、他の殿方に教えて頂いたら?」

 イザベラの言葉に「教えてあげる」と豪語していた男子生徒が顔を赤くする。イザベラの成績は学年二位。その上、身分もレオナルドと私に次いで高い。あの場の誰も文句は言えないだろう。正しくイザベラの独壇場だ。

「ルベルゾン嬢」

「はい!」

 メロディは急に名前を呼ばれてビクリと体を震わせる。まん丸の目をさらにまん丸にして、ぱちぱちと目を瞬かせた。

「貴女の場合、カーテシーから教えてあげるわ。良かったら、昼食をご一緒しても構わないかしら? その後にでも」

「はい! よろしくお願いします!」

 イザベラが微笑みかけると、メロディは両手を胸の前で握り締めて満面の笑みを浮かべた。満足そうにするイザベラの視線が、私とぶつかる。その瞬間、彼女はぱちんとウインクして魅せた。い、イザベラ様だ! っていうか、優子すごすぎる! とメロディに次いで私も感激してしまった。

「ほ、本物のお姫様みたい……」

 鐘が鳴り響き、生徒達がぞろぞろと席に戻る。立ち去っていくイザベラの後ろ姿を見ながら、メロディは感動したようにそう呟いていた。私も表面上は平静を装いながら、内心はメロディの言葉に何度も頷いていた。





 ***





「……というわけで、1人追加になったのですが」

 私の説明に、アレクサンドはいつもの笑顔のまま片手を額に当てて宙を仰ぐ。私の後ろ、アレクサンドの目の前にはイザベラとメロディが立っていた。
 昼食時の王族専用食堂は、豪華なテーブルセッティングが完了しており、大きな窓からは昼の明るい光が差し込んでいた。生徒たちが集まり始めるにはまだ少し早い時間だが、アレクサンドを囲むテーブルにはいつものメンバーの席が用意されている。
 イザベラにすっかり懐いたメロディはニコニコしながらイザベラの腕に抱き着いている。イザベラも仲良くなろうとしたら距離が近くなるタイプなので違和感はないようだ。メロディの明るい笑顔と、イザベラの世話焼きな態度が相まって、二人はまるで親しい姉妹のように見えた。

「……女なだけマシか」

 その呟きは幸い私にしか聞こえなかったようだ。 ああ、何かと思ったら嫉妬してたんですね。確かに、絶対落とすと決めた相手が自分の知らない人を連れてきて、べったり仲良くしていたら嫉妬の一つくらいするか。
 気を取り直したのか、アレクサンドはすぐに従者に食事を一人分追加するよう頼んでいた。指示を終えるとアレクサンドは二人の前に立つ。

「はじめまして。アレクサンド・リヒハイムだ。新入生の……」

「メロディ・ルベルゾンです! よろしくお願い致します」

 メロディはアレクサンドと対峙すると慌ててイザベラから体を離し、カーテシーをした。まだまだ慣れず、相変わらずふらついている。

「今はふらつかないようにだけ注意して。礼は浅くても構わないわ。一番は気持ちが大事よ」

「はい!」

 横から助言するイザベラに、メロディは嬉しそうに返事をする。そんな二人の姿に、アレクサンドは気に入らないのかどことなく不穏な空気を漂わせていた。笑顔だけ変わらないのはさすがのポーカーフェイスだ。

「申し訳ありません、殿下。不慣れな彼女を見ていられなくて……」

「いいや、構わないよ。そういう所がイザベラ嬢の長所だからね」

 イザベラに話しかけられて嬉しかったのか、アレクサンドの輝きが増した。全て分かった上で見ていると、アレクサンドもなんとも分かりやすい人だ。
 彼はそっとイザベラの蜂蜜色の髪に触れると、彼女の耳元で囁く。

「ただ、事前に一言欲しかったかな。難しければ、手紙を送ってくれてもいいよ」

「は、はい……次からはそうします」

 あまりの急接近に動揺したのか、イザベラは顔を真っ赤にして耳を押さえ、少し後退した。その狼狽ぶりを見て満足したのか、アレクサンドはさらに笑みを深めている。
 ……なんだか大変なことをしてしまった気がする。どこでどう間違えてしまったのかと、私も宙を仰ぎたくなった。