女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

「大丈夫ですか⁉」

 真っ先に動いたのはマルグリータだった。彼女もメロディの肩を一緒に支えてあげている。相変わらずマルグリータは天使のように優しい。神々しい。そんな様子を見て、レオナルドは微笑む。きょとんとしているメロディの姿勢を整えると、すぐにレオナルドは体を離した。

「怪我は?」

「……あ、だ、大丈夫です!」

 ようやく意識を取り戻し、メロディは背筋を伸ばして返事をする。お礼を言ってお辞儀をすると、レオナルドは手を軽く振ってマルグリータの肩を抱くとその場を立ち去ってしまった。
 あまりにもゲームと違う光景に、残念なような。でもレオナルドとマルグリータの仲睦まじい様子を見て安心するような、複雑な気分になる。

「三人揃って、何してるんですか?」

 気付けばこちらまで来ていたマルグリータが、無邪気に笑顔を向けてくる。レオナルドは気恥ずかしいのかぱっとマルグリータから手を離していた。

「べ、別に何も……」

 そうこうしている間にも、メロディは先に行ってしまう。この後行く場所は予想がついているが、見失ってしまうのも嫌だ。そうして私とヤコブがあたふたしていると、イザベラは綺麗な礼をした。

「申し訳ありません。先を急ぐので失礼します」

 踵を返して彼女は階段を駆け下りていく。そんな様子を、マルグリータはぽかんと眺めていた。まあ、進行方向の廊下ではなく、わざわざ階段を下りてしまうのは余程不思議なことだろう。

「私達も急いでいるの。ごめんなさい」

「ヴァイゲル嬢、失礼致します」

 私とヤコブも礼をして、メロディの後を追う。慌てた様子の私達を不思議に思ったのだろう。二人は私達が見えなくなるまで、ずっとこちらを見ていた。



 三階まで見て回ったメロディは、階段を降りて裏庭に向かった。そこは主に騎士クラスが管理している広大な敷地だった。視界が開けた先には、乗馬のための砂利が敷き詰められた円形の訓練広場が広がっており、その奥には手入れの行き届いた厩が並んでいる。乾草と馬の独特の匂いが、春の穏やかな空気の中に混ざって漂っていた。
 メロディは厩舎の方へと歩みを進めた。彼女は、連棟式の厩の一つ一つを見て回り、柵越しに顔を出した栗毛の馬の鼻先を優しく撫でた。馬もそれに甘えるように頭を寄せており、その様子は、動物に対するヒロインの優しい気質を表しているようだ。そんな様子を、私とヤコブは厩の入り口に身を潜めて眺めていた。

「何をしている?」

 不意に低い声が響いた。上着を脱いで軽装になったステファンが顔を出す。黒い髪は動いたのか少し乱れている。それが何とも言えない色気を放っていた。
 ステファンの登場に驚き、メロディは馬を撫でていた手を引く。

「ごめんなさい! 入ってはいけませんでしたか?」

「いや、問題ない。今日は俺だけだと思っていたから、人の気配がして驚いただけだ」

 そう言いながらステファンは眉一つ動かさずに馬に餌を与えていく。その様子を呆然とメロディは眺めている。そこで、ふと何かに気付いたのか彼女は声を出した。

「あの、もしかして、先日助けてくれた方ですか?」

 その言葉に珍しく目を丸くすると、ステファンはしげしげとメロディの顔を眺めた。
 私はステファンのルートはプレイしていないが、簡単な概要なら分かる。二人は入学式前に一度会っており、町を散策していたメロディが暴漢に襲われるのを、自主的に警邏していたステファンが発見。救出したというのが、二人の出会いだ。

「ああ、あの時の……新入生だったのか」

「えっと、新入生ではなく、転入生になります。二年生のメロディ・ルベルゾンです。よろしくお願いします」

 メロディはにっこり微笑むとぺこりとお辞儀をする。ストロベリーブロンドの髪が柔らかく揺れた。彼女が顔を上げると、今度はステファンが自己紹介をする。

「三年生のステファン・サンスリードだ」

 ステファンは手を差し出し、二人は握手を交わす。楽しそうに微笑むメロディと、ステファンの姿は本当に絵になる。思わず感動してしまった。

「この後はどこに?」

「図書館に行ってみようと思っていたんですけど、道が分からなくて……」

「それなら……」

 ステファンが反対側の出入り口に向かって歩いていき、メロディに図書館の場所を指し示す。その道案内を、メロディはふんふんと頷きながら聞いていた。
 そんな二人を追っていくと、出入り口の奥の木の陰にイザベラがいるのを見つける。一瞬目があったけれど、すぐに木の陰に隠れてしまう。
 ……もしかして、メロディを追っているの?
 そんなことに気付いてしまい、思わず体が固まった。色々と想像してしまい思考が真っ白になる。

「リリアンナ嬢、行ってしまいますよ」

 ヤコブに声を掛けられてはっと我に返った。気付けばイザベラはいなくなっており、メロディは図書館へ向かってしまっている。

「……ここで何をしているんだ?」

 案の定、厩に戻ってきたステファンに見つかってしまい気まずくなる。彼の朱色の瞳は真っすぐこちらを見据えており、思っていることが全て筒抜けになってしまっているように感じられた。

「ちょっと、様子を見に来ただけです。お邪魔なようなので、それでは!」

 私とヤコブは全速力でその場を逃げ出した。ステファンが戸惑っているのは分かるが、今は頼むから見逃して欲しい。そう願いながら足を動かす。
 次に行くのは図書館。そこで、最後の攻略対象者と出会うのだ。

 セドリック・カンナバーロ。伯爵家の三男で、リリアンナ以上に魔力が強く、特待生として飛び級で入学してきた。後に王宮魔法士団の団長になる人物であり、アレクサンドの側近候補でもある。一見華奢で女の子のような外見をしているが、れっきとした男の子。年下と言うこともあり、何とも愛嬌があるキャラクターだったはずだ。
 この世界に来てから、結局彼とは一度も会っていない。一体どんな人物なのか、私は胸を躍らせながらヒロインとセドリックが出会うはずの図書館へ急いだ。