ヒロインは廊下を通って建物へ入ろうとする。まだ中庭を眺めていてよそ見をしていた彼女は、曲がり角を曲がってやってくる人物に気付かない。

「きゃっ!」

 そのままぶつかってしまい、よろめいて後ろに倒れそうになる。そんな彼女の手をぱっと掴んだのはアレクサンドだった。

「大丈夫?」

 腕を掴まれた彼女が体勢を立て直したのを見て、すぐにアレクサンドは手を離す。艶のある青い髪が陽光に輝き、黄金色の目が柔らかく細められる。優しく笑いかける姿は、まさしく品行方正な王子様の姿だ。ヒロインは一瞬彼に見とれつつ、すぐに我に返った。

「あ、だ、大丈夫です! ……って、確か前で話していた方ですよね⁉」

「新入生かな? あまりよそ見をしていると、今みたいにぶつかるから気を付けて」

「えっと、転入生です。メロディ・ルベルゾンと申します。申し訳ありません」

 ヒロイン……メロディは慌ててお辞儀をする。体の前で手を重ねた、庶民がするような礼だ。本来、ここで行うべきはスカートをつまんで行うカーテシー。あの礼は、貴族令嬢ではありえない振る舞いだ。

「話には聞いているよ。勉強、頑張って」

 さすがに事情が分かっているのか、それを見てもアレクサンドは何も言わない。軽く声を掛けると、彼は軽く手を振って立ち去っていく。そんな彼を呆然としながらメロディは眺めていた。
 これが二人のファーストコンタクト。遠くて会話はよく聞こえないが、だいたいこんな感じの話をしていたことは覚えているので、記憶で補完している。ある種の感慨深さを覚えながらも、私は気になって視線を木の方へ向けた。

 そこにいたのは、イザベラだった。

 ポニーテールにした蜂蜜色の髪と、パールの連なった髪飾り。透けた白いレースのリボンは何とも可愛らしい。あんな髪飾りと蜂蜜色の髪は見間違えようがない。
 私とヤコブのようにメロディを見ていた彼女は、そそくさとメロディの後を追った。何のためにそんなことをしているのかは分からない。偶然なのか、必然なのか。とりあえず、惚れているはずのアレクサンドが婚約者である私以外と親しくしている様子に嫉妬はしていないようだ。
 悪役令嬢としてふるまうイザベラの姿なんて見たくはない。ほっと胸を撫で下ろすと、私はヤコブと共にメロディの後を追った。こちらへ歩いてくるアレクサンドとすれ違う。

「やあ、リリアンナ嬢。一体何をして……」

「すみません、ちょっと急いでいるので!」

 声を掛けようとしたアレクサンドを振り切り、小走りで立ち去ってしまう。そんな私達を、アレクサンドは不思議そうに眺めていた。



 次に出会うのはレオナルドだ。二階の廊下ですれ違った際に躓いて転びそうになるのを助けられ、ナンパされるというのがゲームでの流れ。ゲームではナンパ男だったレオナルドは、今やマルグリータ一筋だ。この後は一体どう変化してしまうのか、興味がある。
 階段を上がり、二階に行ったところで階段の踊り場から廊下を覗き込んでいるイザベラを見かけた。何をしているのか聞いてみたいが、声を出せば追いかけているのがメロディにバレるかもしれない。しかも、何か問答をしている内に見逃す可能性もある。私達は無言でイザベラの後ろから廊下を覗き込んだ。

「……⁉」

 私とヤコブに気付いたイザベラがこちらを振り返りぎょっとした表情をする。しかし、私は彼女を無視して廊下に視線を送った。困ったようにしながらも、イザベラもメロディを見る。
 奥からはちょうどレオナルドとマルグリータが並んで歩いているところだった。ゲームではレオナルド一人だったはずだから、状況が変わってしまっている。

「リタ、制服よく似合ってるよ。今度、何か髪飾りでも贈っていいかな?」

「もう既にアップルグリーンのリボンやレースでいっぱいですよ?」

 レオナルドは片手でマルグリータの肩を抱いていた。マルグリータは乳白色の長い髪を太い三つ編みにしており、アップルグリーンのリボンを編み込んである。カチューシャまで似た色だから、正しくレオナルドの色に包まれている状態だった。

「オレが贈りたいから贈るだけだよ。俺と同じ髪色のウィッグまで贈りたいくらいだ」

「それじゃ、レオ様は私の髪色のウィッグを付けて下さいね」

「望むところだ! 今度、それで出かけようか」

 レオナルドとマルグリータが二人っきりの様子は見たことが無かったが、こんなバカップルをしていたとは思わなかった。レオナルドどころか、マルグリータも色白の頬を上気させて嬉しそうに微笑んでいる。うーん、見ていてむず痒くなるが、二人が幸せそうなら良しとしよう。
 そんな二人の横をメロディが通り過ぎようとする。そこで、廊下の絨毯に足を取られてメロディの体が傾く。そこをレオナルドがすんでの所でキャッチした。メロディの方を掴んで支えてあげる様子は抱き合っているようにも見える。ここはゲームの時と同じだった。
 親切ではあるんだろうが、真横にいるマルグリータの心境を思うと複雑だ。さっきまで仲良くしていた婚約者が、今は違う女性を抱いているんだから。
 大丈夫かとはらはらしながら、私は三人の様子を伺った。