翌日。私達は早速王都へ出発した。アマトリアン辺境伯夫妻は一応見送りに来てくれたが表情が固いのが丸わかりだ。いい気味だと思いながら、私達は意気揚々と辺境伯邸を後にした。
 まだしばらくロミーナの顔色は悪かったが、徐々に状況にも慣れ、気持ちに整理がついたのか王都に近付くにつれて明るくなった。道中はシヴァに憧れたロミーナが何度か魔法を教わっていた。あまりにも距離が近く、嫉妬しそうになるが、ロミーナはあくまでシヴァをシルヴィアと言う女性と思っているのだ。そう思いながら私は何度も我慢した。

「長い間ありがとうございましタ。リリアンナ」

 この間にすっかり仲良くなり、少しロミーナとは砕けた話ができるようになった。王都のタウンハウスに到着し、ロミーナを下ろすと彼女は嬉しそうに笑いながら挨拶をしてくれた。レポートはロミーナの手にあり、証拠はより警備の厳しい私達が預かっている。ことの詳細は後でアレクサンドに伝えるつもりで、学園が開始されるまでにあと1回は会うことになるだろう。

「こちらこそ、ありがとうございます。また王宮で」

「はイ!」

 ロミーナがいなくなった馬車の中は、シヴァと久しぶりに二人きりになった。改めてそのことを実感すると、照れて緊張してしまう。

「おい、大丈夫か?」

「何が?」

 シヴァが席を立ち、私の隣に座った。柔らかなスカートがふわりと揺れる。それに視線を奪われていると、気付けばシヴァの端正な顔がすぐ近くにあった。長いまつ毛がすぐ近くで揺れている。

「ロミーナ嬢と一緒にいる時、熱心に見てたから。てっきり機嫌でも損ねたかと思った」

「……お、怒ってないわよ! ちょっとくらいは、嫉妬……した、かもだけど」

 シヴァの顔を手で覆い遠ざける。やっぱりシヴァには私の感情なんてお見通しなのだ。ちらりと横目で見ると、彼は嬉しそうに目を細めていた。空色の目がまっすぐ私を射抜いている。
 確かに一ヶ月以上の間、ロミーナとレポートのことにかかりきりで、ろくにシヴァとは関われていなかった。その寂しさもあった中でロミーナと仲良くされたのはちょっと癪だ。屋敷に着けば、また周囲の目もあって気軽に接することができなくなる。この短い時間が、最後のチャンスなのだ。それならば、思いっきり甘えてしまおうか。でも、屋敷までもうすぐだし……
 色々考えていると、私の手に湿った物が這う感触があった。その感触に背筋が泡立つ。

「ひあ!」

 シヴァの顔から手をどけると、彼はしてやったと言うような表情で舌を出していた。彼に舐められたのは明白だ。

「し、シヴァ!」

 抗議しようとすると、彼の手が私の体を引き込む。ぽすんと私の頭は彼の膝の上に乗った。呆気に取られてシヴァを見上げると、彼は優しく頭を撫でてくれる。

「今しかないだろ? 甘えたきゃ甘えておけ」

 みるみる自分の顔に全身の熱が集まっていくのが分かる。本当に私の思考なんてお見通しで、こんな風に甘やかそうとしてくれているのだ。シヴァは甘い。甘すぎる!
 お言葉に甘えて、私は彼のスカートに顔を埋めた。深く息を吸うと紅茶の香りとシヴァの匂いが胸いっぱいに広がってくる。私は、この香りが好きだ。嗅ぐだけでシヴァとのお茶会を想像できてしまうから。
 そうして目を閉じている私の背に、シヴァの手が優しく重なり小気味よくぽんぽんと叩かれる。幼子を寝かしつけるように、反対の手では変わらず私の頭を撫でてくれる。

「お疲れ様、リリー」

 シヴァの低めの声が耳に心地良い。女装中はずっと声を高めにしている。その声も悪くはないが、やはり私はこの声の方が好きだ。
 すっかり彼に甘えて目を閉じていると、私はいつの間にかぐっすり眠り込んでしまった。





 ***





 長期休暇明けの学園は、冬の寒さにもかかわらず活気に満ち溢れていた。広大な中庭は雪が溶けて湿った土の匂いが立ち込めており、久々に登校した生徒たちが制服のまま談笑する声があちこちから聞こえてくる。石造りの校舎の廊下はいつもよりも生徒の数が多く感じられ、みんな冬の間に溜め込んだエネルギーを爆発させているようだ。
 久々に見る顔ぶれは、しばらく会わなかった間に様変わりしている……なんてことはない。休暇前と変わらず、みんな元気そうな笑顔を見せてくれた。

「久しぶり。休暇はどこに行っていたの?」

「イザベラ、久しぶり。私はアマトリアン辺境伯領にお世話になっていたわ」

 休暇明けに見たイザベラはいつも以上に輝いていた。髪は高い位置で結い上げ、お団子にされている。周囲の髪は丁寧に編み込まれており、白い小花のピンで飾られていた。サイドの髪は下ろされており、縦ロールになっている。お団子から覗く白い鳩をモチーフにした飾りがアクセントだ。

「ああ、ロミーナ嬢と一緒と言っていたわね。どうだった?」

 詳細を省いて、私はレポート作成の件やロミーナがシヴァと仲良くなった件のみを話した。

 あの後、二人でアレクサンドの所へ行き証拠を提示して詳細を話した。すぐにでもアマトリアン辺境伯を処罰はできるが、できたとしても罰金刑程度。アレクサンドにバラしたことが分かれば、ロミーナがあの両親から何をされるのか分からない。そのため、ロミーナは今回は処罰することを選ばなかった。
 彼女が言うには、他にもあの夫妻には怪しい点があるらしい。証拠を手に入れる際に、雑多に金庫に詰められた書類の束に不穏な物をいくつも見つけたのだ。どうせ処罰するならば、一気に行い、完全に息の根を止めてしまう。それがロミーナとアレクサンドの決断だった。

「もう両親のことは良いのかい?」

 そうアレクサンドは聞いていた。いくらなんでも、実の両親だ。ロミーナも気に病むことがあるかもしれない。しかし、彼女はきっぱりとそれを否定した。

「はイ。私の故郷はライハラ連合国の親戚のみでス」

 そう言い捨てるロミーナは凄くかっこ良かった。



 そうして平穏な学園生活が戻ってきたのもつかの間。一ヶ月も経たない内に、最終試験の期間が始まった。毎日毎日テスト漬けで疲れてしまう。最終試験は中間試験よりも長く二週間もかかった。最終日にはみんな疲れた顔を見せていた。
 それから一週間後に貼られた成績発表。ヤコブは相変わらず一位。二位はイザベラ、三位は私、四位はレオナルドと上位の顔ぶれは変わらない。

「……満点飛び越えてるんですけど、一体何をしたんですか?」

 目を見張ったのはヤコブのレポートの成績だった。満点な上に加点まで付けられている。一体何があったのやら。

「成績が落ちないか心配だったので、同時に3つほど領地の改善案を提示して、全て実施して結果を出したんです。いやー、短期で結果が出るものに絞っておいて良かったですね」

 笑顔で言うが、さらっととんでもないことをしている。これでは加点がつくはずだ。ヤコブだけは身分が低く、成績トップではないとアレクサンドの側近候補から外れてしまう可能性があるので必死なのだろう。前回魔法の成績があまり良くないと言っていたが、魔法の成績の低さをレポートの加点で埋めるとは恐ろしいことだ。

「姉上、イザベラ嬢、ヤコブ! 兄上がデザート用意しているって」

 前回のようにレオナルドが呼んでくれる。王族専用食堂には、きっとまた豪華なデザートが用意してあるのだろう。アレクサンドの配慮に感謝して、私達は王族専用食堂へ向かった。