女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

 その日の夜。寝る準備が終わって部屋のカーテンを閉めようとすると、庭先でシヴァとヴォルフガングが一緒にいるのを見かけた。
 知り合いだと言うし、積もる話もあるんだろうと思うが、どうしても気になってしまう。シヴァの過去を私は何も知らない。ヤコブから教えてもらったのも、ソプレス王国の高位貴族出身と言う話のみ。後は、本人からシヴァを追っている怪しい人がいるという話。本名すら教えてもらってないのだ。
 二人の邪魔をするのも嫌だが、気になるものは気になる。しばし考えて、こっそり盗み聞きすることに決めた。うん。シヴァには後で謝ろう。

 私は部屋のローブを羽織り、そっとドアを開けた。屋敷の廊下は照明が落とされており、足音を立てないよう慎重に移動する。庭に面した裏口から、二人の声が聞こえる方に注意深く近づいた。庭の一角、暗闇に紛れるように生い茂った灌木の陰で二人が何かをしている。すぐ近くの木陰に私は身を潜めた。夜の冷たい空気が肌を刺す。そんな空気を切り裂くように、剣が空を切った。
 シヴァはシンプルなシャツとズボンに着替えており、黒髪のウィッグを付けて髪型は女性らしくしているものの、男性らしい格好をしていた。対するヴォルフガングは先程の服装と変わらない。暗闇の中、二人が剣を交わす動きに合わせて金属音が鳴り響く。剣を振るシヴァは、あまり見たことがない。真剣な表情で相対している彼は途方もなくカッコいい。
 そうやって見とれていると、シヴァの剣がはじかれて飛んでいく。次の瞬間には、ヴォルフガングの剣先がシヴァの喉元で止まっていた。

「また負けた! くそっ!」

 シヴァはため息をつくとしゃがみ込む。ヴォルフガングは息一つ乱さずに笑っていた。

「はっはっは! ワシに勝つには100年早いわ。まあ、昔よりは強くなったな」

「その余裕が腹が立つ……魔法さえ使えれば勝てるのに」

「それ、昔も言っておったなぁ。そして負けた」

「あー……そうだったな。なんであの状態で負けるんだか」

 気を取り直して立ち上がったシヴァは吹き飛んだ剣を取りに行くため、こちらへ振り向く。隠れるのが一瞬遅れて、ばっちり目が合ってしまった。

「……リリー?」

 速足でこちらに近付いてくるのが分かる。うわー、これは絶対怒られる! 私は慌てて立ち去ろうとした。しかし、やはりシヴァの足の方が早い。すぐに追いつかれ、屋敷の壁に手をついて私の行く先を塞ぐ。いわゆる壁ドンと言うやつで、こんなことされるのは始めてだった。すぐ近くにシヴァの顔があり、私は顔が赤くなるのが分かった。

「ご、ごめんシヴァ! 何してるのかなって気になっただけで、別に邪魔するつもりはなくてですね」

「……いつから見てた?」

「訓練の途中からだなぁ」

 ヴォルフガングが呑気に返事をする。その言葉にシヴァは振り返って彼を睨みつけた。

「気付いたなら早く言えよ! 危ないだろうが!」

「おいおい、負けるところを見られて恥ずかしいからってワシに当たるな」

 図星だったのだろう。シヴァの顔がみるみる赤くなる。こんな子ども扱いされている彼はあまり見たことがない。ため息をつくと、シヴァは私の肩に顔を埋めた。

「……忘れてくれ」

 こんな可愛い姿、忘れるはずがない。

「なんだ、モンリーズ家のお嬢さんとは良い仲なのか」

 からかうように笑いかけてくるヴォルフガングに、シヴァは顔を上げると再び睨みつける。つかつかと近寄ると、片手でぐいぐいと彼を押した。

「もうお前帰れ!」

「おいおい、久々の再会なのに手荒にするんじゃない」

 まるで家に彼女が来てしまった時の反抗期の息子のようだ。あまりに可愛くて私はつい笑ってしまった。私が笑っているのを見て、シヴァは動きを止める。

「……リリーに免じてだからな」

 ため息をつくとシヴァは剣を片付けに行った。残されたヴォルフガングは私に近寄る。しゃがみ込むと目を合わせてくれた。髭もじゃの顔から優しそうな目が覗いている。

「どうも、モンリーズ家のお嬢さん。あいつと仲良くしてくれているようで、ありがとう」

「いいえ。こちらこそ、シヴァの意外な一面が見られて嬉しいわ。ヴォルフガング様は、シヴァとはどういうご関係なんですか?」

「ワシはソプレス王国の騎士団長をしていましてな。ユリ……」

「その名は言うな」

 にこにこと話していたヴォルフガングの頭に、シヴァの手刀が刺さる。いつの間にか、もう戻ってきていた。シヴァの本名が聞けそうだったのに、惜しい。

「えっと、こやつの剣の先生もしていたことがある……今は何と呼べばいいんだ?」

「とりあえず、シルヴィアで」

 腕組みをして唇を尖らせながら言うシヴァに、ヴォルフガングは口ひげを弄りながら返事をした。

「女性名か。ドレスも着ていたし、女装趣味だったとは知らなかった」

「趣味じゃねえ。身を隠す必要があるだろうが!」

「おお、そうだったそうだった」

 なんとも呑気だ。腕っぷしは強いが、どうにも頭脳系は得意ではないらしい。そんな二人の様子が仲睦まじくて、戦争が起きる前のシヴァの幸せな生活の一端を見られているような気がして嬉しくなる。
 それにしても、ヴォルフガングは騎士団長だったのか。それは強いはずだ。

「いや、まさかあの最中に生きているとは思わなくてな。会えるとは思わなんだ」

「逆にお前は絶対生き残ってると思っていたよ」

 どうやらあの内乱時の話らしい。ヤコブの言葉を思い出す。詳しく調べてみた方が良いと、彼は言っていた。これは良いチャンスかもしれない。

「確か、内乱があったんですよね……? 大勢が亡くなったんでしょう? 災害が根本的な原因とはいえ、なんだか嫌な話です」

 とりあえず試しに話を振ってみる。嫌な話だと思うのは本当だ。現代日本では戦争とか紛争なんて遠くの国の話で、関わったり目の前で見たりしたわけではない。ただ、良くないもの。絶対に起こしてはいけないものと言う意識や考えだけは、しっかり私の中に根付いていた。
 今まで聞いては来なかったが、シヴァはどんな怖い思いをしただろう。今平気そうにしているヴォルフガングも、大事な人が亡くなったりしたかもしれない。そう想像すると、胸が痛くなる。悲痛な表情をしているのが伝わったのか、ヴォルフガングは困ったように眉を寄せた。

「モンリーズ家のお嬢さん、別に死者はそんなに出ていない。10人にも満たなかったよ」

「そうなんですか⁉」
「そうなのか⁉」

 シヴァと私はほぼ同時に声を上げた。びっくりしてお互いにぽかんと見つめ合ってしまう。なんで、シヴァまで不思議そうな顔をしているんだろう。

「……なんだ、当時のことは覚えていないのか?」

「ああ……はっきり記憶してはいないが、夜寝てた間に襲撃されてたとしか聞いてない。それ以外は何も」

 シヴァの当時の年齢で言えば5、6歳程度。逃げるのに夢中で、救助した大人も子供には何も見せずに逃げ出した、と言う事だろうか。

「ワシも詳細は知らないがな、城が襲撃されたと聞いて駆け付けた時には全てが終わっていたよ。あまりにも早い決着だった。当時は休みで、この屋敷にいたんだ。城まではここから1時間もかからないが、着いた時には終わっていたんだ」

 伝令の移動も考えると、襲撃から二時間。そんな短時間で、内乱って終わるものなの? それに、意見の対立でギスギスしていたなら、城は警戒していたはず。それなのに二時間以内で決着するほど、警備が緩かったとは到底思えない。ヤコブの言うように、これは確実に何かがある。
 私が考え込んでいる間に、ヴォルフガングは優し気にシヴァを見つめた。フライパンみたいな大きくて硬そうな手で彼の頬を優しく撫でる。

「姿が見えないから、どうしているかと思ったはいたんだがなぁ。こんなに大きくなって……元気そうで良かったなぁ」

 その手のぬくもりと彼の優しさに、シヴァが涙目になるのが分かる。それを振り払うように、シヴァは私の方を向いた。私の手を引いて、どんどん屋敷の方へ歩いてしまう。

「もう寝るぞ。風邪をひく」

 それは、泣き顔を見られたくない強がりなのか。それとも、私に素の状態でヴォルフガングと一緒にいるところを見られたくないのか。戸惑いながら振り向くと、庭の中央でしゃがんだままのヴォルフガングが、やれやれと言った様子で笑っていた。

「おやすみなさい」

 声を掛けるとひらひらと手を振って見送ってくれる。またどこかで、ゆっくり話せる機会があるといいな。シヴァの過去のこととか、もっと色々聞いてみたい。外気は肌寒かったが、なんだか心は温かかった。



 翌日。私達はヴォルフガングの家を出発した。折角だからと、少ないはずの食糧で朝食まで御馳走してくれて、軽食も持たせてくれた。

「また来ても良いですか?」

 出発直前、馬車まで見送りに来てくれたヴォルフガングと話すと、彼は相変わらず優しそうに微笑み返してくれた。

「もちろん。シルヴィアも、また思い出話でもしよう」

「お世話になりましタ」

 ロミーナがお辞儀し、馬車に先に入っていく。私も後に続き、最後に入ってきたシヴァが馬車のドアを閉めた。窓越しにヴォルフガングを見ると、軽く手を振る。シヴァはシヴァなりに、別れを惜しんでいるようだ。
 ギィ、というきしむ音を立てて馬車は動き出し、荒れた庭を抜けていった。ヴォルフガングは、馬車が見えなくなるまで、その巨体を門の前に立たせ、私たちを見送っていた。
 屋敷での滞在では、旧ソプレス王国の滅んだきっかけでもある戦争について謎が残った。これについては、慎重にアレクサンドと調べて話を付けていかなければならない。その際には、シヴァに話を聞くこともあるだろう。トラウマをえぐらないよう、行動は慎重にしないと。私はこれからやるべきことを想像すると、窓の外の景色から目を離し、昨夜書いたメモを握り締めた。