女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

 ああ、やっぱりダメだったのかとロミーナは思う。どうせ家に帰っても良いことなど起きないのだ。今までのように時が過ぎるのを待つしかない。ただ、リリアンナがついてきてくれたことだけは、助かる。思ったよりも両親の対応は優しかった。
 ……そう、彼女という客人がいるからこそ、これでも優しい方なのだ。



 リリアンナが部屋に戻った後、ロミーナは両親に呼ばれていた。両親の寝室には夫婦二人が揃っている。部屋は広大で、豪奢な装飾が施された天蓋付きのベッドが中央に鎮座し、足元には毛足の長い絨毯が敷かれていた。暖炉の火が室内を照らす中、ロミーナは質素な部屋着のまま、その豪華な空間にそぐわない緊張した様子で立たされていた。

「それで、学園では上手くやっているんだろうな」

 そう父は質問した。ロミーナは俯きながらも一生懸命父を見る。目を逸らすだけでも、どんな罵倒が飛んでくるかは分からない。しかし、どうせ大した返事はできないのだ。怒られてしまうのはもう予想がついていた。少しでも父の怒りを鎮めようと、怒られる要素を減らすためにロミーナは前を向く。

「えっト……ステファン様とは何とかやれていまス」

 そう話すが、声がどんどん小さくなる。彼女の自信がなさそうな様子を、父は見逃さなかった。

「上手くやれているのなら、もう屋敷には呼ばれたんだろうな」

「えっト、それハ……」

 母はベッドから立ち上がると、ロミーナに手をあげた。
 バシッと甲高い音が鳴る。頬を赤らめたロミーナは、衝撃で床に倒れ込んだ。

「何度言ったらその醜い発音が治るというの! もうこの国に住んでから何年経つと思っているのよ!」

 母は自分の発音が気に入らないのだ。いつまでも過去に住んでいたライハラ連合国のことを忘れられず、縋りつき、自分達に従わない娘が気に食わない。

「ご、ごめんなさ……」

「もうよせ。モンリーズ嬢に知られたらどうする」

 父の言葉に、母は手を引っ込めた。腕を組むと再びベッドに座り直す。

「……とりあえず、早くサンスリード公爵家に潜り込め。そうだな、後半年……5月までは待ってやろう」

 両親に何か策があるだろうことは察しがついていた。そのためにも、どうしても自分をサンスリード公爵家に潜り込ませ、情報を手に入れたいのだ。
 それがいけないことなのは頭では分かっていた。それでも、自分には他に行く当てなどない。自分が反論したところで、両親は話も聞かず、さらにひどい折檻が待っていることは容易に想像できた。かといってステファンにこれ以上迷惑をかけるわけにもいかず、ただ時が過ぎるのをじっと待っているしかない。



 自分には、何もできない。



「それ以降、何の情報も連絡も無ければ覚悟しておけ。政略に使えなくても、お前を金に変えることだってできるんだ」

 それが禄でもない相手に自分を高く売りつけるんだということは、容易く想像できた。思わず背筋が凍ってしまう。

「分かったら、早く行け。課題などさっさと終わらせて、王都に戻ってサンスリード家にすり寄るんだ」

 父は冷たい視線でロミーナを見下ろした。

「……できるよな?」

 父の言葉に、ロミーナは静かに頷いた。





***





 翌日。私は朝食を食べに食堂へ向かった。食堂は広く、中央には大きなオーク材のテーブルが置かれていた。窓からは冬の朝の光が差し込んでおり、暖房がついていて十分暖かいはずだ。しかし、どこか冷たく寒々しい。辺境伯夫妻は既に席に着いていた。だが、ロミーナの姿は見えない。

「おはようございます。あの、ロミーナ嬢は?」

「おはようございます、モンリーズ嬢。ロミーナなら、もう出かけましたわ。領内の下見に行くんだとか」

 夫人は優雅にパンを切りながら、何事もなくそう答えた。こんな朝早くから? そう疑問に思いながらも、席に着く。
 夕方ごろには帰ってきて、また話ができるだろうか。そう思っていたが、何時になってもロミーナは帰って来なかった。



「リリー、起きろ」

 私は、旧ソプレス王国について今まで上がっていた情報をレポートに纏め直していた。それと同時に、ずっとロミーナの帰りを待っていたのだ。
 晩餐にも彼女は表れず、待ちながらレポートの続きをしている内に眠ってしまったらしい。書き物机に突っ伏したままでいたので、枕代わりにした腕がしびれている。いつの間にかシヴァが掛けてくれていた毛布が肩からずり落ちた。

「ロミーナ嬢が来たみたいだ」

 シヴァに言われて慌てて窓の外を見ると、真っ暗な中馬車の明かりが灯っているのが見えた。玄関に入っていくロミーナの様子を、ぼんやりとした明かり越しに確認した。

「シヴァは何か軽食を用意してあげて。私は迎えに行くわ」

「分かった」

 シヴァと別れて私は玄関ホールまで向かう。廊下に明かりが点いているとはいえ、時間はもう22時だ。外は寒く、暗い。

「ロミーナ嬢、お帰りなさい!」

 玄関ホールまで向かい、ロミーナに声を掛けた。ロミーナは、深めのボンネットを被ったまま、俯きがちに歩いていた。私に声を掛けられ、驚いたようにこちらを見る。

「リリアンナ嬢!?」

 余程忙しかったのか、髪はぼさぼさでボンネットの中で絡まっているのが見える。心配になって私は駆け寄った。

「遅くまで出かけていたんですね。朝も会えないし、帰りが遅いので心配で……」

「気にしないで下さイ。ちょっと、父に言われてレポートを早く仕上げる必要があっただけでス」

 ロミーナは笑いながら言うが、余程疲れているのか元気がない。それに、いくら急ぐとはいえ本来ならば何日もかけて作成するレポートだ。こんなに朝早くから夜遅くまで制作に時間を空けたところで、ロミーナの体が持つわけがない。

「急ぐなら私も手伝いますから。今、シヴァが軽食を持ってきています。まずは休んで下さい」

 私が手を差し出すと、そっとロミーナが掴んでくれた。手袋をしていたとはいえ、指先は氷のように冷たい。暖房ならついているし、これから部屋を暖めなきゃいけないロミーナの部屋よりも、私の部屋に案内した方がいいだろうか。
 そう思い、私達は手を繋ぎながら歩き出した。方向が自分の部屋ではないことに気付き、ロミーナは足を止めた。

「……あノ、着替えもありますシ、自分の部屋に行きますヨ?」

「まだ部屋は温まっていないでしょう? 私の部屋で温まった方がいいですよ」

「でモ……」

 有無を言わさずに私はロミーナの手を引っ張った。ずんずんと歩いていき、私の部屋に押し込める。暖炉の火の前に椅子を運ぶと、立ち尽くすロミーナを座らせた。
 そうしている内にドアがノックされる。部屋に入ってきたのは軽食と紅茶を用意したシヴァだった。彼は片手で軽くテーブルを持ち上げ、ロミーナの横に移動させる。そして、テーブルの上に軽食を並べ始めた。皿の上には、湯気が立つ小さなサンドイッチや、焼きたての甘いスコーンが並び、傍には温かい紅茶が入った銀のティーポットが置かれている。美味しそうな匂いが、温かい部屋に広がった。

「どうぞ食べて下さい。温かいですよ」

 私が勧めたことで、ロミーナは恐る恐る紅茶を手に取り一口飲んだ。温かい紅茶に癒されたのか、彼女の顔に笑顔が戻る。そうしてしばらく食べ進めていると、徐々に頬に赤みが戻ってきた。

「コート、そろそろ外したらどうですか?」

 ずっと分厚いコートと冬用のボンネットを付けたままなので、もう体も温まったしと思い声を掛ける。ロミーナは俯いてボンネットを深く被り直した。

「着替えは部屋でしまス。お気遣イ、ありがとうございまス」

 少し慌てた様子で立ち上がると、すぐに部屋を出てしまった。完食はしているので、これで元気になるだろうか。

「大丈夫かな……」

「どうだろうな。なんか、色々きな臭いし」

 茶器を片付けながら、シヴァはそう呟く。そうだ。きな臭いで思い出したが、旧ソプレス王国について調べていて不審な点を見つけたのだ。ロミーナに確認しようと思っていたが、あの様子なので部屋まで押しかけるわけにもいかない。

「明日なら話せるかな?」

 少し心配に思いながら、私は明日やるべきことに思いを馳せた。