女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

 季節は冬になり、年末年始が近づいていた。実家が遠方の生徒のためにも12から1月の約2ヶ月は学園はお休みだ。場所によっては雪で帰れず2月から登校する生徒もいるらしい。その後は3月の最終試験と卒業式が待っている。
 4月はゲームの始まりを知らせる入学式。とうとうゲームのヒロインや、登場キャラクターが勢揃いするのだ。それが楽しみでもあり、ちゃんと反乱を阻止して婚約解消できるのかどうか。緊張の一年でもある。

「リリアンナ嬢、考え事ですカ?」

 そんなことを考えていると、突然横からロミーナに声を掛けられた。

「い、いえ! ちょっと、課題のことを考えておりまして……」

 私とロミーナは現在、馬車でアマトリアン辺境伯領へ向かっていた。この約2か月間の休暇の最中、最終試験にも関わる課題が宿題にされていた。自分の実家が管理している領や、関わりのある領について調べ、その問題点や課題を整理し対応策を練ること。休暇中に少しでも何か対策を実行し、その結果を報告する。そういうレポートを作らなければならない。
 本来であればお父様の管理している我が家の領を対象にするところだが、せっかくだからと私は旧ソプレス王国を選んだ。ロミーナも実家に帰省し、アマトリアン辺境伯領について課題を提出するらしい。行き先が同じ私達は、どうせだからと一緒にアマトリアン辺境伯の所へ行くことになった。
 既に辺境伯夫妻からの許可は得ているが、せっかくの休暇をあんな人達と一緒に過ごさなければならないのは憂鬱だ。ロミーナには悪いが、辺境伯夫妻は苦手だ。おまけに、課題だからと今回はルネはいない。私が自分で頑張らないといけないのだ。不安と緊張で頭が痛くなる。

「今回はルネもいないですし、一人で向き合わなければならないので……ちゃんとできるか心配で」

「大丈夫ですヨ。貴族たるもノ、領地管理の経験を持ちなさいということからできた課題でス。必ずしも成功しなければ落第というわけではなク、ちゃんと領地と向き合って論理的に考えられたカ、失敗してもそこから反省できたかが大切なんでス」

 笑顔で私を安心させてくれるロミーナ。なんて優しいんだろう。本当に、あの二人が親だなんて信じられない。
 馬車の窓の外の景色が変わり、遠くに建物の屋根が見え始めた。辺境伯領の中心となる町だ。畑や森が減り、次第に密集した家並みへと風景が移っていく。

「町が見えてきましたネ」

「ええ」

 馬車は石畳の町の中をゆっくりと移動し始めた。中央の通りは賑わっており、冬支度をする人々や、活発に商いをする人々の姿が見える。やがて馬車は人通りが減った区画に入り、高い塀に囲まれた重厚な屋敷の前で静かに止まった。

「ただいま帰りましタ。お父様、お母様」

 ロミーナの落ち着いた声が、奥の応接間に響いた。辺境伯夫妻は、暖炉の火が燃える応接間の中で、私たちが到着するのを待っていた。どうやら冷気の漏れる玄関まで、私たちを迎えるつもりはないらしい。暖炉の火で温かな室内は、壁一面に金糸の刺繍が施されたカーテンがかけられ、過剰な装飾が施された家具が所狭しと並んでいる。この華美で豪華すぎる応接間は、軍事拠点のような簡素な廊下を持つ屋敷の外観や他の内装と、ひどくアンバランスだった。

「この度は申し出を受けて下さりありがとうございます。お久しぶりです」

「おお、モンリーズ嬢。ようこそいらっしゃいました。どうぞおかけ下さい。寒かったでしょう?」

 とりあえず、促されるままソファに腰かける。ロミーナも隣に来るかと、すこし端にズレて座るが彼女は隣に来ない。

「おい、何をぼさっとしているんだ」

 ドア付近で立ったままのロミーナに、声が掛けられた。声にはどこか圧を感じる。そういえば、この二人、ロミーナに挨拶してなくない? と今更気付く。

「早くメイドに声を掛けて、お茶を持ってこさせろ」

「は、はイ!」

 言われて、ロミーナは慌てて応接室を後にした。
 ……これが、約一年ぶりに帰省してきた娘に言うこと? もしかして、私という客人がいるから見栄でも張ろうとしているの?
 ここに来てしまって、ロミーナに申し訳なかったかなと思いながらも、何とか笑顔を取り繕って辺境伯夫妻と世間話をする。ちらりとドアに視線を送ると、当然とばかりに控えていたシヴァが小さく頷きいなくなった。きっと、ロミーナのことは彼がサポートしてくれる。なんとなく嫌な雰囲気を覚えながらも、私は二人が戻ってくるのを待った。





***





「……つっかれたー!」

 そう叫ぶと私はベッドにダイブした。客室は、王宮のような華美さはないものの、暖色の絨毯が敷かれ、重厚な木材で作られた四柱ベッドが置かれた豪華な造りだった。

「本当に疲れたわ! 気を使いっぱなしで!」

「お疲れ様。……どうやら、家族仲は良くなさそうだな」

 シヴァは部屋の隅に置かれた一人掛けソファに腰を下ろしながら言った。

「そりゃ、ロミーナ嬢は夫妻と違っていい子だもの。仲が良い方が驚きだわ」

 あの後、客間に移動し着替えると用意されていた晩餐会へ出席した。そこでも、ロミーナの扱いは使用人のよう。服装は普通のドレスではあるが、辺境伯夫妻の見るからに高そうな物とは違うし、宝飾品も最低限だ。そう言えば、学園でもロミーナはリボンが中心で派手な飾りを付けているところはほとんど見ていない。そういう好みかと思っていたが、家族揃ったところを見るとそういうわけでもないらしい。
 あれこれ言いつけられて、メイドに指示を飛ばしたりサポートをしたり。やっていることはメイド長と同じだ。その反面、夫妻は公爵令嬢の私には良い顔したいのか、どんどん高級そうな物ばかり勧めてくるし、何もさせてもらえない。見ていて心苦しいばかりだ。

「それにしても、どういうつもりなの? 実の娘にあんな態度」

「裏で手伝いを買って出たが、屋敷のメイド達は苦笑いしてたぞ。世間話してたら、あれがいつものことなんだと。客がいる分、大人しいくらいだ」

 学園祭でのロミーナの暗い顔を思い出す。そりゃ、こんな扱いされる所になんていたくないよね。同情すると同時に、疑問がわく。

「……ねえ、ステファン様はこのこと知ってるの?」

 ステファンは何をしているんだろう。ロミーナの婚約者なのに。いくら場所が離れているとはいっても、ロミーナが相談すれば少しくらい何とかしてくれるはずだ。
 ゲームではステファンのルートはしなかったし、触り程度にしか知らない。ヤコブに事前に二人の話を聞いておけば良かったと思うが、ここまで来たら帰るのに一週間。手紙だって早馬で4、5日はかかる。ヤコブ自身も実家に帰っているだろうし、誰かに見られるかもしれない手紙に、気軽に前世の話を書くこともできない。完全な八方塞がりだ。

「メイドの話によれば、手紙が来るのは1、2か月に一度。昨年も休暇中に1回来た程度で、婚約者がここに来たこともない。だから、メイド達は顔も知らないんだとさ」

「何それ……? 本当に、二人の婚約関係ってどうなってるの?」

 私とアレクサンドですら、離れていても手紙くらいはやりとりする。遠くではあるが、配達速度的に2週間に一度のペースでやりとりはできる。それすらもしないなんて。
 ゲームでもステファンとロミーナの婚約関係は上手くいっていないようだった。しかし、ロミーナが婚約解消を拒むので難易度はそこまで低くない。

「ステファン様……ロミーナ嬢がこんなことになってるのに、何もしないなんて。見損なったわ」

「いや、ステファン様の方にも何か事情があるんだろう。とにかく、ロミーナ嬢から話を聞いてみないことには」

 シヴァに言われて頭が冷静になる。感情的にはアマトリアン辺境伯夫妻とステファンに怒りたい所だが、事情も分からないのにあれこれ言えないのも確かだ。

「それなら、ロミーナ嬢に事情を聞いてみる。ステファン様とどうなってるのかって」

「夢中になりすぎて、課題のこと忘れるなよ」

 そっと横からシヴァが助言をしてくれる。この休暇中の目標は定まった。なんとか課題をこなしつつ、ロミーナの事情もちゃんと調べて、出来ることなら助けになってあげるんだ。