「それ……殿下は、楽しいですか?」
「え?」
急に言われた言葉に、僕は戸惑ってしまう。僕自身が楽しいかどうかなんて、今まで聞かれたことは無い。大事なのは、周囲が楽しんでいるかどうかだ。
僕という画家が、絵を描くように。僕の指針で、僕以外の絵の中の皆が楽しそうにしている。それだけで十分だし、それでいいのだ。だって、僕の仕事はそれなんだから。そこに、僕の感情はいらない。
「殿下が開会式でおっしゃっていたではありませんか。みんなで学園祭を楽しもう、と」
言われてみると、そんなことを言ったようなような気がする。分かりやすく活気づけるための言葉だったが、どうやら彼女はそれが気に入らないらしい。来年は何か考えなおしてみる必要があるのかな。
「それなりに楽しんではいると思うよ」
「そんな風には見えません」
イザベラは背筋を伸ばし、僕を見つめた。
「”みんな”の中には、殿下もいるんです。殿下自身も楽しまないと」
彼女のこういう偽善的なところが嫌いだ。こうして首を突っ込んで、話を大きくして。結果、周囲から嫌われるのだから見ていて馬鹿馬鹿しくなる。今はリリアンナ嬢や僕らと密に接していることが分かって、明らかな敵意を向ける人はいない。逆に言えば、そうでなければ彼女は今も顰蹙を買っていただろう。それでも、折れない。曲げない。自分の意志を貫いて、こうした発言ばかりする。
良いことを言ったつもりか? それで、僕への好感度を稼ごうとしている? 少しだけ不愉快になるが、決して表情には出さない。苛立ちを押さえて、僕は一呼吸置いてから口を開いた。
「運営側なんだから、それどころではないよ。皆が楽しんでいるのを見れば、十分――」
「私、殿下のそう言う所が嫌いですわ」
……は?
今、嫌いと言ったのか? 普段、あんなに僕に好意を向けている彼女が?
信じられなくて顔を上げると、彼女の杜若色の目は、まっすぐ僕を射抜いていた。
彼女の思考が分からない。だいたいの相手の心情は、予測できてしまうものなのに。目の前の彼女の言動が、僕の予想とはあまりにも違いすぎて。
君は、とりあえず僕が微笑みかければ頬を赤らめて黙っていたじゃないか。余計なことは言わず、傍で控えていたじゃないか。好きな僕に嫌われないように立ち振る舞う。それが、君の行動パターンだったんじゃないのか?
呆然としていると、扉がノックされた。視線をそちらへ向ける。中に入ってきたのは、女子生徒だった。
「三学年で、備品を運搬していた生徒が階段で転倒しました。怪我は大したことありませんが、運んでいたガラス製の飾りを床に盛大にぶちまけてしまって。後処理の指示をお願いします」
「分かりました。今行きます」
女子生徒の言葉を受け、事故報告の書類を手に持ち、イザベラ嬢は素早く立ち上がる。一拍遅れて、僕も立って彼女の後を追った。先を行く彼女の後ろ姿からは、彼女が何を考えているのか読み取れなかった。
廊下の一角には、光を反射するガラスの破片が広範囲に飛び散り、小さな雪のようにも見えた。生徒たちの慌てた声と、騎士が落ち着いた声で指示を出す声が響いている。
現場は騒然としているが、従者や騎士が破片を踏まないよう客や生徒を誘導してくれている。日頃からしっかり指導しておいて本当に良かった。
「壊れた備品はこれだけですの?」
「はい。数は多くありませんが、何分大きい物で破片が多くて……」
「現場の片づけは今の所大丈夫そうですし、彼らに任せて壊れた物の補填を考えましょう。まず、転倒の原因について……」
僕が特別指示をしなくても、イザベラ嬢はてきぱきと仕事を進めていく。僕はその様子を離れたところで眺めながら、従者や騎士から報告を受けていた。後片付けも、さすが慣れているから早い。特別僕が何か指示する必要はなさそうだ。
事件よりも気になったのは、イザベラ嬢だ。あんな発言をしておきながら、何もなかったかのように仕事をしている。一人で気にしている僕が馬鹿みたいだ。
「まあ、怪我はありませんでしたの? それなら良かった」
転倒したという男子生徒が、床に座り込んで医師から簡単な診察を受けている。彼と話をしながら、彼女は無邪気な笑みを向けている。贔屓目に見ても、イザベラ嬢は見目が良い。釣り目がちできつい印象を受けはするが、よくニコニコと笑っている表情のせいで、その印象は薄らいでいた。
そういえば、彼女が僕に笑いかけたことは数えるほどしかない。普段からあんなに、よく笑っているのに。何故、今更そんなことに気付いてしまうのか。
「備品は売り物の一部ですし、金銭で負担可能ですわ。クラスの予算で賄うものですが、足りなければ学園側で負担を……」
着々と仕事をこなしていく。周囲の人々へ笑顔を振りまき、安心させ、気遣いをするのも忘れない。いつも通りのことのはずなのに、今はなんだか胸がざわめく。
(きっと、まださっきの苛立ちが残っているだけだ……)
そう考えを切り替えて、僕は僕の仕事に戻った。
一通り書き終えた書類を机に置くと、イザベラ嬢はうんと伸びをした。
現在、僕らは会議室まで戻ってきている。大きなオーク材の長机が並ぶ部屋には、先程のトラブル処理の書類と僕らの紅茶だけが置かれていた。外からは学園祭真っ只中の賑やかな喧騒が絶えず漏れ聞こえてきており、周囲から隔絶された空間はしばしの静寂に包まれている。
「お疲れ様。仕事が早くて助かったよ」
「ありがとうございます。殿下もお疲れ様でした」
いつも通り、微笑みながら声を掛けるとイザベラ嬢はこちらを向いて微笑み返す。その行動に、僕はつい手が止まってしまった。
何をいまさら戸惑っているんだか。ちょっと、イザベラ嬢に笑いかけてもらっていないと、気付いたことが、こんなにも尾を引いているなんて思っていなくて、ちょっと驚いただけだ。
「先程は失礼な発言、申し訳ありませんでした。言葉を続ける前に、仕事が入ってしまって……正式に謝罪できず」
「いや、いいんだよ。僕だって気にしてないから」
しおらしく俯きながら話をする。いつものイザベラ嬢だ。そのことに何故か僕は安堵していた。
「それなら良かったです。ただ、進言はさせて下さい」
彼女はふと顔を上げると、真剣な眼差しで僕を見つめ返した。
「殿下が真面目で努力家なことも、この国を愛し発展のために尽力しているのは、見ていれば分かります。ですが、何事も楽しくなければ続けられないと思うのです」
楽しいなんて、なんて子供っぽいことを言うのだろうか。楽しさなんていらない。ただ決められた通りに、王子としてこの国により良い選択をしていく。僕がすべきことはそれだけだ。
「殿下自身だって、国民の1人なのに。貴方自身が貴方を大切にできなくて、本当にこの先やって行けるのですか? 本当に、頑張り続けることが出来ますか? この国を、愛し続けられますか?」
彼女の言葉は、優しく慈愛に満ちていた。眉を寄せる表情も、本心から僕を心配しているものだと分かる。否定したいけれど、否定しきれない圧があり、僕は黙ったまま彼女の言葉に耳を傾けた。
「私もナンニー二家の娘として、商売に携わらなければなりません。それは理解していました。でも、最初はずっと宝飾品が好きになれなかったんです。こんな私が、触れて良いのかと。本当に似合っているのかと、自信が無くて……」
何故、こんなにも目の前の彼女の言葉が耳に残るのだろう。
「でも、気付いたんです。私自身が宝飾品が好きだと思いながら身に着けていないと、良さなど他には伝わりません。宝飾品を良いと思って、誰も手にとってはくれないと」
何故、彼女の話ながら動く手に、指先に、目が離せないのだろう。
「だから、誰よりも知識を得ました。調べました。流行だって、その素材を作っている農民に会いに行くことまでしました。そうすると、それがどれだけ愛されて大切に作られているかが分かって、私自身も大好きになれたんです」
杜若色の瞳が瞬くたびに、心臓が脈打ち体が熱を帯びていくように感じる。僕が描く、額縁の中の絵ではない。きちんとした、温度を持った、1人の人間として彼女は僕に言っているのだ。
「だから今は、女であろうと商売に口を出すことを厭いません。だって、私の方が誰よりも宝飾品を愛し、人に勧めることが出来ますもの」
長く目の前にあった額縁に、小さくヒビが入るように。
「殿下も、この国が好きだから頑張ってこられたのでしょう?」
目の前の、イザベラ・ナンニー二という美人画の女性が、僕の世界に入り込んでくるような気がした。
「それならば、殿下はこの国を愛し続けられるように、もっと自分自身を大切にしないと」
その瞳は、自分の意見をはっきり伝える、会議や話し合いの時と何一つ変わらない。媚びを売ろうなど、一つも考えていない純粋な目だ。
「……だから、学園祭も楽しんで下さい。貴方様が作った学園祭は、本当に楽しい物になっているんですよ?」
はにかみながら言うその笑顔は、あまりにも眩しい。蜂蜜色の髪が陽光に揺れ、女神のように輝いて見える。この髪には、どんな宝石が似合うだろうか。それを彼女は、どんなに美しく着飾ってくれるだろう。
いつものただの義務感などではない。目の前の彼女に、何か物を贈ってあげたいと生まれてはじめてそう思った。
その気持ちに気付き、彼女に伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。これ以上手を出さないように、腕を組んで押さえてしまう。
「……イザベラ嬢、君の気持ちは分かったよ。ありがとう」
感謝の意を込めて微笑むと、先程の威勢はどこに行ったのか。すぐに顔を赤くして逸らしてしまう。その姿が、何とも愛らしかった。
(……愛らしい?)
「もし、良ければだけど」
ふと自分の感情に疑問を抱きつつも、知らないふりをした。平静を装った彼女は再びこちらを向く。
「イザベラ嬢が回ってみて、良いと思った場所を教えてくれないかな? もう時間はないけど、この後はそこを回ってみるよ」
彼女はそう言われて目を丸くして驚いている。しかし、次の瞬間には満面の笑みを見せてくれた。
「ええ! ぜひ!」
その笑みだけは、自分だけのものだ。本当に、絵にして、閉じ込めて。このまま飾っていたいと、そう思った。
「え?」
急に言われた言葉に、僕は戸惑ってしまう。僕自身が楽しいかどうかなんて、今まで聞かれたことは無い。大事なのは、周囲が楽しんでいるかどうかだ。
僕という画家が、絵を描くように。僕の指針で、僕以外の絵の中の皆が楽しそうにしている。それだけで十分だし、それでいいのだ。だって、僕の仕事はそれなんだから。そこに、僕の感情はいらない。
「殿下が開会式でおっしゃっていたではありませんか。みんなで学園祭を楽しもう、と」
言われてみると、そんなことを言ったようなような気がする。分かりやすく活気づけるための言葉だったが、どうやら彼女はそれが気に入らないらしい。来年は何か考えなおしてみる必要があるのかな。
「それなりに楽しんではいると思うよ」
「そんな風には見えません」
イザベラは背筋を伸ばし、僕を見つめた。
「”みんな”の中には、殿下もいるんです。殿下自身も楽しまないと」
彼女のこういう偽善的なところが嫌いだ。こうして首を突っ込んで、話を大きくして。結果、周囲から嫌われるのだから見ていて馬鹿馬鹿しくなる。今はリリアンナ嬢や僕らと密に接していることが分かって、明らかな敵意を向ける人はいない。逆に言えば、そうでなければ彼女は今も顰蹙を買っていただろう。それでも、折れない。曲げない。自分の意志を貫いて、こうした発言ばかりする。
良いことを言ったつもりか? それで、僕への好感度を稼ごうとしている? 少しだけ不愉快になるが、決して表情には出さない。苛立ちを押さえて、僕は一呼吸置いてから口を開いた。
「運営側なんだから、それどころではないよ。皆が楽しんでいるのを見れば、十分――」
「私、殿下のそう言う所が嫌いですわ」
……は?
今、嫌いと言ったのか? 普段、あんなに僕に好意を向けている彼女が?
信じられなくて顔を上げると、彼女の杜若色の目は、まっすぐ僕を射抜いていた。
彼女の思考が分からない。だいたいの相手の心情は、予測できてしまうものなのに。目の前の彼女の言動が、僕の予想とはあまりにも違いすぎて。
君は、とりあえず僕が微笑みかければ頬を赤らめて黙っていたじゃないか。余計なことは言わず、傍で控えていたじゃないか。好きな僕に嫌われないように立ち振る舞う。それが、君の行動パターンだったんじゃないのか?
呆然としていると、扉がノックされた。視線をそちらへ向ける。中に入ってきたのは、女子生徒だった。
「三学年で、備品を運搬していた生徒が階段で転倒しました。怪我は大したことありませんが、運んでいたガラス製の飾りを床に盛大にぶちまけてしまって。後処理の指示をお願いします」
「分かりました。今行きます」
女子生徒の言葉を受け、事故報告の書類を手に持ち、イザベラ嬢は素早く立ち上がる。一拍遅れて、僕も立って彼女の後を追った。先を行く彼女の後ろ姿からは、彼女が何を考えているのか読み取れなかった。
廊下の一角には、光を反射するガラスの破片が広範囲に飛び散り、小さな雪のようにも見えた。生徒たちの慌てた声と、騎士が落ち着いた声で指示を出す声が響いている。
現場は騒然としているが、従者や騎士が破片を踏まないよう客や生徒を誘導してくれている。日頃からしっかり指導しておいて本当に良かった。
「壊れた備品はこれだけですの?」
「はい。数は多くありませんが、何分大きい物で破片が多くて……」
「現場の片づけは今の所大丈夫そうですし、彼らに任せて壊れた物の補填を考えましょう。まず、転倒の原因について……」
僕が特別指示をしなくても、イザベラ嬢はてきぱきと仕事を進めていく。僕はその様子を離れたところで眺めながら、従者や騎士から報告を受けていた。後片付けも、さすが慣れているから早い。特別僕が何か指示する必要はなさそうだ。
事件よりも気になったのは、イザベラ嬢だ。あんな発言をしておきながら、何もなかったかのように仕事をしている。一人で気にしている僕が馬鹿みたいだ。
「まあ、怪我はありませんでしたの? それなら良かった」
転倒したという男子生徒が、床に座り込んで医師から簡単な診察を受けている。彼と話をしながら、彼女は無邪気な笑みを向けている。贔屓目に見ても、イザベラ嬢は見目が良い。釣り目がちできつい印象を受けはするが、よくニコニコと笑っている表情のせいで、その印象は薄らいでいた。
そういえば、彼女が僕に笑いかけたことは数えるほどしかない。普段からあんなに、よく笑っているのに。何故、今更そんなことに気付いてしまうのか。
「備品は売り物の一部ですし、金銭で負担可能ですわ。クラスの予算で賄うものですが、足りなければ学園側で負担を……」
着々と仕事をこなしていく。周囲の人々へ笑顔を振りまき、安心させ、気遣いをするのも忘れない。いつも通りのことのはずなのに、今はなんだか胸がざわめく。
(きっと、まださっきの苛立ちが残っているだけだ……)
そう考えを切り替えて、僕は僕の仕事に戻った。
一通り書き終えた書類を机に置くと、イザベラ嬢はうんと伸びをした。
現在、僕らは会議室まで戻ってきている。大きなオーク材の長机が並ぶ部屋には、先程のトラブル処理の書類と僕らの紅茶だけが置かれていた。外からは学園祭真っ只中の賑やかな喧騒が絶えず漏れ聞こえてきており、周囲から隔絶された空間はしばしの静寂に包まれている。
「お疲れ様。仕事が早くて助かったよ」
「ありがとうございます。殿下もお疲れ様でした」
いつも通り、微笑みながら声を掛けるとイザベラ嬢はこちらを向いて微笑み返す。その行動に、僕はつい手が止まってしまった。
何をいまさら戸惑っているんだか。ちょっと、イザベラ嬢に笑いかけてもらっていないと、気付いたことが、こんなにも尾を引いているなんて思っていなくて、ちょっと驚いただけだ。
「先程は失礼な発言、申し訳ありませんでした。言葉を続ける前に、仕事が入ってしまって……正式に謝罪できず」
「いや、いいんだよ。僕だって気にしてないから」
しおらしく俯きながら話をする。いつものイザベラ嬢だ。そのことに何故か僕は安堵していた。
「それなら良かったです。ただ、進言はさせて下さい」
彼女はふと顔を上げると、真剣な眼差しで僕を見つめ返した。
「殿下が真面目で努力家なことも、この国を愛し発展のために尽力しているのは、見ていれば分かります。ですが、何事も楽しくなければ続けられないと思うのです」
楽しいなんて、なんて子供っぽいことを言うのだろうか。楽しさなんていらない。ただ決められた通りに、王子としてこの国により良い選択をしていく。僕がすべきことはそれだけだ。
「殿下自身だって、国民の1人なのに。貴方自身が貴方を大切にできなくて、本当にこの先やって行けるのですか? 本当に、頑張り続けることが出来ますか? この国を、愛し続けられますか?」
彼女の言葉は、優しく慈愛に満ちていた。眉を寄せる表情も、本心から僕を心配しているものだと分かる。否定したいけれど、否定しきれない圧があり、僕は黙ったまま彼女の言葉に耳を傾けた。
「私もナンニー二家の娘として、商売に携わらなければなりません。それは理解していました。でも、最初はずっと宝飾品が好きになれなかったんです。こんな私が、触れて良いのかと。本当に似合っているのかと、自信が無くて……」
何故、こんなにも目の前の彼女の言葉が耳に残るのだろう。
「でも、気付いたんです。私自身が宝飾品が好きだと思いながら身に着けていないと、良さなど他には伝わりません。宝飾品を良いと思って、誰も手にとってはくれないと」
何故、彼女の話ながら動く手に、指先に、目が離せないのだろう。
「だから、誰よりも知識を得ました。調べました。流行だって、その素材を作っている農民に会いに行くことまでしました。そうすると、それがどれだけ愛されて大切に作られているかが分かって、私自身も大好きになれたんです」
杜若色の瞳が瞬くたびに、心臓が脈打ち体が熱を帯びていくように感じる。僕が描く、額縁の中の絵ではない。きちんとした、温度を持った、1人の人間として彼女は僕に言っているのだ。
「だから今は、女であろうと商売に口を出すことを厭いません。だって、私の方が誰よりも宝飾品を愛し、人に勧めることが出来ますもの」
長く目の前にあった額縁に、小さくヒビが入るように。
「殿下も、この国が好きだから頑張ってこられたのでしょう?」
目の前の、イザベラ・ナンニー二という美人画の女性が、僕の世界に入り込んでくるような気がした。
「それならば、殿下はこの国を愛し続けられるように、もっと自分自身を大切にしないと」
その瞳は、自分の意見をはっきり伝える、会議や話し合いの時と何一つ変わらない。媚びを売ろうなど、一つも考えていない純粋な目だ。
「……だから、学園祭も楽しんで下さい。貴方様が作った学園祭は、本当に楽しい物になっているんですよ?」
はにかみながら言うその笑顔は、あまりにも眩しい。蜂蜜色の髪が陽光に揺れ、女神のように輝いて見える。この髪には、どんな宝石が似合うだろうか。それを彼女は、どんなに美しく着飾ってくれるだろう。
いつものただの義務感などではない。目の前の彼女に、何か物を贈ってあげたいと生まれてはじめてそう思った。
その気持ちに気付き、彼女に伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。これ以上手を出さないように、腕を組んで押さえてしまう。
「……イザベラ嬢、君の気持ちは分かったよ。ありがとう」
感謝の意を込めて微笑むと、先程の威勢はどこに行ったのか。すぐに顔を赤くして逸らしてしまう。その姿が、何とも愛らしかった。
(……愛らしい?)
「もし、良ければだけど」
ふと自分の感情に疑問を抱きつつも、知らないふりをした。平静を装った彼女は再びこちらを向く。
「イザベラ嬢が回ってみて、良いと思った場所を教えてくれないかな? もう時間はないけど、この後はそこを回ってみるよ」
彼女はそう言われて目を丸くして驚いている。しかし、次の瞬間には満面の笑みを見せてくれた。
「ええ! ぜひ!」
その笑みだけは、自分だけのものだ。本当に、絵にして、閉じ込めて。このまま飾っていたいと、そう思った。

