ほぼ最後の組だったこともあり、時間ギリギリになってしまった。会議室に集合する予定だったが、もうみんな集まってしまっているだろうか。
馬車に戻ると手早くシヴァから魔法を解除され、彼は着替えがあるので馬車に残して私だけ先に会議室まで走る。お行儀が悪いがしょうがない。人目に付くところまで来たら、早歩きに変えよう。本当はもっとゆっくりしたかったが、こればかりはしょうがない。三日目のデートの時を楽しみにするとしよう。
会議室へと向かう校舎の廊下は、学園祭の一日目を終え、客の熱狂は消え去っていた。廊下の装飾はそのままに、残っているのは明日への準備や片付けをする生徒たちだけだ。彼らは疲労の色を浮かべながらも、どこかやり切ったような安堵の表情を見せていた。ざわめきではなく、道具を片付ける微かな音と、生徒たちの小さな話し声が響いていた。
「遅いな」
「え⁉」
早歩きに切り替えて移動していると、いつの間にか、もうシヴァが私に追いついていた。後ろを向けば、きちんとしたメイド姿の彼がぴったり同じスピードでついて来ている。
「お嬢様、失礼します」
驚きつつ早歩きで進む私よりも、やはりシヴァの方が早い。私が反応するより先に、彼はさっと私の体を抱きかかえた。いつか一度だけしてもらったことがある、お姫様抱っこというやつだ。突然メイドが私を抱っこしたことで、周囲の生徒や残った客たちが驚いた顔をしている。 そんな周囲の様子も気にせず、シヴァは凄い勢いで走り始めた。曲がり角で人にぶつかりそうになるのも優雅にターンして避け、彼の勢いに転びそうになった人物を魔法で助ける余裕すらある。
凄い。本当にすごい。彼に抱かれている時の感覚は、宙に浮いた時の感覚によく似ていた。
「シヴァ、すごいわ!」
「間に合わせますよ。お嬢様を、遅刻させるわけにはいきませんので」
シヴァは廊下の床を蹴るたびに、まるで重力が存在しないかのように軽やかに宙を舞い、柱や壁を避けるたびにその黒いスカートの裾が優雅に翻った。数歩で長い廊下を駆け抜け、階段を三段飛ばしくらいで駆け上がり、会議室の重厚なオーク材の扉の前でピタリと止まると、音もなく私を地面に下ろした。
「……あ、ありがとう」
まだ心臓がドキドキしている。胸の鼓動を押さえて、一呼吸置くと私はドアを開けた。
「申し訳ありません。遅れました」
「姉上! 時間ギリギリですよ。どうしたんですか?」
「まあまあ、間に合ったから良しとしよう。もう放送入るよ」
真っ先に声を掛けてきたのはレオナルドだった。そんな彼をアレクサンドが抑えてくれる。マイクを持っており、本当にもう放送を始める直前だった。
「本当にごめんなさい」
みんなの所へ駆け寄ると、イザベラが私の顔にかかった髪を一房除けてくれた。
「何事も無くて良かったわ。心配していたの」
「どこまで行ってたんですカ?」
「正門近くのブラスバンドの所よ。帰りのお客さんの波にのまれてしまって」
苦笑いをしながら、咄嗟に考えた言い訳をする。少し罪悪感があるが、私の言い訳に納得したのか皆それ以上は何も言わなかった。
音楽が流れ、アレクサンドが終わりの挨拶と明日の予定について話をする。放送を終えると、どっと力が抜けてしまった。みんなも同様で、少し疲れた顔をしている。それでも楽しかったのか、表情は明るかった。
「みんな、今日はありがとう。また明日の朝、ここで集合だ」
アレクサンドの言葉に、みんなは席を立つ。体には心地よい疲労感が残っていた。今日はよく眠れそうだ。一足遅く部屋を出ると、出てすぐの廊下に待機していたシヴァと合流した。
「お疲れ様でした、お嬢様」
「お陰様でギリギリ間に合ったわ。ありがとう、シヴァ」
廊下の夕暮れの色が、シヴァの横顔を淡く照らしていた。彼は疲れた様子も見せず、いつものクールなメイドに戻っていた。先程まであんな激しい動きをしていたとは思えない。
「帰りも馬車まで抱いて行ってくれない?」
「ご冗談を」
冗談めかして言う私に、シヴァは冷静に返事をした。
***
二日目は若干曇ってはいるが、雨は降りそうにない天気だった。開会の挨拶を終えると、みんなは会議室を出る。今日の午前中の担当は、ロミーナとステファンの二人だ。残された二人は席に座ってはいるが、婚約者なのにその席が離れているのが印象的だった。ロミーナは俯いており、特に何も話していない。
「後はお願いします」
最後に部屋を出る私が声を掛けると、顔を上げたロミーナが笑顔で手を振っていた。どことなく覇気がないような気もするが、気にせず私は自分のクラスへ向かった。
この後、自分のクラスを担当すればマルグリータとイザベラの三人で遊ぶ時間が待っている。今日の一番の楽しみはそれだ。
「お姉様!」
イザベラとクラス担当の仕事を終え、一緒に会議室前で待機しているとレオナルドとマルグリータが現れた。
今日の彼女は落ち着いたココア色のチェックを基調とした、白と深緑色のアクセントが加えられたワンピースを着ていた。クリーム色の髪は二つに分けられ、ゆったりとした三つ編みにされてアップルグリーンのリボンで留めている。同じくココア色のショートブーツがよく似合っていた。小走りで駆け寄ってくる姿が小動物みたいで可愛らしい。
「リタのこと、担当が終わるまでお願いします」
「任せて」
「イザベラ嬢も、よろしくお願いします」
「ええ」
私達にきちんと礼をして、レオナルドは去っていく。王族に頭を下げられるのが、どうもまだ戸惑ってしまうらしい。イザベラは呆然とドアを見つめていたが、気を取り直してマルグリータの方を向いた。
「イザベラ。こちらがマルグリータ・ヴァイゲル。ヴァイゲル公爵令嬢で、レオナルドの婚約者よ」
マルグリータは少し緊張しつつも、私達を見上げていた。それでも笑顔を絶やさないのはさすがと言える。
「マルグリータ。こちらが何度か話した、イザベラ・ナンニー二。ナンニー二侯爵令嬢で、宝飾品や商売に詳しいの」
「イザベラ嬢、今日はよろしくお願いします。ご友人の中に入れて頂き、申し訳ありません」
「気にしないで下さい」
イザベラは優しい笑みを返す。良かった。相性は悪くなさそうだ。
私とイザベラは、間にマルグリータを挟んで歩き出した。校舎の廊下は昨日と変わらず華やかに装飾されているが、窓から差し込む光が曇り空のせいで柔らかく、落ち着いた雰囲気だ。それでも、生徒たちの期待に満ちた賑やかな話し声は、変わらずあちこちから聞こえてくる。
「レオナルドとは、どこを回ったの?」
「昨日は皆さんのクラスと、他の一学年のクラスを一通り。先程は三学年の舞台を見てきました」
そうなると、まだ行っていないのは中央広場の商店と、二学年と、選択クラスか。二学年と選択クラスは、私はまだ行っていない。
「イザベラは?」
「中央広場以外は一通り。並んでいる所とか、時間がかかりそうな舞台まではまだ見れていないけれど」
そうなると、二人が行っていないのは中央広場か。私は昨日行ったので、先導して案内することにしよう。
「それなら、中央広場に行きましょう! 私は昨日見てきたから、案内できるわ」
私の言葉に、二人は笑顔で頷いた。
中央広場の商店は今日も活気に満ちていた。客が変わったからか、私が変わったからか。昨日とはまた少し違う雰囲気のように思えた。テントの位置は変わらないものの、商品を入れ替えた店が多く、東洋風の絹織物や、魔法の炎で加工されたガラス工芸品など、一昨日には見かけなかった品々が並べられている。朝の澄んだ空気のおかげか、立ち上るスパイスや香料の匂いが昨日よりも鮮やかに感じられた。
「まずは何か食べる? それとも、ショッピング?」
「まだお昼には早いですし、ショッピングはいかが? 私も商品については案内できてよ」
イザベラの言葉で、まずは店を見て回ることになった。食べる方に忙しくて、なんだかんだ昨日はゆっくり見られなかったのでありがたい。しかも、どうやら彼女はマルグリータを先輩として先導してくれるつもりのようだ。なんとも頼もしいし、私の友人を大事にしてくれているのが嬉しくなった。
「マルグリータ嬢は、何がお好き?」
「そうですね。最近は香水が気に入っています。それと……アップルグリーンのものは一通り」
頬を染めながら呟くマルグリータは可愛らしい。色々と察したのか、イザベラも顔がにやけそうになっているのを必死に隠しているのが分かった。本当に、あの二人は相思相愛なんだから。羨ましい限りだ。
「それでは、香水のお店を探しましょう。アップルグリーンに近い色味の染め物が、ライハラにあったはずだからそれもいいですわ」
さっそくイザベラが先導してくれる。昨日の記憶を頼りに、私は香水のお店とライハラの商品っぽいお店へ二人を案内した。ライハラは現代で言う所のインドのような雰囲気に似ている。柄の多い布や敷物、金の装飾が特徴的だ。
案内したライハラの布を扱ったお店は、様々な小物も取り揃えていた。イザベラが言っていたアップルグリーンに似た鮮やかな色の布も置いてある。その布が気に入ったのか、マルグリータは何種類かの模様を見て吟味した後、購入した。後ろに控えていた彼女の侍女がお金を支払い、布を抱えてくれる。
香水の店には、色とりどりのガラス瓶が並べられ、店内には草花や甘い果実を思わせる複雑な香りが満ちていた。マルグリータは真剣な表情でいくつかの瓶を手に取り、繊細な金の細工が施された瓶を光にかざして楽しそうに眺めていた。イザベラは香りの原料や産地について、時折解説を加えていた。
その後はイザベラの好きな宝飾品を見て回る。小さなテントの中には、磨き上げられた宝石や、魔力を帯びた金属でできた繊細なブローチなどが並んでいた。イザベラは熱心に細工の構造や石のカットについて解説し、マルグリータは珍しいルビーの髪飾りを見て目を輝かせていた。
時間はあっという間に過ぎ、気付けば集合時間まで後少しとなっていた。また会議室に戻って、レオナルドとマルグリータを合流させる予定なのだ。それに、レオナルドとイザベラが担当を交代しなくてはならない。
「もうお昼の時間ですし、最後にレオ様に何か買って行ってあげてもいいですか? 軽く食べられそうなものを」
そう言われ、私達は会議室に行く前に食べ物が多く立ち並ぶ商店へ向かった。焼きたてのハーブパンや、ドライフルーツが詰まったパイ、塩漬け肉を挟んだサンドイッチなど、持ち運びしやすい軽食の屋台が軒を連ねていた。
「あれがいいです!」
彼女が指さしたのは、よりによって昨日私とシヴァが購入した串焼きだった。案の定、串焼きを受け取ったマルグリータは手をべとべとにして慌てている。侍女が買った物を一度シヴァに預けると、慌ててハンカチを取り出し彼女の手を拭いてあげた。
そんな光景を見ながらも、なんだかいたたまれなくなり顔を逸らしたくなる。昨日のことを思い出すと恥ずかしくてたまらない。ちらりとシヴァを見ると、彼も同じだったようで受け取った荷物を抱えながら顔を明後日の方向に向けていた。
「……何をしていますの?」
イザベラが不思議そうに私達を見てくるが、今は何も返事ができなかった。
馬車に戻ると手早くシヴァから魔法を解除され、彼は着替えがあるので馬車に残して私だけ先に会議室まで走る。お行儀が悪いがしょうがない。人目に付くところまで来たら、早歩きに変えよう。本当はもっとゆっくりしたかったが、こればかりはしょうがない。三日目のデートの時を楽しみにするとしよう。
会議室へと向かう校舎の廊下は、学園祭の一日目を終え、客の熱狂は消え去っていた。廊下の装飾はそのままに、残っているのは明日への準備や片付けをする生徒たちだけだ。彼らは疲労の色を浮かべながらも、どこかやり切ったような安堵の表情を見せていた。ざわめきではなく、道具を片付ける微かな音と、生徒たちの小さな話し声が響いていた。
「遅いな」
「え⁉」
早歩きに切り替えて移動していると、いつの間にか、もうシヴァが私に追いついていた。後ろを向けば、きちんとしたメイド姿の彼がぴったり同じスピードでついて来ている。
「お嬢様、失礼します」
驚きつつ早歩きで進む私よりも、やはりシヴァの方が早い。私が反応するより先に、彼はさっと私の体を抱きかかえた。いつか一度だけしてもらったことがある、お姫様抱っこというやつだ。突然メイドが私を抱っこしたことで、周囲の生徒や残った客たちが驚いた顔をしている。 そんな周囲の様子も気にせず、シヴァは凄い勢いで走り始めた。曲がり角で人にぶつかりそうになるのも優雅にターンして避け、彼の勢いに転びそうになった人物を魔法で助ける余裕すらある。
凄い。本当にすごい。彼に抱かれている時の感覚は、宙に浮いた時の感覚によく似ていた。
「シヴァ、すごいわ!」
「間に合わせますよ。お嬢様を、遅刻させるわけにはいきませんので」
シヴァは廊下の床を蹴るたびに、まるで重力が存在しないかのように軽やかに宙を舞い、柱や壁を避けるたびにその黒いスカートの裾が優雅に翻った。数歩で長い廊下を駆け抜け、階段を三段飛ばしくらいで駆け上がり、会議室の重厚なオーク材の扉の前でピタリと止まると、音もなく私を地面に下ろした。
「……あ、ありがとう」
まだ心臓がドキドキしている。胸の鼓動を押さえて、一呼吸置くと私はドアを開けた。
「申し訳ありません。遅れました」
「姉上! 時間ギリギリですよ。どうしたんですか?」
「まあまあ、間に合ったから良しとしよう。もう放送入るよ」
真っ先に声を掛けてきたのはレオナルドだった。そんな彼をアレクサンドが抑えてくれる。マイクを持っており、本当にもう放送を始める直前だった。
「本当にごめんなさい」
みんなの所へ駆け寄ると、イザベラが私の顔にかかった髪を一房除けてくれた。
「何事も無くて良かったわ。心配していたの」
「どこまで行ってたんですカ?」
「正門近くのブラスバンドの所よ。帰りのお客さんの波にのまれてしまって」
苦笑いをしながら、咄嗟に考えた言い訳をする。少し罪悪感があるが、私の言い訳に納得したのか皆それ以上は何も言わなかった。
音楽が流れ、アレクサンドが終わりの挨拶と明日の予定について話をする。放送を終えると、どっと力が抜けてしまった。みんなも同様で、少し疲れた顔をしている。それでも楽しかったのか、表情は明るかった。
「みんな、今日はありがとう。また明日の朝、ここで集合だ」
アレクサンドの言葉に、みんなは席を立つ。体には心地よい疲労感が残っていた。今日はよく眠れそうだ。一足遅く部屋を出ると、出てすぐの廊下に待機していたシヴァと合流した。
「お疲れ様でした、お嬢様」
「お陰様でギリギリ間に合ったわ。ありがとう、シヴァ」
廊下の夕暮れの色が、シヴァの横顔を淡く照らしていた。彼は疲れた様子も見せず、いつものクールなメイドに戻っていた。先程まであんな激しい動きをしていたとは思えない。
「帰りも馬車まで抱いて行ってくれない?」
「ご冗談を」
冗談めかして言う私に、シヴァは冷静に返事をした。
***
二日目は若干曇ってはいるが、雨は降りそうにない天気だった。開会の挨拶を終えると、みんなは会議室を出る。今日の午前中の担当は、ロミーナとステファンの二人だ。残された二人は席に座ってはいるが、婚約者なのにその席が離れているのが印象的だった。ロミーナは俯いており、特に何も話していない。
「後はお願いします」
最後に部屋を出る私が声を掛けると、顔を上げたロミーナが笑顔で手を振っていた。どことなく覇気がないような気もするが、気にせず私は自分のクラスへ向かった。
この後、自分のクラスを担当すればマルグリータとイザベラの三人で遊ぶ時間が待っている。今日の一番の楽しみはそれだ。
「お姉様!」
イザベラとクラス担当の仕事を終え、一緒に会議室前で待機しているとレオナルドとマルグリータが現れた。
今日の彼女は落ち着いたココア色のチェックを基調とした、白と深緑色のアクセントが加えられたワンピースを着ていた。クリーム色の髪は二つに分けられ、ゆったりとした三つ編みにされてアップルグリーンのリボンで留めている。同じくココア色のショートブーツがよく似合っていた。小走りで駆け寄ってくる姿が小動物みたいで可愛らしい。
「リタのこと、担当が終わるまでお願いします」
「任せて」
「イザベラ嬢も、よろしくお願いします」
「ええ」
私達にきちんと礼をして、レオナルドは去っていく。王族に頭を下げられるのが、どうもまだ戸惑ってしまうらしい。イザベラは呆然とドアを見つめていたが、気を取り直してマルグリータの方を向いた。
「イザベラ。こちらがマルグリータ・ヴァイゲル。ヴァイゲル公爵令嬢で、レオナルドの婚約者よ」
マルグリータは少し緊張しつつも、私達を見上げていた。それでも笑顔を絶やさないのはさすがと言える。
「マルグリータ。こちらが何度か話した、イザベラ・ナンニー二。ナンニー二侯爵令嬢で、宝飾品や商売に詳しいの」
「イザベラ嬢、今日はよろしくお願いします。ご友人の中に入れて頂き、申し訳ありません」
「気にしないで下さい」
イザベラは優しい笑みを返す。良かった。相性は悪くなさそうだ。
私とイザベラは、間にマルグリータを挟んで歩き出した。校舎の廊下は昨日と変わらず華やかに装飾されているが、窓から差し込む光が曇り空のせいで柔らかく、落ち着いた雰囲気だ。それでも、生徒たちの期待に満ちた賑やかな話し声は、変わらずあちこちから聞こえてくる。
「レオナルドとは、どこを回ったの?」
「昨日は皆さんのクラスと、他の一学年のクラスを一通り。先程は三学年の舞台を見てきました」
そうなると、まだ行っていないのは中央広場の商店と、二学年と、選択クラスか。二学年と選択クラスは、私はまだ行っていない。
「イザベラは?」
「中央広場以外は一通り。並んでいる所とか、時間がかかりそうな舞台まではまだ見れていないけれど」
そうなると、二人が行っていないのは中央広場か。私は昨日行ったので、先導して案内することにしよう。
「それなら、中央広場に行きましょう! 私は昨日見てきたから、案内できるわ」
私の言葉に、二人は笑顔で頷いた。
中央広場の商店は今日も活気に満ちていた。客が変わったからか、私が変わったからか。昨日とはまた少し違う雰囲気のように思えた。テントの位置は変わらないものの、商品を入れ替えた店が多く、東洋風の絹織物や、魔法の炎で加工されたガラス工芸品など、一昨日には見かけなかった品々が並べられている。朝の澄んだ空気のおかげか、立ち上るスパイスや香料の匂いが昨日よりも鮮やかに感じられた。
「まずは何か食べる? それとも、ショッピング?」
「まだお昼には早いですし、ショッピングはいかが? 私も商品については案内できてよ」
イザベラの言葉で、まずは店を見て回ることになった。食べる方に忙しくて、なんだかんだ昨日はゆっくり見られなかったのでありがたい。しかも、どうやら彼女はマルグリータを先輩として先導してくれるつもりのようだ。なんとも頼もしいし、私の友人を大事にしてくれているのが嬉しくなった。
「マルグリータ嬢は、何がお好き?」
「そうですね。最近は香水が気に入っています。それと……アップルグリーンのものは一通り」
頬を染めながら呟くマルグリータは可愛らしい。色々と察したのか、イザベラも顔がにやけそうになっているのを必死に隠しているのが分かった。本当に、あの二人は相思相愛なんだから。羨ましい限りだ。
「それでは、香水のお店を探しましょう。アップルグリーンに近い色味の染め物が、ライハラにあったはずだからそれもいいですわ」
さっそくイザベラが先導してくれる。昨日の記憶を頼りに、私は香水のお店とライハラの商品っぽいお店へ二人を案内した。ライハラは現代で言う所のインドのような雰囲気に似ている。柄の多い布や敷物、金の装飾が特徴的だ。
案内したライハラの布を扱ったお店は、様々な小物も取り揃えていた。イザベラが言っていたアップルグリーンに似た鮮やかな色の布も置いてある。その布が気に入ったのか、マルグリータは何種類かの模様を見て吟味した後、購入した。後ろに控えていた彼女の侍女がお金を支払い、布を抱えてくれる。
香水の店には、色とりどりのガラス瓶が並べられ、店内には草花や甘い果実を思わせる複雑な香りが満ちていた。マルグリータは真剣な表情でいくつかの瓶を手に取り、繊細な金の細工が施された瓶を光にかざして楽しそうに眺めていた。イザベラは香りの原料や産地について、時折解説を加えていた。
その後はイザベラの好きな宝飾品を見て回る。小さなテントの中には、磨き上げられた宝石や、魔力を帯びた金属でできた繊細なブローチなどが並んでいた。イザベラは熱心に細工の構造や石のカットについて解説し、マルグリータは珍しいルビーの髪飾りを見て目を輝かせていた。
時間はあっという間に過ぎ、気付けば集合時間まで後少しとなっていた。また会議室に戻って、レオナルドとマルグリータを合流させる予定なのだ。それに、レオナルドとイザベラが担当を交代しなくてはならない。
「もうお昼の時間ですし、最後にレオ様に何か買って行ってあげてもいいですか? 軽く食べられそうなものを」
そう言われ、私達は会議室に行く前に食べ物が多く立ち並ぶ商店へ向かった。焼きたてのハーブパンや、ドライフルーツが詰まったパイ、塩漬け肉を挟んだサンドイッチなど、持ち運びしやすい軽食の屋台が軒を連ねていた。
「あれがいいです!」
彼女が指さしたのは、よりによって昨日私とシヴァが購入した串焼きだった。案の定、串焼きを受け取ったマルグリータは手をべとべとにして慌てている。侍女が買った物を一度シヴァに預けると、慌ててハンカチを取り出し彼女の手を拭いてあげた。
そんな光景を見ながらも、なんだかいたたまれなくなり顔を逸らしたくなる。昨日のことを思い出すと恥ずかしくてたまらない。ちらりとシヴァを見ると、彼も同じだったようで受け取った荷物を抱えながら顔を明後日の方向に向けていた。
「……何をしていますの?」
イザベラが不思議そうに私達を見てくるが、今は何も返事ができなかった。

