12時になり、担当の時間が終わった。アレクサンドは連続になるためこのまま待機。ステファンが部屋に来たのを確認すると、私はうんと伸びをして部屋を出た。その後をシヴァが続く。
「この後はクラス担当ですね」
「うん……アレクサンド様とは、地味に緊張したわ」
会議室を出ると、学園全体がまるで一つの巨大な劇場のように活気に満ちていた。外の廊下は、色とりどりの制服を着た生徒や、華やかな衣装に身を包んだ来場客で溢れかえっている。焼き菓子の甘い香りが風に乗って運ばれ、遠くからはブラスバンドの陽気な演奏が聞こえてきた。窓の外の陽光は明るく、絨毯の上を歩くたびに、ざわめきと熱気が肌に感じられた。
クラスの扉を開けると、目の前にはテーブルと椅子が浮いてそこで食事をするという光景が広がっていた。
鮮やかな青い布で覆われた四角いテーブルと椅子。そこに座る人々が、床からおよそ2メートルの高さで静かに宙に浮かんでいる。教室の天井は高いので、頭をぶつけることもない。客たちは最初こそ驚いた表情を見せていたが、すぐに慣れていく。宙に浮いたまま銀のフォークでタルトを切り分け、足をバタつかせながら楽しそうに談笑していた。彼らの笑い声が教室中に響いている。
一種のアトラクションのようで、そんな光景を眺めながら他の客が待機し列をなしている。せっかく企画したのだし、私も一度参加してみたい。目を輝かせていると、静かにシヴァは部屋の隅へ移動した。そこには何人かの従者が控えている。それを確認して、私はクラスのメンバーが集まっている場所へ向かった。
「モンリーズ嬢」
テーブルを浮かせる魔法を担当していた男子生徒は、交代が来てほっとしているのがありありと顔に出ていた。客が席を立つタイミングに合わせて、そっと交代をする。
物を浮かせる魔法は基本的ではあるが、地味に魔力消費が大きい。私は魔力量が多いので、そこを心配はしていない。 新しい客が席に着き、紅茶やお菓子が用意されたのを確認して、担当になった人達と一緒に魔法をかける。テーブルを少し早めに浮かせるのがコツだ。宙に浮く感覚が面白いのだろう。客は楽しそうに笑っている。その様子を見て、クラスの出し物が上手くいっていることが分かり私は安心した。
交代の担当が来たため、私はメンバーから離れた。魔力消費はそこまでではないが、集中力がいるため地味に疲れる。控えていた女子生徒が渡してくれた紅茶を一気飲みすると、二時間も部屋の隅で待機していたシヴァの下へ駆け寄った。この後は、待ちに待ったシヴァとのデートだ。
「お嬢様、お疲れ様でした」
「ありがとう。それじゃ、行こっか」
私達はまず、馬車へと向かった。学園の敷地外にある裏門近くの馬車置き場は、石造りの壁に囲まれ、人の気配がほとんどない。石畳の地面には陽炎が揺らめき、静寂だけが広がっていた。
シヴァの先導でモンリーズ公爵家の紋章の馬車へ到着した。ここまでは特に誰かに見つかってはいないようだ。シヴァが先に中に入り、手早く着替えを済ませる。
ドアを開けると、普段とは違う姿の彼がそこにいた。 メイドの時のウィッグを活用しているのだろう。いつものシルバーグレイの髪ではなく、黒い髪を深緑色の髪紐で一つにくくっている。顔を隠すような長めの前髪から、空色の瞳が覗いており私を真っすぐに見つめていた。銀色の縁の伊達メガネがよく似合っている。服装は、落ち着いた深緑色のベストの上に、上質な麻でできた生成り色のシャツを合わせ、足元は使い込まれた茶色の革のブーツを履いていた。動きやすさと控えめな品の良さを兼ね備えた、旅慣れた行商人といった趣だ。上質な黒手袋だけが少し異質だが、これくらいなら気にならない。まあ、こんなに綺麗な旅商人を見たら誰でも気にならなくなる。
「リリー?」
つい見とれてしまった。シヴァの声にはっとする。差し伸べられた手を掴み、一緒に馬車の中へ入った。カーテンを閉め、外からは見えないようにする。
「じゃ、いくぞ」
シヴァの手がそっと額に触れる。まばゆい光と共に、魔力が全身に広がるのを感じた。彼の魔力は温かくて心地良い。
光が消えてから、私は手を確認した。肌の色が少し日焼けしている。窓ガラスに映る姿を確認すると、黒髪をアップに纏めたピンク色の目の女の子が映っていた。服装はシンプルな朱色のワンピースに、生成りのブラウスというシンプルなものだ。足元の靴も飾り気のないもので、商人の娘のように見えるだろうか。一通り全身を確認すると、満足そうにしているシヴァへ振り向く。
「ありがとう、シヴァ!」
お礼を言って、私は彼に抱き着いた。ぎゅっと彼を抱きしめると、温かい体温が全身を包み込む。
ずっと、ずっと我慢していたのだ。本当は、もっと手だって繋ぎたいし、こうして大好きな彼を抱きしめたかった。それでも、私はアレクサンドの婚約者で、見つかれば私もシヴァもただでは済まない。お父様たちも否定はしないでいてくれるが、周囲から見とがめられるようなことはするなと、密かに見張られていたのは分かっていた。
きっと今の姿だったら、誰が見たって私とシヴァだと分からない。こうして抱き着いても、手を繋いでも、誰にも怒られることもないし、心配することは無いのだ。 安心したら、涙が零れてきた。そんな私の様子に、シヴァは明らかに狼狽する。
「え? リリー?」
「ううん。大丈夫。……なんか、ほっとしてね」
差し出されたハンカチで涙を拭い、明るく微笑んで見せる。少し頬を赤らめたシヴァは私をぎゅっと抱きしめ返した。手を繋ぐことはあっても、こんな風に抱きしめられたことは無い。一気に顔が赤くなり、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。その鼓動が、私だけのものではないと気付き、そっと彼の顔を見た。
今までにないほど、すぐ近くに美しい彼の顔がある。空色の瞳が私を射抜いた。シルバーグレイのままの長いまつ毛が目の前で瞬く。
「シヴァ、大好き」
そう言ったのは、久しぶりな気がする。なんだかんだ、学園に入学してから忙しかったから。その言葉を呟いても、いつもは返事なんてない。
「……俺も好きだよ」
返事なんて、期待してなかったのに。囁くような小さな声が聞こえた。彼がその言葉を口にするのは始めてだった。それだけで、歓喜に体が震えてしまう。思わず彼の頬にそっとキスをすると、私はぎゅっと彼を抱きしめた。
***
お互いに気恥ずかしくなりながらも、気を取り直して馬車を出る。 念のため、私は用意していた帽子を被った。シヴァと手を繋ぎ学園祭へと戻る。
先ほどの静寂が嘘のように、別世界のような喧騒に包まれた。上空には、煌めく魔力の光でできた旗や紋章がフワフワと浮かび、色鮮やかな光の粒子を振りまいている。各教室の廊下にまで、中のにぎやかな様子が伝わってくる。
幸い、誰も私がリリアンナ・モンリーズだとは気づいていないらしい。 誰に見とがめられることなく私達は足を進める。最初は緊張していたが、バレないとなると徐々に緊張がほどけてくる。
「まずはどこに行きたい?」
「中央広場! 商店が開かれているらしいの」
私の様子に、シヴァも安心したのか表情が柔らかくなる。はぐれないようにぎゅっと強く手を握り直し、私達は広場へ向かった。
中央広場は、色とりどりの幌を張ったテントがひしめき合い、熱気で溢れていた。木製の台の上には、異国の香辛料や、虹色に光る魔導具、刺繍の美しい布地などが所狭しと並べられている。商人の威勢のいい声や、客の賑やかな値切りの声が入り交じり、活気のある市場の匂いが漂っていた。
「シヴァは何が欲しい?」
色々な物を見て回りながら、私はシヴァに声を掛けた。すぐ隣にいたシヴァは、急に振り向いた私に少し驚きながら周囲を見渡した。
「……何か食べたい」
そういえば、結局朝から何も食べてない。思い出すと私も急にお腹が空いてくる。
「……そうだね。何か食べよっか」
さっそく私達は食べ物をメインで売っている場所へと足を進めた。そこには、大きな木製の大鍋から湯気が立ち上るシチューの店や、鉄板で香ばしく肉を焼くケバブ風の屋台が並んでいた。蜂蜜の濃厚な匂いと、ハーブを効かせた肉の焼ける匂いが混ざり合い、食欲をそそる。店頭には、大きく焼かれた平たいパンや、串に刺した果実の飴細工などが陳列されていた。
やっぱり定番はお肉だろうか。特に人気があるのか、客が何人か並んでいる串焼きの店がある。
「まずはお肉で良い?」
「ああ」
シヴァの返事を受けて、さっそく列に並んだ。一度手を離すと、懐から財布を取り出す。昔はシヴァに出してもらっていたが、今は私だって多少のお金は持っているのだ。普段はシヴァが私のお小遣いを持ち歩いているが、バルバラが持っていた分をもらっておいて良かった。
「ここは私が出すわね」
「それは?」
「バルバラからよ。学園祭で一人で買い物するかもって言ったらくれたの」
準備はばっちりだった。自信満々にドヤ顔してみせると、シヴァは噴き出して笑う。こんな明るい表情は始めてかもしれない。何も気にせず、縛られずにいると彼はこんな表情をするのか。
注文したのは一本だけだ。他にも色々食べ歩きしたい。お金を渡し、店主から差し出された串を手に持つ。焼きたての肉からはスパイスと肉の香りが強く立ち上っていた。
肉汁が滴り、手が汚れそうになり慌ててしまう。すると、シヴァの赤い舌が肉汁を舐め取っていった。
「……⁉」
舌が私の指先に当たり、ぞくりと背筋が泡立つ。黒髪のイケメンが物を舐める姿なんて、目にも心臓にも悪い。それを思ったのは私だけではないのだろう。ちらちらと彼を見ていた周囲の人々が一斉に動きを止めたのが分かった。
「……うん、美味い」
それはまさか私の指のことじゃないでしょうね?
「食べないのか? 先に一番上、もらうぞ」
「……どうぞ」
何にも気兼ねしない、素のままのシヴァの存在はあまりにもなんか凄い。語彙力が足りない自分が恨めしくなった。
「この後はクラス担当ですね」
「うん……アレクサンド様とは、地味に緊張したわ」
会議室を出ると、学園全体がまるで一つの巨大な劇場のように活気に満ちていた。外の廊下は、色とりどりの制服を着た生徒や、華やかな衣装に身を包んだ来場客で溢れかえっている。焼き菓子の甘い香りが風に乗って運ばれ、遠くからはブラスバンドの陽気な演奏が聞こえてきた。窓の外の陽光は明るく、絨毯の上を歩くたびに、ざわめきと熱気が肌に感じられた。
クラスの扉を開けると、目の前にはテーブルと椅子が浮いてそこで食事をするという光景が広がっていた。
鮮やかな青い布で覆われた四角いテーブルと椅子。そこに座る人々が、床からおよそ2メートルの高さで静かに宙に浮かんでいる。教室の天井は高いので、頭をぶつけることもない。客たちは最初こそ驚いた表情を見せていたが、すぐに慣れていく。宙に浮いたまま銀のフォークでタルトを切り分け、足をバタつかせながら楽しそうに談笑していた。彼らの笑い声が教室中に響いている。
一種のアトラクションのようで、そんな光景を眺めながら他の客が待機し列をなしている。せっかく企画したのだし、私も一度参加してみたい。目を輝かせていると、静かにシヴァは部屋の隅へ移動した。そこには何人かの従者が控えている。それを確認して、私はクラスのメンバーが集まっている場所へ向かった。
「モンリーズ嬢」
テーブルを浮かせる魔法を担当していた男子生徒は、交代が来てほっとしているのがありありと顔に出ていた。客が席を立つタイミングに合わせて、そっと交代をする。
物を浮かせる魔法は基本的ではあるが、地味に魔力消費が大きい。私は魔力量が多いので、そこを心配はしていない。 新しい客が席に着き、紅茶やお菓子が用意されたのを確認して、担当になった人達と一緒に魔法をかける。テーブルを少し早めに浮かせるのがコツだ。宙に浮く感覚が面白いのだろう。客は楽しそうに笑っている。その様子を見て、クラスの出し物が上手くいっていることが分かり私は安心した。
交代の担当が来たため、私はメンバーから離れた。魔力消費はそこまでではないが、集中力がいるため地味に疲れる。控えていた女子生徒が渡してくれた紅茶を一気飲みすると、二時間も部屋の隅で待機していたシヴァの下へ駆け寄った。この後は、待ちに待ったシヴァとのデートだ。
「お嬢様、お疲れ様でした」
「ありがとう。それじゃ、行こっか」
私達はまず、馬車へと向かった。学園の敷地外にある裏門近くの馬車置き場は、石造りの壁に囲まれ、人の気配がほとんどない。石畳の地面には陽炎が揺らめき、静寂だけが広がっていた。
シヴァの先導でモンリーズ公爵家の紋章の馬車へ到着した。ここまでは特に誰かに見つかってはいないようだ。シヴァが先に中に入り、手早く着替えを済ませる。
ドアを開けると、普段とは違う姿の彼がそこにいた。 メイドの時のウィッグを活用しているのだろう。いつものシルバーグレイの髪ではなく、黒い髪を深緑色の髪紐で一つにくくっている。顔を隠すような長めの前髪から、空色の瞳が覗いており私を真っすぐに見つめていた。銀色の縁の伊達メガネがよく似合っている。服装は、落ち着いた深緑色のベストの上に、上質な麻でできた生成り色のシャツを合わせ、足元は使い込まれた茶色の革のブーツを履いていた。動きやすさと控えめな品の良さを兼ね備えた、旅慣れた行商人といった趣だ。上質な黒手袋だけが少し異質だが、これくらいなら気にならない。まあ、こんなに綺麗な旅商人を見たら誰でも気にならなくなる。
「リリー?」
つい見とれてしまった。シヴァの声にはっとする。差し伸べられた手を掴み、一緒に馬車の中へ入った。カーテンを閉め、外からは見えないようにする。
「じゃ、いくぞ」
シヴァの手がそっと額に触れる。まばゆい光と共に、魔力が全身に広がるのを感じた。彼の魔力は温かくて心地良い。
光が消えてから、私は手を確認した。肌の色が少し日焼けしている。窓ガラスに映る姿を確認すると、黒髪をアップに纏めたピンク色の目の女の子が映っていた。服装はシンプルな朱色のワンピースに、生成りのブラウスというシンプルなものだ。足元の靴も飾り気のないもので、商人の娘のように見えるだろうか。一通り全身を確認すると、満足そうにしているシヴァへ振り向く。
「ありがとう、シヴァ!」
お礼を言って、私は彼に抱き着いた。ぎゅっと彼を抱きしめると、温かい体温が全身を包み込む。
ずっと、ずっと我慢していたのだ。本当は、もっと手だって繋ぎたいし、こうして大好きな彼を抱きしめたかった。それでも、私はアレクサンドの婚約者で、見つかれば私もシヴァもただでは済まない。お父様たちも否定はしないでいてくれるが、周囲から見とがめられるようなことはするなと、密かに見張られていたのは分かっていた。
きっと今の姿だったら、誰が見たって私とシヴァだと分からない。こうして抱き着いても、手を繋いでも、誰にも怒られることもないし、心配することは無いのだ。 安心したら、涙が零れてきた。そんな私の様子に、シヴァは明らかに狼狽する。
「え? リリー?」
「ううん。大丈夫。……なんか、ほっとしてね」
差し出されたハンカチで涙を拭い、明るく微笑んで見せる。少し頬を赤らめたシヴァは私をぎゅっと抱きしめ返した。手を繋ぐことはあっても、こんな風に抱きしめられたことは無い。一気に顔が赤くなり、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。その鼓動が、私だけのものではないと気付き、そっと彼の顔を見た。
今までにないほど、すぐ近くに美しい彼の顔がある。空色の瞳が私を射抜いた。シルバーグレイのままの長いまつ毛が目の前で瞬く。
「シヴァ、大好き」
そう言ったのは、久しぶりな気がする。なんだかんだ、学園に入学してから忙しかったから。その言葉を呟いても、いつもは返事なんてない。
「……俺も好きだよ」
返事なんて、期待してなかったのに。囁くような小さな声が聞こえた。彼がその言葉を口にするのは始めてだった。それだけで、歓喜に体が震えてしまう。思わず彼の頬にそっとキスをすると、私はぎゅっと彼を抱きしめた。
***
お互いに気恥ずかしくなりながらも、気を取り直して馬車を出る。 念のため、私は用意していた帽子を被った。シヴァと手を繋ぎ学園祭へと戻る。
先ほどの静寂が嘘のように、別世界のような喧騒に包まれた。上空には、煌めく魔力の光でできた旗や紋章がフワフワと浮かび、色鮮やかな光の粒子を振りまいている。各教室の廊下にまで、中のにぎやかな様子が伝わってくる。
幸い、誰も私がリリアンナ・モンリーズだとは気づいていないらしい。 誰に見とがめられることなく私達は足を進める。最初は緊張していたが、バレないとなると徐々に緊張がほどけてくる。
「まずはどこに行きたい?」
「中央広場! 商店が開かれているらしいの」
私の様子に、シヴァも安心したのか表情が柔らかくなる。はぐれないようにぎゅっと強く手を握り直し、私達は広場へ向かった。
中央広場は、色とりどりの幌を張ったテントがひしめき合い、熱気で溢れていた。木製の台の上には、異国の香辛料や、虹色に光る魔導具、刺繍の美しい布地などが所狭しと並べられている。商人の威勢のいい声や、客の賑やかな値切りの声が入り交じり、活気のある市場の匂いが漂っていた。
「シヴァは何が欲しい?」
色々な物を見て回りながら、私はシヴァに声を掛けた。すぐ隣にいたシヴァは、急に振り向いた私に少し驚きながら周囲を見渡した。
「……何か食べたい」
そういえば、結局朝から何も食べてない。思い出すと私も急にお腹が空いてくる。
「……そうだね。何か食べよっか」
さっそく私達は食べ物をメインで売っている場所へと足を進めた。そこには、大きな木製の大鍋から湯気が立ち上るシチューの店や、鉄板で香ばしく肉を焼くケバブ風の屋台が並んでいた。蜂蜜の濃厚な匂いと、ハーブを効かせた肉の焼ける匂いが混ざり合い、食欲をそそる。店頭には、大きく焼かれた平たいパンや、串に刺した果実の飴細工などが陳列されていた。
やっぱり定番はお肉だろうか。特に人気があるのか、客が何人か並んでいる串焼きの店がある。
「まずはお肉で良い?」
「ああ」
シヴァの返事を受けて、さっそく列に並んだ。一度手を離すと、懐から財布を取り出す。昔はシヴァに出してもらっていたが、今は私だって多少のお金は持っているのだ。普段はシヴァが私のお小遣いを持ち歩いているが、バルバラが持っていた分をもらっておいて良かった。
「ここは私が出すわね」
「それは?」
「バルバラからよ。学園祭で一人で買い物するかもって言ったらくれたの」
準備はばっちりだった。自信満々にドヤ顔してみせると、シヴァは噴き出して笑う。こんな明るい表情は始めてかもしれない。何も気にせず、縛られずにいると彼はこんな表情をするのか。
注文したのは一本だけだ。他にも色々食べ歩きしたい。お金を渡し、店主から差し出された串を手に持つ。焼きたての肉からはスパイスと肉の香りが強く立ち上っていた。
肉汁が滴り、手が汚れそうになり慌ててしまう。すると、シヴァの赤い舌が肉汁を舐め取っていった。
「……⁉」
舌が私の指先に当たり、ぞくりと背筋が泡立つ。黒髪のイケメンが物を舐める姿なんて、目にも心臓にも悪い。それを思ったのは私だけではないのだろう。ちらちらと彼を見ていた周囲の人々が一斉に動きを止めたのが分かった。
「……うん、美味い」
それはまさか私の指のことじゃないでしょうね?
「食べないのか? 先に一番上、もらうぞ」
「……どうぞ」
何にも気兼ねしない、素のままのシヴァの存在はあまりにもなんか凄い。語彙力が足りない自分が恨めしくなった。

