女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

 何だかんだ忙しく立ち回り、とうとう学園祭前日となった。私達は二人一組で各クラスの準備状況と当日のリハーサルを見て回ることになった。メンバーは七人なので、一人は何か連絡があった時のために会議室で留守番だ。

「じゃ、一学年目は私とレオナルドで行きますね」

 私がそう言うと、皆が不思議そうな目で見てきた。まあ、確かに婚約者であるアレクサンドがいながら、他の人と一緒とかは不自然だよね。でも、ちゃんと言い訳は考えてあるのだ。

「私のクラスは、私の意見が大きく反映されているから、絶対に見に行きたいんです。アレクサンド様は立場的にも三学年を回った方が良いでしょうし、そうなると必然的に別行動になるかと」

 そこまで説明すると、少し納得したかのような雰囲気が流れる。もう一息だ。

「確かに、身分で言うと王族が見回った方が、学園祭がはじめての一学年目は活気づくでしょうね。三学年目はアレクサンド殿下で、二学年目はステファン様、ロミーナ様が回るとして……」

 補足を入れてくれたヤコブの視線がイザベラを向く。周囲の面々も視線を寄せこし、イザベラは急なことに驚いていた。

「事務が得意な私は控えていた方が良いでしょうし、イザベラ嬢。三学年の担当、お願いできますか?」

「は、はあ⁉」

 声を掛けられ、驚きながらも彼女は恐る恐る視線をアレクサンドへ向ける。対するアレクサンドはニッコリと微笑んでいた。

「確かに、その割り振りの方が良さそうだね。一緒に回ろうか、イザベラ嬢?」

「は、はい……」

 彼の笑顔を前にして、それ以上言葉が続かないのだろう。顔を手で覆いつつ、イザベラはアレクサンドとペアで回ることに快諾した。

「文官クラスは私とイザベラ嬢、騎士クラスはステファン達、淑女クラスはレオナルド達にお願いしようか。二時間ほどで見て回って、ここに集合で」

 アレクサンドの指示で、皆が一斉に動き出す。準備をしながら、私の気持ちは作戦が上手くいった喜びでいっぱいだった。実はヤコブに頼んで、アレクサンドとイザベラをペアにする作戦を練っていたのだ。結果は大成功。後でお礼をしなければ。そう思いながら、私は必要な書類を手にレオナルドと一緒に一学年の校舎へ向かった。



 一学年目の校舎は、学園祭前日ということもあり、生徒たちの熱気と活気に満ちていた。廊下には色とりどりの旗やガーランドが飾り付けられ、あちこちから金槌の音や話し声が響いている。私たちは、一番成績が低いクラスの教室へと向かった。比較的低位だったり、選択授業は騎士クラス所属の、いわゆる脳筋なメンツが多いのが特徴だ。

「えっと、ここは模擬戦による賭けを中心としたカフェね」

「騎士クラスが多い奴ららしいな」

「女性も戦うんだって。一般客の乱入も歓迎」

「……それ、面白そうだな」

 私の補足を聞いて、レオナルドは明らかに興味が湧いてきたようで、気になるそぶりを見せる。レオナルドは単純で分かりやすい。確かに、女性まで乱入とは何をするつもりなのだろう。
 教室の扉を開けてみると、机と椅子が取り払われ、壁際に並べられていた。中央には、厚手の布と安全な緩衝材で囲われた、模擬戦のためのフィールドがそれらしく設営されている。

「レオナルド殿下! 見に来て下さったんですね」

「よろしくお願い致します」

 さっそく声を掛けられたレオナルドは、中央へと連れて行かれる。どうやら模擬戦に参加させられるらしい。

「モンリーズ嬢はこちらに」

 私は女生徒に連れられて席へ座った。用意されたメニュー内容は全部で十種類程度しかなく、ここの予算を省いて模擬戦を主力にしているようだ。

「アッサムのストレートと、チョコクッキーを」

「はい」

 注文すると十分程度で用意された。菓子は作り置きのもので、飲み物は紅茶類を三種類ほど。どれも定番で、比較的安価で揃うものだ。
 レオナルドの様子を見てみると、中央で別の男子生徒と組手をしていた。武器は使用せずタイマン勝負らしい。案の定、騎士クラスでも上位の生徒に負けてしまっていた。しかし、握手を交わす様子はなんだか楽しそうだ。

「怪我人の手当は?」

「治癒魔法が得意な者が二人いるので、任せようかと……」

「三日間を二人でというのは負担が大きそうね。誰か雇えそうな余裕はあるかしら?」

 観察しながら、アレクサンド達とも話し合った懸念点を指摘していく。予算の報告書にはまだ余裕がありそうではあるのだが、どうだろうか。

「金額的に、大丈夫でしょうか……?」

「この額なら大丈夫なはずよ。伝手が無ければこちらで紹介するわ」

「依頼しようとしても予算オーバーになりそうだったので、助かります!」

 代表者と話を終える頃には、レオナルドも組手を終えて話終わっていたようだ。慌てて残った紅茶とクッキーを口に押し込み、席を立つ。

「では、このくらいで。明日はよろしくね!」

「はい!」

 生徒達に見送られながら教室を後にする。この調子で後三か所。なかなか時間がかかりそうだ。こんな調子で、アレクサンドとイザベラは上手くやっているのだろうか? ただ淡々と仕事をこなすだけの二人が想像できてしまう。もう少し仲良くなってくれたら、嬉しいんだけどなー。そんなものは独りよがりかもしれないが、どうしてもそう思ってしまった。





***





 三学年目の校舎の廊下は、一学年棟のような騒々しさはないものの、落ち着いた熱気に包まれていた。

「高位クラスから回ろうか。遠回りにはなるけれど、メンツは大事だから」

「はい、殿下」

 イザベラの言葉にすぐに返事を返し、アレクサンドは歩みを進める。彼らはまず、バザーの準備で活気立つ低位クラスの教室の前を通り過ぎた。そこからは商品の仕分けや値札付けの楽しそうな声が微かに漏れていたが、二人は立ち止まらない。その後ろを、イザベラは必死について行く。身長差もあるせいか、歩行スピードが全く違う。
 校舎は広いため少し息切れしてしまうが、前を歩く彼を追うため、イザベラは一生懸命足を動かす。角を曲がろうとしたところで、少しだけアレクサンドが足を止めた。

「?」

 不思議に思いながら追いつくと、アレクサンドはまた歩き始める。今度はイザベラに合わせるように、その歩みは僅かに遅い。

(そういう優しさが、ズルいんですわ……)

 頬の赤みを持っていた書類で隠しながら、イザベラは俯きながら歩く。着いた場所は三学年の成績が一番高いクラスだ。舞台を希望していることもあり、窓ガラスには濃い色の天幕が貼られ、中は見えなくなっていた。

「失礼します。確認に来ました」

 臆することもなく、アレクサンドはドアをノックし中に入る。
 教室の中は華やかな別世界になっていた。前方には金色の縁取りが施されたお手製の舞台が設えられ、中央では数人の役者らしき人物が演技指導を受けている。彼らは地味な衣装で立っていたが、その立ち姿にはプロの貫禄が感じられた。

「ああ、私の愛しき光。どうしてあなたは私の手から遠ざかってしまうのですか?」

「それは運命だ。私たちは交わってはならない、二つの星……」

 恋愛劇らしい切ない台詞が響く中、生徒達はその指導や確認を行っていた。その中でも中心にいた一人の人物が、こちらに気付き近寄ってくる。

「アレクサンド様、ありがとうございます。よろしければ中央にお越し下さい」

 代表者なのであろう男子学生が綺麗な礼をした。促されてアレクサンドは中央の席に座る。イザベラもその後に続くが、特別誘導などはされない。扱いの差は歴然だった。

「何故、あの子が?」

 そんな小さな呟きが耳に入るが、イザベラは聞こえないふりをした。アレクサンドも何事もなく代表者と話を続けている。

「ここは、役者を雇用して他はなるべく手作りでやっているんだよね」

「はい。舞台のセットや照明は、生徒が魔法にて演出します。台本も女子生徒達が作り、シナリオライターの雇用はありません」

「けっこう人気の役者もいるじゃないか。よく契約できたものだ」

「ありがとうございます。他の講演の合間に少し日数があるので、なんとか契約出来ました」

 アレクサンドに褒められて、代表者は嬉しそうだ。その間、イザベラは特にすることがなく熱心に舞台を見ていた。周囲の手製のセットも確認しながら、部屋の隅々まで見渡している。

「それで、イザベラ嬢の方はどうかな?」

「は、はい」

 イザベラは急に話しかけられてびくりと反応する。しかし、一呼吸おいてすぐにいつもの真面目な顔に戻った。

「舞台の作りはよく出来ていますが。ただ、あそこの下の布。はみ出していますので、修正しないと演技中に踏んでしまう可能性がありますわ」

 イザベラがまっすぐに舞台の端を指さす。舞台の上部から垂らされた豪華な幕の裾が、わずかに床へはみ出している。イザベラの発言に、舞台に関わっていた数名が驚いて立ち止まり、指摘された場所を凝視した。

「照明などの演出を魔法で行うそうですが、それはどこから?」

 イザベラの発言に、代表者は慌てて姿勢を正す。

「あそこの舞台袖です」

「そこでは舞台全体が把握できませんわ。魔法がズレてぶつかる可能性もありますし」

 そこまで説明すると、すぐ後ろを彼女は指さした。舞台中央、一番後ろの座席だ。

「あそこに台を用意して、そこから魔法を放つのがよろしいかと。プロの舞台もそうしていますわ。可能でしたら認識疎外の魔法でも使えば、距離が近くとも観客は気になりません」

「なるほど……」

「それに、この席。常に高さが一定で後ろの観客は見にくいのでは? 何か台を用意して、せめて二、三段ほど高さを付けるのをおススメします。台を買う予算程度なら間に合いますし、もし無くてもその程度無償で借りることもできますでしょう?」

 そこまで一息に言ってのけると、イザベラははっと気づいた。周囲の視線が一斉に自分に注がれている。高学年に対し、低学年のアレクサンドのおまけでしかない自分が、あれこれ注文を付けてしまった。そのことに気付き、よくなかったかと動揺しそうになるのをポーカーフェイスで必死に抑えた。

「素晴らしいよ」

 アレクサンドは静かに手を叩き、周囲の視線を集めた。

「わざわざお願いして流行や舞台に詳しいイザベラ嬢を、連れてきた甲斐があったよ。三学年の舞台によいアドバイスが貰えると思っていたけど、予想以上だね」

 アレクサンドのその発言に、周囲は納得したらしい。生意気な女子生徒から一変、アレクサンドに信頼されて連れてこられた人物であるとイメージが変わったのだ。

(来る時に、アレクサンド殿下から頼まれたりなんてしていませんのに……)

 代表者と話しているアレクサンドから、イザベラは目が離せなくなる。青い髪を照明の光に反射させながら、まっすぐ前を向いて話す彼の顔は端正で美しかった。

(ああ、本当……)

 彼の配慮は、言葉にされない分、心に深く突き刺さる。

(ズルいわ……)

 イザベラは、アレクサンドが自分に向けた信頼と優しさが、胸の奥で熱い塊となって広がるのを感じていた。その感情を悟られぬよう、彼女は手に持った書類を強く握りしめ、静かに俯いた。