女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

「学園祭なんて楽しみですね」

 レオナルドの婚約者、マルグリータとは長期休暇と言うことで久しぶりにゆっくりお話ができた。
 風の動きに合わせて乳白色の長い髪が揺れる。濃い青色の瞳を瞬かせ、天使のように愛らしい微笑みを向けてくる。淡いピンクを中心に、差し色に黄緑色が混ざったドレスは、まるで花の精のようだ。
 ここは彼女の家であるヴァイゲル公爵邸の中庭。手入れの行き届いた円形の芝生を取り囲むように、季節の薔薇が咲き誇っている。日除けの天幕が張られた白大理石のテーブルで、私たちは優雅にお茶を楽しんでいた。明るい日差しと花の香りが、会話を弾ませる。

「もう、準備が忙しくてくたくたよ」

「そこそこ大きなイベントですものね」

 マルグリータは楽しそうにくすくすと笑う。

「私も遊びに行くことは出来ますか?」

「ええ。招待状を送られた貴族や商人は出入り可能なの。もちろん、警備やチェックは厳重だけどね」

 さすが貴族の学園祭だ。準備で何より大変だったのは、警備の方だった。さすがに不審人物を学園内に入れるわけにはいかない。そのための兵の人数や配置、交代の時間。魔法による立ち入り禁止区域への障壁を貼る王宮魔導士の手配と、魔法効果の持続時間の確認。警備1つとっても、やることは多くて大変だ。招待状にも、偽装防止のためになんらかの仕掛けがされているのだとか。
 それらをずっとアレクサンド一人で回し続けるわけにもいかない。休憩時間や、友人と遊ぶ時間も確保するために、私やイザベラ、レオナルド達が交代で見回りやアレクサンドの代わりを務めるためのスケジュール管理も必要だった。

「そういえば、お姉様は昨年は学園祭に行きましたか? アレクサンド殿下の婚約者ということは、お呼ばれしたのでしょう?」

 期待したような目を向けてくるが、私は苦笑いした。残念ながら、昨年のあの時期は旧ソプレス王国関係でルネとシヴァと一緒にアマトリアン辺境伯の所まで出かけていたのだ。あの場所は馬車でも一週間かかるほど遠いため、連絡が来たところで遊びに行くことは間に合わない。

「残念ながら、用事があって泊りがけで出かけていた時期なの。手紙で伝え聞いた程度だから、さっぱり」

「それなら、お姉様も私と一緒で学園祭がはじめてなんですね。なんだか嬉しいです」

 天使! 天使としか言えない! 純粋無垢な笑みが本当に可愛い!

「……ええ、楽しみね」

 マルグリータが眩しすぎて直視できなかった。

「二日目のお昼ごろには、イザベラと回る予定なの。良かったら、マルグリータも一緒に行く? レオナルドと交代だから、一人になってしまうでしょう?」

 こんな天使みたいな子が一人で居たらどうなってしまうのか。想像したくない。過保護になっていたレオナルドの苦労と心配が身に染みる。

「はい! ぜひご一緒させて下さい。ナンニーニ様はお話ではよく聞きますが、お会いするのは始めてになりますね」

「良い子だから、楽しみにしていて。きっと仲良くなれるわ」

「はい!」

「リタ!」

 そうこうしている内に、レオナルドが中庭にやって来る。つい二時間前までは、私と王城で学園祭の話し合いをしておりへとへとの様子だったが、「マルグリータに絶対に会うのだ」と根性で馬車に乗っていたのだ。しかし、応接間で耐えきれず爆睡してしまい、そのまま放置して二人でお茶を楽しんでいたのだ。一人にされて焦ったのか、レオナルドはマルグリータに駆け寄る。

「レオ様」

「ごめん、寝ていて」

「いいえ。レオ様がお疲れの様子だったのは、よく分かっていますから。疲れているのに、私に会いに来て下さったんでしょう?」

 先程まで寝ていたため、レオナルドの焦げ茶色の髪には寝癖がついている。応接間に置いて来てしまったのだろう。上着すら着ていない。メイドが慌てて後ろから櫛と上着を持って走ってきていたが、マルグリータが優しく手櫛で寝癖を直してあげた。

「お疲れ様でした、レオ様」

 楽しそうに微笑まれて、一気にレオナルドの顔が赤くなる。ラブラブな雰囲気を察して、私は彼らから視線を逸らして紅茶に口を付けた。
 この一年で二人の仲はさらに深まり、マルグリータまでレオナルドを愛称で呼ぶような関係になっていた。お熱いようで何よりだ。

 少し時間を空け、二人の間で燃えていた熱が冷めたのを感じてから、私は声を掛ける。

「ねえ、二日目のレオナルドの担当だけれど」

「はい、何かありましたか?」

「イザベラと回る予定なの。マルグリータも一緒に回って良い? 一人だと不安でしょう?」

「そうですね! ありがとうございます、姉上」

 レオナルドは心底ほっとした顔で言った。

「リタ一人だったら、どんな男が寄ってくるか……」

「いくら護衛がいると言っても、ねえ……」

 私も真面目な顔で頷く。

「そんなまさか、幼児ではないのですから」

 困ったように言うマルグリータの様子に、私は噴き出して笑ってしまう。レオナルドもマルグリータも、つられて笑う。本当に気持ちの良い午後のひとときだった。





***





 学園祭の事前準備に関しては一通り終わり、私達は一息ついていた。
 私たちは今、アレクサンドの王城の執務室にいる。磨き上げられた重厚なマホガニーの机や高い天井が王族の権威を感じさせるが、そこに集うのが気心の知れた学友たちであるため、ピリピリとした厳しさはなく、知的な熱気と親近感が漂っていた。窓から差し込む柔らかな午後の光が、壁一面の本棚を静かに照らしている。

「イザベラ、二日目の一緒に回る時間だけど」

「どうかしたの?」

 こくりと首を傾げ、隣に座っていたイザベラが私の方を見る。今日着ているのは白と黒の格子柄をアクセントにした紺色のドレスだ。変わった模様だが、最近他国から来た流行りものの柄らしい。同じく格子柄のカチューシャを付け、髪は下ろしている。

「実は、マルグリータが一人になってしまう時間帯らしいの。一緒に回っても良いかしら?」

 私の提案を聞き、イザベラはすぐに優しい表情を浮かべた。

「もちろん。お一人では心配ですものね」

「よろしくお願いします!」

 対面に座るレオナルドが、まるで臣下のように腰を折る。そんな彼に、驚いたようにイザベラは目を見開いた。王族であるレオナルドが頭を下げている姿など見たことが無いので、驚くのもしょうがない。

「レオナルド、マルグリータを溺愛しているのよ。心配症で……」

「ああ、なるほど……」

 ひそひそと二人で話していると、部屋の主であるアレクサンドが話し始めた。

「そういえば、担当はあれで良かったのかな? 何かあれば、今なら変更可能だけど」

 彼は特に、ロミーナとステファンを見ながら言っている。
 学園祭は朝十時から午後四時まで、三日間連続で行われる。担当は二時間ごとに交代し、基本的にはペアで中心の指導係として残ることになっている。その全日程の担当で、ロミーナとステファンは一度もペアになっていない。それは、私も内心心配していた。
 アレクサンドの懸念を察したように、寡黙なステファンが口を開いた。

「問題ありません。先輩である二学年目は分かれていた方が安心でしょう」

 落ち着いた寡黙な彼も、言うべき時には自分の意見をはっきり言うのだ。そして、案外頑固で意見を曲げることがないというのは、約半年の間で分かってきたことだった。

「ええ、そういうことなのデ、大丈夫でス。一学年目どうしペアの時モ、すぐ駆け付けられるように近くにいますヨ」

 ロミーナも彼の隣で微笑みながら答える。心配ではあるが、他人が婚約関係についてあれこれ口を出すわけにもいかない。本人達が良いと言っているので、それ以上口は挟めなかった。正直、アレクサンドと私だって別に婚約者としてラブラブなわけではない。どちらかと言うと友人のような関係で、恋愛関係の熱など存在しないのだ。どうせなら、この学園祭を期にもう少しイザベラとアレクサンドをお近づきにできないか画策すらしている。

(どうにか、シヴァと回る時間を作れないかな?)

 希望を言えば、どうせならシヴァと回りたい。どうにかならないかと、私は長期休暇に入ってから頭を悩ませていた。学園には女装で来ているシヴァは、男性の姿をすれば問題はない。一番の問題は、私がどう変装するかだ。モンリーズ家の公爵令嬢。第一王子の婚約者が、いつも一緒にいるアレクサンドやレオナルド、ヤコブとは別の男性と二人だけで見て回っていれば不自然だろう。

「そういえば、ちょっと質問なんですが……」

 そう言いながら、私はそっと手を上げて発言した。

「見て回る時に、人に絡まれたりするのが心配で……静かに回りたいんですけど、皆さんは何か変装とかするんですか?」

 そう言われて、皆は不思議そうに私を見ていた。 もう何も思いつかなくて聞いてみたが、失敗だった⁉ と心配になる。

「うーん、警護の兼ね合いもあるし、私はしないかな。専属の警護はいるものの、警備隊や憲兵全員に変装後の姿を覚えてもらうのも難しいからね」

 早速答えてくれたのはアレクサンドだった。確かに、学園祭と言う人混みの中で変装して警護の手間を増やすのも良くないか。

「しつこく絡んでくる人がいれば、迷惑だと言えばいいのよ」

 とは、気が強いイザベラらしい感想。そうもいかないんだよなーと困ってしまう。私が苦笑いしていると、見かねてヤコブが口を開いた。

「えっと、リリアンナ嬢はあまりそういったことが得意ではありませんので。他の貴族もいらっしゃりますし、純粋に楽しめないのが心配なのでは?」

 そうして横から補足を入れてくれる。さすが現代日本人仲間! 人混みやらパーティやらが苦手な気持ちがよく分かっている。

「えっト、そういうことでしたラ」

 そう言ってロミーナも手を上げてくれた。

「魔法はどうですカ? 変装魔法、一学年はまだ習っていませんでしたっケ?」

「変装魔法?」

 そう言われて、私は気付く。ここは魔法もあるファンタジーな世界。変装のための魔法があったって、おかしくないじゃないか!
 いまさらそのことに気付き、一気になんだか悩んでいたのが馬鹿らしくなったのだった。