「あれ? それ、どうしたの?」
あれからシヴァは黒い手袋を付けるようになった。手首を覆うシンプルなデザインだが、その黒は色気があって良く似合っている。
「ああ、落としたり失くしたりしたくなくてな。それに」
手袋越しに、シヴァは左手の小指に口付ける。ちらりとこちらを見て、あの日の夜を思い出させるかのように。
「お前の瞳の色の指輪なんて、周囲に勘付かれるだろ?」
そう言われて私は顔が赤くなるのを感じた。彼の言葉が、秘密の関係を共有しているようで、ひどく甘美に響いた。
そうこうしている内に、中間テストの時期が迫っていた。この学園では年に2回、大がかりな試験が開催されるらしい。その結果によっては、来年のクラスが変更になる人も出てきてしまう。さすがに来年のゲーム本編開始の時に、リリアンナだけ下の成績のクラスになってしまうなんて嫌すぎる。どうせならヒロインの様子とか見てみたい。
後半月ほどで試験開始と言うことで、学園では試験勉強に熱が入っていた。試験内容は各分野の筆記試験と魔法の実技。また、選択で騎士クラスと文官クラス、社交クラスに分けられており、その成績も考慮される。
騎士クラスは、文字通り騎士になるべく身体能力や剣の腕などの実技がメイン。ここにはステファンが所属している。
文官クラスはそれ以外の子息と、今後領地運営などに深く関わる必要がある低位貴族の子女が所属し、法律や経済について深掘りするようになっている。実技試験はなく、文章問題や論文などのレポート提出が主だとか。ここにはヤコブとアレクサンド、レオナルドがいる。しかし、王族はさらに上を学ぶために別のことを学んでいるのだとか。
残る社交クラスは、文字通り社交界に出るための勉強だ。子女のみで構成され、子息がいることは無い。私やイザベラ、ロミーナがここだ。ダンスや外来語での会話などの実技と、現在の社交界での流行についての問題を外来語で答える筆記試験がある。
外来語に関しては選択式なので、私はライ語を学んでいた。王妃教育で周辺国の言語を三か国語は簡単な会話ができるレベルまでマスターはしている。しかし、ライハラ連合国で使用されているその言葉は、ロミーナの母語なのだ。より詳しい先生が身近にいるのならば学ばない手はないと、これを選択していた。
幸いイザベラも同じライ語を選択していたようで、昼食の時間を使って一緒にロミーナに教わった。その代わりにロミーナへはノルディス語の会話に付き合うようになっていた。ロミーナは母語であるライ語では勉強にならないと、わざわざノルディス語にしたようだ。私だったらサボりたくてライ語を選んでしまいそうだが、彼女は真面目だ。
そんな日々の中、魔法の授業が本格化していた。魔法は実技がメインだが、試験に向けて最低限の基礎知識について学び直す必要が出てくる。今日は珍しく、座学での魔法の授業だった。
「皆さん、性質についてはご存じでしょうが、今回はその性質が起こる原因と種類について説明していきます」
ああ、【魅了】のことかと懐かしくなる。もうすっかり【魅了】については克服したので問題はないが、学園での試験でも問われるようだ。
「一般的には体内の魔力が多い者がかかるとされています。体内の魔力が停滞し詰まった部位によって、性質が変わりますね」
復習のために先生は改めて説明してくれる。思えば学園の先生方の授業はなんだか頭に入りやすい。そう思いながら、ふむふむと私は集中する。
「実はこの性質をあえて利用することも可能ですし、後天的に性質が現れてしまうことが病気の一種になっていることもあります」
そこで、先生は黒板に文字を書いていた手を止めた。徐にこちらを振り返る。
「では、実際に体験してみましょうか」
その声と共に、何かが一瞬で変わった気がした。集中力が強制的に先生に向けられた状態とでも言うのだろうか。先生から目が離せず、顔を他に向けることもできない。他の生徒も同じなのか、皆が寸分違わず先生へ顔を向けている。
「これが【注目】です。強制的に他者の意識を自分へ向けます。自分から体内の魔力をコントロールして、性質を意図的に発露させたものですね。実は学園の教師のほとんどが、この【注目】を少しだけかけた状態で授業を行っています。そうすると、生徒が授業に集中しやすいので」
そんなことをしていたのか。改めて言われると、この学園の教師のレベルの高さが分かる。魔力を体内で自在にコントロールできてしまうということなのだから。
「これらの性質を犯罪などに悪用した場合、罰せられるので注意をして下さいね。王宮魔導士クラスになると、強い魔力をどの部位に流したか感知することが可能なそうですので」
さらっと怖いことを言う。でも確かに、【魅了】が悪用されれば国家転覆し放題だ。
私が納得していると、先生はレオナルドの方を向いた。
「例外として、王族には性質が効きません。この耐性により国の破滅を防ぐことが出来ているため、他国の王族もこの耐性を持つことが多いそうです」
教室中の視線が向けられたレオナルドは、少し戸惑っている。
「レオナルド殿下、先程の【注目】分かりましたか?」
「いえ、全然何が起こっているのかよく分かりませんでした。何か魔力の動きが変わったような気はしましたけど」
「ええ、その通りです。他の生徒は【注目】といって、私以外を見聞きできない状態にさせられていました。王族でも、そういうものがあると理解していると、今後事件などに巻き込まれた時に犯人確保のヒントになったりするかもしれませんよ」
そんな話をして、先生は性質の種類などの話に移った。
王族は性質が通用しない。その事実が、私の頭の中で別の疑問へと繋がる。もしかして【魅了】が収まっていない頃、アレクサンドが屋敷に来ていれば普通に対面できたのではないだろうか。
【魅了】は強制的に異性を虜にしてしまい、興奮などを誘発してしまうもの。あの頃私が会えた男性は、血縁のため効果が無効化されているお父様と、シヴァだけだった。
なんで、シヴァはあの時魅了にかからなかったのだろう。
首を傾げて、私は少し考える。可能性としては、私と遠縁か何かで血が繋がっていること。または、王族の血縁で性質への耐性があったこと。お父様からは友人の息子と聞いていたし、公爵家のお父様ならどちらの可能性もあり得てしまう。
今まで深く考えてはこなかったシヴァの出自が、急に気になってしまう。彼は昔、どこの誰だったのか。ソプレス王国出身以外、私は何も知らない。彼に聞こうとしても、名前まで捨てた彼が答えてくれるとは思えない。
ため息をついて、私は足を組みなおした。
***
「ということで、ヤコブ先生! よろしくお願いします」
久しぶりに私は、ヤコブを馬車に呼びだしていた。シヴァは馬車の外で待機し、話が聞こえないようになっている。
「ええ……?」
ヤコブは戸惑いの声を上げる。
「シヴァの個人的な設定について、ですよね」
「はい」
「あまり他人の個人情報について話したくないんですけど……」
「そこをなんとか!」
私の勢いに押され、ヤコブはため息をつきながらも、渋々といった様子で口を開いた。
「とりあえず、ヒントとして」
くいっとメガネを上げて、慎重に彼は答える。
「彼がソプレス王国出身なのは本当で、彼は侯爵以上の家格出身です」
「……それだけですか?」
「はい」
その言葉に、私はがっくりと肩を落とした。
「それって、結局何も分からないじゃないの!」
「えっと、彼と結婚しようとした時に血が濃すぎてできないということは無いですよ」
「それ、慰めようとして言っています?」
ヤコブは苦笑いのまま固まってしまう。これ以上は聞いても無駄だろう。確かに、簡単に個人情報を抜き取ろうとした私が悪いのだ。
「分かりました。もういいです」
その後、すぐに私はヤコブを馬車から追い出した。
「どうしたんだ? 機嫌悪そうだが」
帰りの馬車の中、不機嫌そうに頬を膨らませた私をシヴァが心配してくれたのは言うまでもない。
あれからシヴァは黒い手袋を付けるようになった。手首を覆うシンプルなデザインだが、その黒は色気があって良く似合っている。
「ああ、落としたり失くしたりしたくなくてな。それに」
手袋越しに、シヴァは左手の小指に口付ける。ちらりとこちらを見て、あの日の夜を思い出させるかのように。
「お前の瞳の色の指輪なんて、周囲に勘付かれるだろ?」
そう言われて私は顔が赤くなるのを感じた。彼の言葉が、秘密の関係を共有しているようで、ひどく甘美に響いた。
そうこうしている内に、中間テストの時期が迫っていた。この学園では年に2回、大がかりな試験が開催されるらしい。その結果によっては、来年のクラスが変更になる人も出てきてしまう。さすがに来年のゲーム本編開始の時に、リリアンナだけ下の成績のクラスになってしまうなんて嫌すぎる。どうせならヒロインの様子とか見てみたい。
後半月ほどで試験開始と言うことで、学園では試験勉強に熱が入っていた。試験内容は各分野の筆記試験と魔法の実技。また、選択で騎士クラスと文官クラス、社交クラスに分けられており、その成績も考慮される。
騎士クラスは、文字通り騎士になるべく身体能力や剣の腕などの実技がメイン。ここにはステファンが所属している。
文官クラスはそれ以外の子息と、今後領地運営などに深く関わる必要がある低位貴族の子女が所属し、法律や経済について深掘りするようになっている。実技試験はなく、文章問題や論文などのレポート提出が主だとか。ここにはヤコブとアレクサンド、レオナルドがいる。しかし、王族はさらに上を学ぶために別のことを学んでいるのだとか。
残る社交クラスは、文字通り社交界に出るための勉強だ。子女のみで構成され、子息がいることは無い。私やイザベラ、ロミーナがここだ。ダンスや外来語での会話などの実技と、現在の社交界での流行についての問題を外来語で答える筆記試験がある。
外来語に関しては選択式なので、私はライ語を学んでいた。王妃教育で周辺国の言語を三か国語は簡単な会話ができるレベルまでマスターはしている。しかし、ライハラ連合国で使用されているその言葉は、ロミーナの母語なのだ。より詳しい先生が身近にいるのならば学ばない手はないと、これを選択していた。
幸いイザベラも同じライ語を選択していたようで、昼食の時間を使って一緒にロミーナに教わった。その代わりにロミーナへはノルディス語の会話に付き合うようになっていた。ロミーナは母語であるライ語では勉強にならないと、わざわざノルディス語にしたようだ。私だったらサボりたくてライ語を選んでしまいそうだが、彼女は真面目だ。
そんな日々の中、魔法の授業が本格化していた。魔法は実技がメインだが、試験に向けて最低限の基礎知識について学び直す必要が出てくる。今日は珍しく、座学での魔法の授業だった。
「皆さん、性質についてはご存じでしょうが、今回はその性質が起こる原因と種類について説明していきます」
ああ、【魅了】のことかと懐かしくなる。もうすっかり【魅了】については克服したので問題はないが、学園での試験でも問われるようだ。
「一般的には体内の魔力が多い者がかかるとされています。体内の魔力が停滞し詰まった部位によって、性質が変わりますね」
復習のために先生は改めて説明してくれる。思えば学園の先生方の授業はなんだか頭に入りやすい。そう思いながら、ふむふむと私は集中する。
「実はこの性質をあえて利用することも可能ですし、後天的に性質が現れてしまうことが病気の一種になっていることもあります」
そこで、先生は黒板に文字を書いていた手を止めた。徐にこちらを振り返る。
「では、実際に体験してみましょうか」
その声と共に、何かが一瞬で変わった気がした。集中力が強制的に先生に向けられた状態とでも言うのだろうか。先生から目が離せず、顔を他に向けることもできない。他の生徒も同じなのか、皆が寸分違わず先生へ顔を向けている。
「これが【注目】です。強制的に他者の意識を自分へ向けます。自分から体内の魔力をコントロールして、性質を意図的に発露させたものですね。実は学園の教師のほとんどが、この【注目】を少しだけかけた状態で授業を行っています。そうすると、生徒が授業に集中しやすいので」
そんなことをしていたのか。改めて言われると、この学園の教師のレベルの高さが分かる。魔力を体内で自在にコントロールできてしまうということなのだから。
「これらの性質を犯罪などに悪用した場合、罰せられるので注意をして下さいね。王宮魔導士クラスになると、強い魔力をどの部位に流したか感知することが可能なそうですので」
さらっと怖いことを言う。でも確かに、【魅了】が悪用されれば国家転覆し放題だ。
私が納得していると、先生はレオナルドの方を向いた。
「例外として、王族には性質が効きません。この耐性により国の破滅を防ぐことが出来ているため、他国の王族もこの耐性を持つことが多いそうです」
教室中の視線が向けられたレオナルドは、少し戸惑っている。
「レオナルド殿下、先程の【注目】分かりましたか?」
「いえ、全然何が起こっているのかよく分かりませんでした。何か魔力の動きが変わったような気はしましたけど」
「ええ、その通りです。他の生徒は【注目】といって、私以外を見聞きできない状態にさせられていました。王族でも、そういうものがあると理解していると、今後事件などに巻き込まれた時に犯人確保のヒントになったりするかもしれませんよ」
そんな話をして、先生は性質の種類などの話に移った。
王族は性質が通用しない。その事実が、私の頭の中で別の疑問へと繋がる。もしかして【魅了】が収まっていない頃、アレクサンドが屋敷に来ていれば普通に対面できたのではないだろうか。
【魅了】は強制的に異性を虜にしてしまい、興奮などを誘発してしまうもの。あの頃私が会えた男性は、血縁のため効果が無効化されているお父様と、シヴァだけだった。
なんで、シヴァはあの時魅了にかからなかったのだろう。
首を傾げて、私は少し考える。可能性としては、私と遠縁か何かで血が繋がっていること。または、王族の血縁で性質への耐性があったこと。お父様からは友人の息子と聞いていたし、公爵家のお父様ならどちらの可能性もあり得てしまう。
今まで深く考えてはこなかったシヴァの出自が、急に気になってしまう。彼は昔、どこの誰だったのか。ソプレス王国出身以外、私は何も知らない。彼に聞こうとしても、名前まで捨てた彼が答えてくれるとは思えない。
ため息をついて、私は足を組みなおした。
***
「ということで、ヤコブ先生! よろしくお願いします」
久しぶりに私は、ヤコブを馬車に呼びだしていた。シヴァは馬車の外で待機し、話が聞こえないようになっている。
「ええ……?」
ヤコブは戸惑いの声を上げる。
「シヴァの個人的な設定について、ですよね」
「はい」
「あまり他人の個人情報について話したくないんですけど……」
「そこをなんとか!」
私の勢いに押され、ヤコブはため息をつきながらも、渋々といった様子で口を開いた。
「とりあえず、ヒントとして」
くいっとメガネを上げて、慎重に彼は答える。
「彼がソプレス王国出身なのは本当で、彼は侯爵以上の家格出身です」
「……それだけですか?」
「はい」
その言葉に、私はがっくりと肩を落とした。
「それって、結局何も分からないじゃないの!」
「えっと、彼と結婚しようとした時に血が濃すぎてできないということは無いですよ」
「それ、慰めようとして言っています?」
ヤコブは苦笑いのまま固まってしまう。これ以上は聞いても無駄だろう。確かに、簡単に個人情報を抜き取ろうとした私が悪いのだ。
「分かりました。もういいです」
その後、すぐに私はヤコブを馬車から追い出した。
「どうしたんだ? 機嫌悪そうだが」
帰りの馬車の中、不機嫌そうに頬を膨らませた私をシヴァが心配してくれたのは言うまでもない。

