女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

「それ、イザベラ嬢には」

「まだです。まずは、アレクサンドからの承認が必要かと思いまして」

 私の言葉に、アレクサンドは顎に手を当てて考え込む。

「……そこまでイザベラ嬢に肩入れして、どうするつもりだい?」

「お友達を手助けしたいと思うのは、そんなにいけないことですか? それに、そこまですれば対外的にも私がイザベラと親しいということが示せますよね。イザベラには、それだけの教育を受けてきた令嬢だという箔が付いて、お見合いにも有利に働きそうですし」

「ああ、そういうね」

 アレクサンドは何か納得したようだ。

「幸い、ナンニーニ家は親国王派だ。派閥的にも問題は出ないだろう」

「それじゃあ」

「うん、良いよ。もう王妃教育も終盤だけれど、あの調子ならイザベラ嬢もスムーズについて行けそうだしね」

 彼の笑顔に、私は心底安心して微笑んだ。

「ありがとうございます! アレクサンド様」



 太陽が地平線に傾きかけた時刻、馬車は王宮の重厚な門を出発する。王宮からの帰りの馬車の中、私は早速イザベラにその話を伝えた。彼女は目を丸くし、驚いている。

「ええ⁉ 私が、王妃教育を?」

「そう。今日の様子を見ても、一緒に学んだら勉強が進みそうな気がして……ダメ?」

 上目づかいで見てみると、明らかに彼女は動揺を見せる。うーん、さすがリリアンナの美貌だ。

「ダメと言うわけでは……でも、本当にそんなこと」

「まずは一回だけ! ね?」

 私の懇願に、イザベラは困惑の表情を浮かべる。

「……まあ、確かに。試しに一度だけ行ってみるくらいなら」

「ありがとう! イザベラ。1人でお勉強するのにも、飽きてきたところだったの! 今日みたいに、実践で活かすのも私は下手みたいだし」

 イザベラの手を取り微笑むと、彼女は困ったようにため息をつきつつも笑い返してくれた。



 それから、実際に一度王妃教育を受けてみた。王宮の一室で行われる教育は、イザベラが難なくついてこられる内容だった。彼女は勉強には難なくついてこられるどころか、教師と一緒にイザベラが私に指導する時もあるくらいだ。教師たちは皆、その理解力と教養の深さに感心していた。
 次もイザベラが来ることになったきっかけは、いたって単純だ。

「二人とも、勉強は進んでるかな? 様子を見に来たんだけど」

 ダンスレッスンが終了しティータイムを挟んでいると、扉を軽くノックしてアレクサンドが顔を出す。先程まで剣の稽古でもしていたのか、いつもよりも薄い服からは逞しい筋肉が所々覗いている。イザベラが一目見て真っ赤になったことは言うまでもない。

「だ、大丈夫ですわ! お陰様で、私も良い刺激になっておりますの」

 イザベラは気合で動揺を隠してティーカップをテーブルに置く。しかし、その指先は微かに震えていた。

「うん、それなら良かった。リリアンナのこと、よろしくね」

 アレクサンドの優しく穏やかな笑顔が眩しい。

「はい!」

 こうしてあっけなく、イザベラも王妃教育に参加することになったのだった。ちょっと二人を騙してしまっている気がして心苦しいけど、誰かが損をしているわけではないのだから良しとしておこう。





***





 それからの日々は穏やかだった。学園では皆揃って昼食を摂り、休日はイザベラと王妃教育やお出かけに費やす。イザベラはアレクサンドと会う機会が増え、少しずつ耐性をつけているようだった。そんな平穏で計画通りに進む日々に、私は満足していた。

 そうして四か月は過ぎた頃。お父様の誕生日会の日。
 モンリーズ公爵家の広大な邸宅の一室。会場は煌めくシャンデリアの光に満たされ、華やかな貴族たちが高貴な装いで集まっている。楽団の優雅な調べが響き、テーブルには手の込んだ料理が並ぶ。その全てが公爵家の威信を静かに示していた。
 パーティ会場の中心で、周囲の挨拶を受けているお父様の下へ私は向かった。まだ社交界デビュー前のため、大っぴらにはパーティには出られないが、家で開かれるものは別だ。
 今日は柔らかな桜色のドレスを身に纏っていた。所々に濃いピンクやサーモンピンクのガーベラの刺繍が施されているドレスは、目にも鮮やかだ。透けるような薄い布のパフスリーブも、ドレスの色やデザインによくマッチしている。髪は前髪付近から丁寧に編み込まれていて、そのまま下ろされていた。おでこの見える髪型は、明るく可愛らしい娘を演出できるだろう。

「お父様」

「おお、リリー。今日は一段と愛らしいじゃないか」

「ありがとうございます、お父様」

 親子の対面に周囲が気を利かせて身を引いてくれる。周囲から熱烈な視線が飛んできて痛いくらいだ。リリアンナの美貌ならばしょうがないことかもしれないが。

「友人と一緒に誕生日プレゼントを用意したんです。受け取って下さい」

 私は箱を取り出す。それは重厚なマホガニー材でできており、真鍮の留め金の光る、箱だけでもモンリーズ公爵に贈るにふさわしい物だ。
 受け取ったお父様はさっそく蓋を開ける。 箱の中には、手のひらに乗るほどの大きさのロードナイトを中央に据えたブローチがあった。深紅とバラ色が複雑に混ざり合う大粒の宝石は、周囲に施された繊細な金細工と相まって、会場のシャンデリアの光を浴びて強烈な輝きを放っていた。先日ライハラ連合と繋がって輸入されるようになった最新の金細工技術も使われている。それは、イザベラと選んだ、最高の贈り物だった。
 元々宝飾品に詳しくない私が、こんな物を用意しているとは想像していなかったようだ。目を見開き驚いたお父様は、何度かブローチと私の顔を見比べた。

「お誕生日おめでとうございます、お父様」

 笑顔で私が声を掛けると、お父様は破顔して私を力強く抱きしめる。

「ありがとう、リリー。まさかこんな物を選べるほど、大きくなっていたとはな」

 頬にキスをされ、口ひげが当たってくすぐったい。周囲の人々も微笑ましい親子の様子を笑顔で見守ってくれている。リリアンナになってからもう十年近く経つ。前世の父を忘れたわけではないが、今目の前にいる彼も、私にとってはもうとっくに愛すべき大事なお父様なのだ。
 体を離すと、お父様がブローチを胸元に付けてくれる。彼のパーティ衣装は、深みのあるネイビーのロングコートに、金糸の刺繍が施された象牙色のウエストコートという、威厳と華やかさを兼ね備えた装いだ。その象牙色の胸元に留められたロードナイトのブローチは、深紅の薔薇のような色合いがお父様の瞳の色と一致し、それが彼の物であることを証明するように一際輝いていた。公爵としての凛々しい風格を一層引き立てられている。その姿は勲章を飾った将軍のようで、威厳に満ちてかっこいい。
 それを見て、周囲は感嘆の声を上げた。お父様は今でも凛々しくてかっこいいのだ。私も誇らしくなる。

 お父様から離れると、高揚した貴族たちが次々と私のもとへ集まってきた。彼らは喜びと驚きを表情に滲ませながらも、公爵家のパーティに相応しい落ち着いた口調を崩さない。こんなに大人に囲まれることは無いので、つい委縮してしまう。

「素晴らしい贈り物でございましたね、リリアンナ嬢。あれほどの逸品、どこで……」

「噂に聞く最新の金細工でしょう? モンリーズ公爵家は、いつの時代も流行の先端でいらっしゃる」

「あのような大粒で質の高いロードナイトを、惜しげもなく加工されるとは、さすが公爵令嬢様ですな」

「ありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです。実は学友であるナンニーニ侯爵令嬢に協力して頂きまして」

 もちろん、ここでイザベラの株を上げておくことも忘れない。「あのブローチのデザインの良さは、彼女の類まれな目利きと、ご実家の商会を通して得た情報のお陰です」と、私は必死に笑顔を張り付かせて答えた。
 愛想笑いで頬がひきつりそうになる。周りの華やかな笑顔とは裏腹に、体中から力が抜けていくような疲労感に襲われた。やっぱり、社交は苦手だ。早くこの場から逃げ出したいと思いながら、私は次から次へと向かってくる客人の相手を続けた。



 パーティが終盤に差し掛かり、流れる曲が明るく華やかなものからムーディなワルツへと変わる。それに気付いた人々は、社交ダンスの準備のためか、慌てて私から離れてくれた。会場を離れた私は、長い廊下を急いで進んだ。肉体的な疲労感は残っているが、まだやることがあるのだ。
 廊下の先。大きな窓の前に、シヴァが立っていた。廊下は夜の闇に包まれているが、窓から射す月明かりが彼を照らしている。どうやら夜空を眺めているようで、そのシルバーグレイの髪が月明かりを浴びて静かに輝いていた。冷たい空色の瞳が微かに光を反射し、その整った横顔に彫刻のような陰影を落としている。他の従者達と同じ漆黒の執事服を着てはいるが、彼が着ると品の良いタキシードに見えてくるから不思議だ。

「シヴァ」

 私が声を掛けると、彼はすぐに静かに振り返ってくれた。

「お嬢様」

 お父様と会う前に、曲が変わったらここに来て欲しいと約束していたのだ。本来であればルネと一緒に裏方をしていたであろう彼は、約束通り抜け出してここまで来てくれた。いつ客人と会うか分からないから「お嬢様」呼びなのだろうが、その忠実な一言が、胸に温かいものを流れこませるのを感じた。

「ちょっと来て」

 私は周囲に人がいないことを確認するとシヴァに近付き、彼の手を取った。そのまま近くのドアへと向かう。シヴァは何も言わずに私を受け入れ、ついて来てくれた。繋いだ手には熱がこもっているのが、シヴァに伝わってしまいそうで恥ずかしかった。