女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

 帰りの馬車の中、私はシヴァにも自分の考えを話した。馬車は規則的な揺れを続け、外の景色が窓ガラスの向こうでぼんやりと流れていく。

「イザベラのためにも、良い案だと思ったんだけど」

「それ、殿下の気持ちは?」

 シヴァに率直にそう言われて、私は黙るしかない。彼の声には、容赦のない現実味があった。

「もしソプレス王国の件が上手くいけば、婚約者でいる必要はなくなる。アレクサンドの新しい婚約者探しはすぐに始まるだろう。でも、その時に殿下の気持ちが無かったら、結ばれようがない」

 シヴァの言うことはもっともだった。男同士ということもあり、今回はアレクサンドに共感するというのも理由の1つかもしれない。

「それに、その時までイザベラ嬢を一人身にしておくのか? 学生生活の間に、本当に婚約解消できるかも分からないのに? それに、ナンニーニ家は熱心に婚約者探しをしているかもしれないぞ?」

 一度にあれこれ言われて困ってしまう。そうだ。思いついたは良いものの、今回の話には障害が多すぎる。シヴァに言われて頭が冷えてきた。

 私が卒業したら、すぐにアレクサンドと結婚することになっている。それまでの間に、婚約解消ができるのかどうか。
 次に問題になるのは、それを達成するまでのイザベラの状況だ。現在は一人身でフリーではあるが、身分の高い彼女がこのまま一人で居続けるわけもない。水面下で婚約の話が進んでいてもおかしくはないのだ。
 それに、アレクサンドと婚約解消するまでの間待って欲しいなんて、あの正義感が強くて正直者な彼女は許してくれないだろう。だって、浮気や不倫に等しいことになるのだから。
 最後の問題は、アレクサンドの気持ちや立場。婚約解消後、新しい婚約者をどうやって選ぶのか。彼自体に信用や信頼があるし、アレクサンド自身が望めば一定以上の身分さえあれば誰でも結婚は出来ると思う。しかし、彼がイザベラを望まなければ、二人を結ぶことは出来ないのだ。

「今までは婚約解消さえできればと思っていたし、その後のことなんて考えてなかったなぁ」

「冷静になれよ。誰だって、身分や立場があるんだから」

 窓の外を眺めながら、シヴァはそう呟く。その言葉は、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
 そうは言われても、考えてしまう。何か良い方法はないのかと。





***





 そうこうしている間に、再び休日。私はイザベラの紹介でデザイナーと会うことになっていた。ブローチのデザインについて一通り話を終えて、カフェにでも寄ろうと大通りを歩いていた時のことだ。

「モンリーズ公爵令嬢様、突然申し訳ありません」

 後ろから急に呼び止められた。何事かと振り返ると、王宮の騎士服に身を包んだ男が立っていた。

「何かご用?」

「王宮からの使いです。大事な客人が来たので、ご挨拶に伺って欲しいと」

 差し出された手紙を受け取り、読んでみる。どうやら隣国であるライハラ連合国御用達の大商人達が来たらしい。外交のためにも、挨拶が必要なようだ。学園のこともあり、今日のような休日くらいしか顔を合わせられる日程はない。

『休日なのにごめんね』

 そんなアレクサンドの書いた一文が目に入る。私に腕を絡めていたイザベラが、手紙を読み終えた私を見て離れた。

「王宮の用でしたら、行った方が良いわ。私達の用事は済んで、後はお茶をするだけですもの」

 少し寂しそうに言う彼女の手を、私は掴んだ。

「せっかく約束していたのに、申し訳ないわ。商人が相手のようだし、ぜひイザベラも一緒に来て」

「え?」

 そうだ。私がイザベラを王宮に何度も招待すればいい。そこで、アレクサンドとの接点を持たせよう。王妃教育だって、秘匿性の高いもの以外は一緒に受けてしまえばいい。イザベラには何も言わず、アレクサンドと親しくさせて、尚且つ次期王妃としての教育も済ませてしまう。お膳立てするだけなら、行動したっていいじゃないか。
 イザベラの手を掴んだまま、私は半ば強引に馬車へ向かった。騎士やシヴァが後を追って来るのが分かる。

「あの、私はお邪魔では……」

「貴重な休日を邪魔されたんだもの、これくらい許してもらうわ!」

 私の勢いに飲まれたのか、イザベラはもう何も言わなかった。



 王宮に到着すると私は控えの間へ直行させられ、さっそくドレスに着替えさせられた。いつものように何人もの侍女がせわしなく動き、私の身なりを整えていく。
 黄色を中心とした幾重にも布が重なったドレスは、デザイン自体はシンプルだが布の中にレースも混じっており繊細で美しかった。そこに大粒のダイヤが埋め込まれた銀色のアクセサリーを足していく。髪型は編み込みを多めにしたハーフアップ。バレッタにもシルバーとダイヤが使われている。くるりと身をひるがえし確認していると、アレクサンドからの手紙が来ていた。
 王宮までの移動中、私はアレクサンドに急ぎで手紙を書き、イザベラも同行する許可を取り付けていたのだ。手紙には了承という内容が書かれており、隅で待機していたイザベラも、別の部屋で着替えてもらうことになった。

 淡い空色のドレスに身を包んだイザベラが、私の部屋にやってくる。その姿は、先ほどまでの素朴なワンピース姿とは打って変わり、公爵令嬢としての華やかさを放っていた。
 ドレスは私よりも布が少なめだが、身体のラインが出るオシャレなもの。イザベラのスタイルの良さが浮き彫りになっている。宝飾品は私よりも控えめで、一粒のサファイヤのネックレスに、同じデザインのイヤリング。髪はきっちりアップで纏められ、編み込まれた空色のリボンが項で揺れているのが色っぽい。

「あの、本当に良いの?」

 彼女の表情には、期待と戸惑いが半々に浮かんでいる。

「ええ。アレクサンドには許可はもらったし、商人相手ならイザベラの方が話が盛り上がりそうだから」

 平気そうに答える私に、イザベラはため息をつく。

「……せっかくだし、我が家との新規ルートを開拓するのも良いわね」

 気持ちの切り替えの早さはさすがだ。彼女はそう言うと、商談という新たな目標を見つけ、毅然とした表情で先導するように私を促した。

 王宮の一室。客間には天井まで届く重厚なカーテンと、金糸を織り込んだ絨毯、そして壁一面に飾られた歴史的な油絵が、厳かな豪華さを演出していた。部屋の中央では、磨き上げられたオーク材のテーブルを挟んで、アレクサンド、私、そしてライハラ連合国の商人たちが向き合っている。イザベラは私の隣のお誕生日席の位置で静かに控えていた。
 ライハラ連合国の商人たちは、南国の国らしく褐色肌の者が多く、異国の華やかな装束が部屋の重厚さと対照的だった。
 アレクサンドに続いて軽く挨拶をすると、さっそく色々な商談の話を振られた。知識はあるが興味は薄いため、どうしても私の反応は適当になってしまう。愛想笑いをするのも限界だと思っていた時、イザベラが横から絶妙なタイミングで口を挟んでくれた。

「あの、それって新しく出来た金属加工の技術ですか?」

 ちょうど宝飾品を紹介されていて困っていたのだ。さすがイザベラ! と感動してしまう。

「そうなんでス! 従来の物よりも繊細な加工が可能になりましテ」

 商人たちの目が一気に輝く。

「ええ、拝見しましたわ。糸のように細い金が連なったブローチがとても美しくて……ライハラ連合国からの物でしたのね」

「おお、もうご覧になっていましたカ! まだ流通数は限定させていたはずですガ」

「ナンニーニの商人に話が来たと聞いて、父と一緒に伺わせてもらいました」

「ああ、ナンニーニ侯爵の所ノ」

 すっかりイザベラの独壇場だ。彼女は専門的な知識と貴族としての立ち位置を巧みに使い分け、商人たちととても上手く話せている。さすが、私みたいな一般人とは違い、中身までしっかりしたお嬢様だ。

「もしかしたら、この件はナンニーニ侯爵に任せた方が良いかな?」

「お任せ下さい。良い取引になるよう、父に進言しますわ。この商品ですと流通するまでの1、2年は関税を少し下げた方がよろしいかと」

 イザベラは、もはや公爵令嬢ではなく辣腕の商人のようだ。本人も楽しいのか、目が爛々と輝いている。

「そうなると、こちらの取り分が」

「この技術は絶対、今後発展しますわ。関税を一定期間下げる代わりに、技術を学ぶ人をライハラ連合国へ送るとよろしいかと。ライハラ連合国も、流通が増えた時に対応する人手が今後欲しくなるのではないですか?」

 イザベラは、短期的な利益ではなく長期的な関係構築を見据えた提案をした。アレクサンドとイザベラが私を間に挟んでどんどん話を進めていく。二人の会話は専門用語と戦略に溢れており、何も口を挟めない私がここにいていいのか分からなくなる。

「この件は、これで良いでしょうか?」

「はイ! よろしくお願いしまス。国に良い報告ができそうでス」

 アレクサンドの問いに、商人たちは満面の笑みで答える。本当に、イザベラを連れてきて良かったと私は胸を撫で下ろした。
 話が終わり、各々が席を立つ。イザベラも晴れやかな満面の笑みで商人たちと握手をしていた。簡単な挨拶程度は彼らの母国語でやり取りしている所から、彼女の教養の高さが改めて伺える。

「……あの、アレクサンド様」

 一通り商人たちが部屋を出たあたりで、私は緊張しながらこっそり耳打ちした。

「うん?」

 アレクサンドは優しい眼差しで私に顔を向けた。

「イザベラ嬢、すごく活躍していましたよね?」

「うん、そうだね。さすが商人としての目利きがしっかりしているよ」

「そこで、なんですが」

 私は勇気を出して、計画の第一歩を口にする。

「イザベラ嬢と一緒に、王妃教育を受けてはいけませんか? 良い刺激になると思うんです! もちろん、王家の秘密に関しての教育の時は同席させませんから」

 私の言葉に、アレクサンドは大きく目を見開いた。