休日明けの学園。シヴァと合流し、ヤコブやレオナルドと一緒に食堂へ移動していると、中庭の一角の騒がしさに気が付いた。
聞き慣れた声に、私は二人を置いてシヴァと共に中庭へと近づく。中庭は午前の光をいっぱいに浴びて、芝生の緑が目に鮮やかだ。その明るい光景の中で、イザベラが堂々と数人の女子生徒と対峙していた。明るい中庭の中、彼女達の周りだけが緊迫した空気をはらんでいる。
「謝罪を要求していると言っていますの」
複数人に睨まれても、イザベラは微動だにしない。
「だから、なんで私達が!」
「複数人で一人を虐げて、恥ずかしいと思いませんの?」
壁際に立っていたのは三人組の女子生徒だ。イザベラを前にしても、彼女達の態度は尊大だった。
「私達の方が上の学年よ! 貴女、見知らない顔だし新入生でしょう? 年下の者が出しゃばらないで頂戴」
「歳など関係ありません。学園の生徒として、一人の人間として、やってはならないことをしていると注意しているだけです」
「貴女、何様よ!」
中心に立っていた一人の女子生徒が、感情に任せて手を上げた。叩かれそうになっているイザベラを見て、私はとっさに走り寄る。止めたいと思っても、私の足では間に合わない。
ぱしっ
それは、叩く音とは少し違った。顔を上げると、シヴァがその女子生徒の手首を素早く掴んで止めている。冷たい空色の瞳が女子生徒を睨みつけていた。成長期が始まり随分と背の伸びた彼は、女子生徒達よりも頭1つ背が高い。そんな背の高いメイドに冷ややかに睨まれて、さすがに女子生徒達も一瞬動きを止めていた。整った顔立ちな分、迫力も凄い。
「……な、なによ使用人がっ」
気を取り戻した女子生徒の怒りがシヴァに向かってしまう。普通に考えれば、貴族である彼女の動きを格下である一使用人が止めるなどありえない。このままではシヴァが罰せられてしまうと、慌てて私は背筋を伸ばした。
「私の指示に、何か問題が?」
できる限り大きな声を出すが、少し声が震えてしまう。それでも、必死に胸を張った。周囲の視線が私に一斉に注がれる。緊張で手に汗がにじんだ。私の視線を受けて、シヴァが女子生徒から手を離すと私へ深く礼をした。これで、指摘の矛先が私に向くはずだ。
「話は途中から聞いていました。学年が何だろうと、してしまったことへの謝罪はすべきだと私も思います」
何度も王妃教育で練習したポーカーフェイスを駆使して、至って冷静な表情でへたり込んでいた女子生徒に手を差し伸べて立ち上がらせる。イザベラの後ろに隠されていた彼女が、状況から見て虐められていた女子生徒だろう。彼女の質素な身なりから、家格が低いことが見て取れる。対して怒っている女子生徒達は、みんな身なりが良い。学年が違うとこんな陰湿な苛めがあるのかと、改めて自分の学年が比較的大人しかったことを理解した。
急に現れた私を女子生徒達は睨みつける。
「な、なによ貴女は」
「リリアンナ・モンリーズ。第一王子アレクサンド・リヒハイム殿下の婚約者をさせて頂いています」
こんな時くらいは大っぴらに名前を使わせてもらおう。内心アレクサンドに謝罪してみるが、彼ならいつも通りの柔和な笑顔で「いいよ、それくらい」と流しそうだ。
私の言葉にさすがにまずいと思ったのか、女子生徒達がざわめいた。
「何をしているノ! 貴女達!」
中庭に大きな声が響く。声の方を振り向くと、走り寄ってきたのはロミーナだった。少し息が上がっている。
「ロ、ロミーナ様……」
「三学年の方々ですよネ? リリアンナ嬢になんてことヲ……」
二年生の女子生徒の中でも一番家格が上のロミーナ。私達が入学するまで、学園内の女子生徒で最も格上だったのはロミーナだったはずだ。いくら三年生でも彼女のことは知っているのだろう。ロミーナの言葉に、女子生徒たちは顔を青くする。
「も、申し訳ありません! ロミーナ様、モンリーズ令嬢!」
次々に謝るも、イザベラや虐めていた女子生徒への謝罪の言葉はない。
「失礼ですが、その言葉は彼女にかけるべきですわ」
やはり、真っ先に口を開いたのはイザベラだった。その正義感の強さに、私は胸を打たれる。
「……ご、ごめんなさい」
こんな状況で詰め寄られて、さすがの女子生徒も縮こまる。彼女達の言葉に、虐められていた女子生徒は小さく頷いた。イザベラは納得したようだが、私は怒りが収まらなかった。私は、いつかのようにイザベラの腕に自分の腕を絡ませ、きっと女子生徒たちを睨みつける。こういう時こそ、私がイザベラの後ろ盾だと明確にアピールしなくてはならない。
「彼女は私の大事な友人です! 彼女にも謝罪を!」
私の公爵令嬢としての圧に、女子生徒たちは青い顔のまま姿勢を正す。
「も、申し訳ありません……」
私の過剰なまでの擁護に、イザベラは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「別に、二度とこのようなことをしなければ何も文句はありませんわ……」
女子生徒たちは何度も礼をしながら逃げるように走り去っていく。虐められていた女子生徒も深く礼をして去っていき、中庭には私達だけが残された。
「いやー、ご無事そうで何よりです」
その時、爽やかな声とともに、ヤコブが中庭に入ってきた。
「ヤコブ⁉」
「レオナルド殿下を走らせるわけにもいかないので、私が急いでアマトリアン嬢をお呼びしました」
「ちょうど食堂に入る所デ、びっくりでしタ」
ロミーナも息を整えながら話す。
「そうだったの……さすがヤコブね、ありがとう」
私が笑顔で礼を言うと、イザベラも私の隣で深々と頭を下げた。
「ヤコブ・ヘルトルでしたね。イザベラ・ナンニーニですわ。この度のこと、感謝申し上げます」
「もちろん存じております。ヤコブ・ヘルトルです。皆さん何事も無くて本当に良かった」
ヤコブとイザベラが貴族の作法に則って挨拶を交わす。その横で、ロミーナが少し緊張した様子でイザベラを誘った。
「えっト、せっかくですシ貴女も一緒に食堂へ行きますカ? 王族専用になっていますガ、よろしけれバ」
その予想外の誘いに、イザベラは顔を赤くした。その仕草は、いつもの女王様のような態度とはかけ離れた少女らしい可愛らしさを帯びていた。
「え、えっと……皆さんが、よろしければ私は別に」
その時、横に控えていたシヴァが私にだけ聞こえるように、小さく低い声で呟いた。
「お嬢様も離したくないようですので」
シヴァの呟きにハッと意識を取り戻す。私は、イザベラの腕に抱き着いたままだった。
***
中庭の緊張から解放され、私達は食堂に到着した。王族専用食堂は、高い窓から柔らかな光が満ちている。壁を飾る深紅の絨毯やタペストリーは豪華だが、テーブルには華やかな生花が飾られ、使用人達の静かで丁寧な仕事ぶりが伺えた。イザベラ1人が増えたところで、動じずにいつも通りの対応をしてくれていることが、この場に温かみのある穏やかなムードを与えていた。イザベラははじめて訪れるこの空間を珍し気にしげしげと見渡していた。
「無事だったようだね。良かったよ」
先に到着していたアレクサンド様が、私達を見て声を掛けてきた。すでに椅子に座っていたレオナルドもこちらを振り返る。
「姉上! 無事でよかった」
「……まあ、ロミーナがいた時点で大丈夫だろうとは思っていました」
いつも静かで口を挟まないステファンが、レオナルドの隣で立ち上がり、私達に礼をしながらそう言った。
「ま、まア……この程度でしたラ、頼って下さいネ」
ロミーナはそそくさと窓際のいつもの席へ向かう。そこでふと気付いて、いつもよりも1つ隣の席に座った。
「彼女はお客さんかい?」
ロミーナの動きを流し目で見ていたアレクサンドが、柔和な笑顔でこちらに視線を向ける。私やヤコブの後ろに隠れていたイザベラがびくりと身を震わせた。頬を真っ赤に染めた彼女は、慌てて深くお辞儀をする。
「……い、イザベラ・ナンニーニ。リヒハイム王国の」
「正式な礼はいいよ。無礼講だから、顔を上げて」
アレクサンドに制されて、イザベラは顔を上げる。珍しくもじもじと指先を動かしながら、静かに俯いていた。
そうだった。昔、婚約パーティで一度会った時に、イザベラがアレクサンドに好意を寄せているような様子があったことを忘れていた。好きな人の婚約者と友人とか、気まずいに決まっている。今更そのことに気付いて、私は内心頭を抱えた。
「ナンニーニ嬢はこちら二」
動かない私達を見かねて、ロミーナが自分がいつも座る椅子を指し示した。イザベラの方が家格は上なので、自然とロミーナよりも上の席を空けておいたのだ。さすが淑女らしいさりげない気遣いだ。
イザベラが椅子に座ろうとすると、シヴァが素早く椅子を引いてあげる。その後に私も席に着いた。最後に残ったヤコブが末席に移動しようと動き出すと、アレクサンドはすかさず声を掛ける。
「ヤコブも、機転に感謝するよ」
「お褒めに預かり光栄です」
ヤコブは微笑みながら礼をしてから席へ移動した。
少し経つと食事が運ばれてくる。磨かれた白磁の皿に盛られた温かいスープや、焼き立ての肉料理の豊かな香りがテーブルに広がる。さすが王族専用。急に一人増えたところで、すぐに対応できるようだ。周囲でせわしなく動いている食堂の使用人達もさすがプロだ。
「いつもは一般の食堂で食べているの?」
「ええ。たまには外で食べたくて、家のシェフにお願いして、ランチボックスを頼むこともありますけれど」
食事が始まると、イザベラの様子はいつも通りに落ち着いていた。話しかけると笑顔で返事をしてくれる。外で食べるというのは、今まで考えていなかった。親交を深めるためにも良いかもしれない。
「まあ、素敵ね。アレクサンド様、今度シェフにお願いして外でランチを楽しめるようにしてもらうことは可能ですか?」
まずは私とイザベラで、庭園でゆっくり昼食を楽しむのも良いだろう。アレクサンドと会わせるのも気まずいし。そう思っていると、アレクサンドは悪気なさそうに頷いた。
「楽しそうだね。皆も、明日はそれでいいかな?」
彼の言葉に皆が一斉に頷く。あれ? と予想と違う事態に私は困惑してしまったのだった。
聞き慣れた声に、私は二人を置いてシヴァと共に中庭へと近づく。中庭は午前の光をいっぱいに浴びて、芝生の緑が目に鮮やかだ。その明るい光景の中で、イザベラが堂々と数人の女子生徒と対峙していた。明るい中庭の中、彼女達の周りだけが緊迫した空気をはらんでいる。
「謝罪を要求していると言っていますの」
複数人に睨まれても、イザベラは微動だにしない。
「だから、なんで私達が!」
「複数人で一人を虐げて、恥ずかしいと思いませんの?」
壁際に立っていたのは三人組の女子生徒だ。イザベラを前にしても、彼女達の態度は尊大だった。
「私達の方が上の学年よ! 貴女、見知らない顔だし新入生でしょう? 年下の者が出しゃばらないで頂戴」
「歳など関係ありません。学園の生徒として、一人の人間として、やってはならないことをしていると注意しているだけです」
「貴女、何様よ!」
中心に立っていた一人の女子生徒が、感情に任せて手を上げた。叩かれそうになっているイザベラを見て、私はとっさに走り寄る。止めたいと思っても、私の足では間に合わない。
ぱしっ
それは、叩く音とは少し違った。顔を上げると、シヴァがその女子生徒の手首を素早く掴んで止めている。冷たい空色の瞳が女子生徒を睨みつけていた。成長期が始まり随分と背の伸びた彼は、女子生徒達よりも頭1つ背が高い。そんな背の高いメイドに冷ややかに睨まれて、さすがに女子生徒達も一瞬動きを止めていた。整った顔立ちな分、迫力も凄い。
「……な、なによ使用人がっ」
気を取り戻した女子生徒の怒りがシヴァに向かってしまう。普通に考えれば、貴族である彼女の動きを格下である一使用人が止めるなどありえない。このままではシヴァが罰せられてしまうと、慌てて私は背筋を伸ばした。
「私の指示に、何か問題が?」
できる限り大きな声を出すが、少し声が震えてしまう。それでも、必死に胸を張った。周囲の視線が私に一斉に注がれる。緊張で手に汗がにじんだ。私の視線を受けて、シヴァが女子生徒から手を離すと私へ深く礼をした。これで、指摘の矛先が私に向くはずだ。
「話は途中から聞いていました。学年が何だろうと、してしまったことへの謝罪はすべきだと私も思います」
何度も王妃教育で練習したポーカーフェイスを駆使して、至って冷静な表情でへたり込んでいた女子生徒に手を差し伸べて立ち上がらせる。イザベラの後ろに隠されていた彼女が、状況から見て虐められていた女子生徒だろう。彼女の質素な身なりから、家格が低いことが見て取れる。対して怒っている女子生徒達は、みんな身なりが良い。学年が違うとこんな陰湿な苛めがあるのかと、改めて自分の学年が比較的大人しかったことを理解した。
急に現れた私を女子生徒達は睨みつける。
「な、なによ貴女は」
「リリアンナ・モンリーズ。第一王子アレクサンド・リヒハイム殿下の婚約者をさせて頂いています」
こんな時くらいは大っぴらに名前を使わせてもらおう。内心アレクサンドに謝罪してみるが、彼ならいつも通りの柔和な笑顔で「いいよ、それくらい」と流しそうだ。
私の言葉にさすがにまずいと思ったのか、女子生徒達がざわめいた。
「何をしているノ! 貴女達!」
中庭に大きな声が響く。声の方を振り向くと、走り寄ってきたのはロミーナだった。少し息が上がっている。
「ロ、ロミーナ様……」
「三学年の方々ですよネ? リリアンナ嬢になんてことヲ……」
二年生の女子生徒の中でも一番家格が上のロミーナ。私達が入学するまで、学園内の女子生徒で最も格上だったのはロミーナだったはずだ。いくら三年生でも彼女のことは知っているのだろう。ロミーナの言葉に、女子生徒たちは顔を青くする。
「も、申し訳ありません! ロミーナ様、モンリーズ令嬢!」
次々に謝るも、イザベラや虐めていた女子生徒への謝罪の言葉はない。
「失礼ですが、その言葉は彼女にかけるべきですわ」
やはり、真っ先に口を開いたのはイザベラだった。その正義感の強さに、私は胸を打たれる。
「……ご、ごめんなさい」
こんな状況で詰め寄られて、さすがの女子生徒も縮こまる。彼女達の言葉に、虐められていた女子生徒は小さく頷いた。イザベラは納得したようだが、私は怒りが収まらなかった。私は、いつかのようにイザベラの腕に自分の腕を絡ませ、きっと女子生徒たちを睨みつける。こういう時こそ、私がイザベラの後ろ盾だと明確にアピールしなくてはならない。
「彼女は私の大事な友人です! 彼女にも謝罪を!」
私の公爵令嬢としての圧に、女子生徒たちは青い顔のまま姿勢を正す。
「も、申し訳ありません……」
私の過剰なまでの擁護に、イザベラは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「別に、二度とこのようなことをしなければ何も文句はありませんわ……」
女子生徒たちは何度も礼をしながら逃げるように走り去っていく。虐められていた女子生徒も深く礼をして去っていき、中庭には私達だけが残された。
「いやー、ご無事そうで何よりです」
その時、爽やかな声とともに、ヤコブが中庭に入ってきた。
「ヤコブ⁉」
「レオナルド殿下を走らせるわけにもいかないので、私が急いでアマトリアン嬢をお呼びしました」
「ちょうど食堂に入る所デ、びっくりでしタ」
ロミーナも息を整えながら話す。
「そうだったの……さすがヤコブね、ありがとう」
私が笑顔で礼を言うと、イザベラも私の隣で深々と頭を下げた。
「ヤコブ・ヘルトルでしたね。イザベラ・ナンニーニですわ。この度のこと、感謝申し上げます」
「もちろん存じております。ヤコブ・ヘルトルです。皆さん何事も無くて本当に良かった」
ヤコブとイザベラが貴族の作法に則って挨拶を交わす。その横で、ロミーナが少し緊張した様子でイザベラを誘った。
「えっト、せっかくですシ貴女も一緒に食堂へ行きますカ? 王族専用になっていますガ、よろしけれバ」
その予想外の誘いに、イザベラは顔を赤くした。その仕草は、いつもの女王様のような態度とはかけ離れた少女らしい可愛らしさを帯びていた。
「え、えっと……皆さんが、よろしければ私は別に」
その時、横に控えていたシヴァが私にだけ聞こえるように、小さく低い声で呟いた。
「お嬢様も離したくないようですので」
シヴァの呟きにハッと意識を取り戻す。私は、イザベラの腕に抱き着いたままだった。
***
中庭の緊張から解放され、私達は食堂に到着した。王族専用食堂は、高い窓から柔らかな光が満ちている。壁を飾る深紅の絨毯やタペストリーは豪華だが、テーブルには華やかな生花が飾られ、使用人達の静かで丁寧な仕事ぶりが伺えた。イザベラ1人が増えたところで、動じずにいつも通りの対応をしてくれていることが、この場に温かみのある穏やかなムードを与えていた。イザベラははじめて訪れるこの空間を珍し気にしげしげと見渡していた。
「無事だったようだね。良かったよ」
先に到着していたアレクサンド様が、私達を見て声を掛けてきた。すでに椅子に座っていたレオナルドもこちらを振り返る。
「姉上! 無事でよかった」
「……まあ、ロミーナがいた時点で大丈夫だろうとは思っていました」
いつも静かで口を挟まないステファンが、レオナルドの隣で立ち上がり、私達に礼をしながらそう言った。
「ま、まア……この程度でしたラ、頼って下さいネ」
ロミーナはそそくさと窓際のいつもの席へ向かう。そこでふと気付いて、いつもよりも1つ隣の席に座った。
「彼女はお客さんかい?」
ロミーナの動きを流し目で見ていたアレクサンドが、柔和な笑顔でこちらに視線を向ける。私やヤコブの後ろに隠れていたイザベラがびくりと身を震わせた。頬を真っ赤に染めた彼女は、慌てて深くお辞儀をする。
「……い、イザベラ・ナンニーニ。リヒハイム王国の」
「正式な礼はいいよ。無礼講だから、顔を上げて」
アレクサンドに制されて、イザベラは顔を上げる。珍しくもじもじと指先を動かしながら、静かに俯いていた。
そうだった。昔、婚約パーティで一度会った時に、イザベラがアレクサンドに好意を寄せているような様子があったことを忘れていた。好きな人の婚約者と友人とか、気まずいに決まっている。今更そのことに気付いて、私は内心頭を抱えた。
「ナンニーニ嬢はこちら二」
動かない私達を見かねて、ロミーナが自分がいつも座る椅子を指し示した。イザベラの方が家格は上なので、自然とロミーナよりも上の席を空けておいたのだ。さすが淑女らしいさりげない気遣いだ。
イザベラが椅子に座ろうとすると、シヴァが素早く椅子を引いてあげる。その後に私も席に着いた。最後に残ったヤコブが末席に移動しようと動き出すと、アレクサンドはすかさず声を掛ける。
「ヤコブも、機転に感謝するよ」
「お褒めに預かり光栄です」
ヤコブは微笑みながら礼をしてから席へ移動した。
少し経つと食事が運ばれてくる。磨かれた白磁の皿に盛られた温かいスープや、焼き立ての肉料理の豊かな香りがテーブルに広がる。さすが王族専用。急に一人増えたところで、すぐに対応できるようだ。周囲でせわしなく動いている食堂の使用人達もさすがプロだ。
「いつもは一般の食堂で食べているの?」
「ええ。たまには外で食べたくて、家のシェフにお願いして、ランチボックスを頼むこともありますけれど」
食事が始まると、イザベラの様子はいつも通りに落ち着いていた。話しかけると笑顔で返事をしてくれる。外で食べるというのは、今まで考えていなかった。親交を深めるためにも良いかもしれない。
「まあ、素敵ね。アレクサンド様、今度シェフにお願いして外でランチを楽しめるようにしてもらうことは可能ですか?」
まずは私とイザベラで、庭園でゆっくり昼食を楽しむのも良いだろう。アレクサンドと会わせるのも気まずいし。そう思っていると、アレクサンドは悪気なさそうに頷いた。
「楽しそうだね。皆も、明日はそれでいいかな?」
彼の言葉に皆が一斉に頷く。あれ? と予想と違う事態に私は困惑してしまったのだった。

