女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

 次の休日。私はイザベラとのショッピングの約束を果たしに、街へ出ていた。
 王都のメインストリートは、平日の喧騒とは打って変わり、明るく華やかなムードに包まれている。石畳の道には、洒落た馬車が行き交い、色とりどりの花が飾られたウィンドウが光を反射していた。お付きの人としてシヴァが完璧な執事の姿で私の傍に控えており、イザベラも侍女を一人連れていた。見えない場所には、2つの家からそれぞれ影で護衛する人材が大量に派遣されている徹底ぶりだ。

「では、以前言っていたお店まで案内しますわ」

 今日のイザベラは比較的質素な、それでも質が良いと分かるワンピース姿だ。髪を下ろし、シルバーで装飾されたカチューシャを付けた彼女の蜂蜜色の髪が、街の明るい光を受けてきらめいている。街中に溶け込むようなシンプルな服装でも、彼女の凛とした高貴な佇まいを隠すことはできない。

「はい、お願いします」

 後を追い店に入ると、そこは外の光を遮るように厳重に守られた空間だった。常連だからか、イザベラは店員から丁寧な礼を受けている。

「ようこそいらっしゃいました。ナンニーニ侯爵令嬢様」

「今日は友人と来たの。予約通り、奥へ案内を頼める?」

「はい、もちろんです。どうぞこちらへ」

 イザベラから「友人」と言われて、私の胸は感動で熱くなった。奥へ通されると、きらびやかで高級感のある部屋へ着いた。
 そこは、重厚なベルベットのカーテンで外界から隔てられ、間接照明が落とされた贅沢な空間だった。壁には金糸の刺繍が施され、深いボルドー色の絨毯が足音を吸収している。目の前にある、細工の凝ったアンティーク家具や巨大な鏡が、この店の敷居の高さをこれでもかと主張しているようで、私は思わず息を詰めた。普段から高級なものに囲まれてはいたが、ここまで明らかに「特別なお客様専用」という空間は始めてかもしれない。
 テーブルには銀器のティーセットが準備されていた。四人ぐらい座れそうな、広い革張りのソファーにイザベラと並んで座る。

「では、準備をしてまいりますのでしばらくお待ち下さい」

 店員が二人分の紅茶を入れると、深く礼をして部屋から出ていく。残された私達はしんと静まり返った部屋で待たされることとなった。つい緊張してしまうが、イザベラは慣れた様子でいつも通りだ。

「……あ、あの。イザベラ嬢?」

「なんですの?」

 紅茶を飲みながら、イザベラは不思議そうに首を傾げた。

「先程、友人と言っていましたが……私達は友人、という扱いで良いのですか?」

「ええ、もちろんですわ!」

 満面の笑みを返されて、私は心底嬉しくなった。私も満面の笑顔で返す。

「そう言って頂けて嬉しいです。私、イザベラ嬢と友人になりたかったんです」

「イザベラ、で構いませんわ。私もリリアンナとお呼びしてよろしくて?」

「ええ、もちろん!」

 すっかり意気投合してしまった。イザベラは私の腕に、自分の腕を絡ませてぐっと寄り添う。スタイルの良いイザベラの豊満な胸が当たって、同性であっても思わず照れてしまう。

「仲良くなろうと思わなければ、私だってこの店に案内しませんわ」

 こちらを見ながら軽くウインクしてくる姿に、私は懐かしさを覚えた。



『ほ、本当にいいの?』

『いいのいいの。仲良い子じゃなきゃ、ここまで一緒に来ないって』




 転生前、親友だった相羽優子を思い出す。彼女もスキンシップが多くて、彼女から腕を組まれたり手を繋がれたりしたことが多かった。そんな触れ合いに慣れなくて、毎回気まずくなってしまっていたものだ。でも、彼女が他にこのようなスキンシップをする人はいなかった。だから私は彼女にとって特別なんだと、嬉しくなったのを覚えている。あんな触れ合いをしてくるような人は、今はいない。お父様もスキンシップは多いけど、身体の大きな彼がするそれと、同性の優子がしてくれたそれは違うのだ。

「懐かしいですわね……」

 私に寄りかかりながら、イザベラがふと呟いた。

「え?」

「え?」

 お互いに顔を見合わせてしまう。

「べ、別になんでもありませんわ! 昔、従兄弟のお姉様にしてもらったのが懐かしくて」

 イザベラは慌てて私から手を離し、頬を赤らめてごまかした。

「え、ええ……そうでしたの」

 そうこうしている内にドアがノックされ、少しの間の後に開く。入ってきた店員は丁寧にお辞儀をした。後ろには、分厚いカタログや宝飾品の詰まった箱を抱えた人が控えている。

「準備ができました。テーブルの上に並べても構いませんか?」

「え、ええ! どうぞ!」

 イザベラは急な来訪に少し慌てた様子を見せた。まだほとんど手を付けられていない紅茶が、すぐに店員によって素早く片付けられた。テーブルの上には分厚いカタログや、深いベルベットの箱に収められた宝飾品のサンプルが次々と並べられていった。蓋が開けられるたびに、間接照明の優しい光を浴びて、宝石たちは内側から輝きを放ち、部屋全体がキラキラとした高揚感に包まれていく。

「ご相談されていたロードナイトですが、店で一番の高品質のものはこちらです」

 店員が指差したのは、深紅と淡いピンクの輝きを併せ持つ、大粒の宝石が収められた箱だった。その輝きは、まるで薔薇の花びらをそのまま閉じ込めたかのようだ。

「念のため近しいものも準備してありますが、一番はやはりそれですね。大きさも純度も一級品。希望があれば加工して下ろすこともできます」

「リリアンナ、どうかしら?」

「すっごく綺麗です! きっとお父様に似合うわ。宝石はこれでお願いできる?」

 私の言葉に、店員は満足そうに頷いてロードナイトの箱を端に寄せた。彼はすぐに分厚いカタログを取り出す。

「何に加工しましょうか? ロードナイトが大きいので、2つに切ってカフスボタンにするのも良いですし、ブローチでしたらデザインによっては男女両性使えるので今後子々孫々に伝えていくにも良いですよ」

「タイピンにするには石が大きいわよね。このままブローチか、2つにカットしてカフスボタンや指輪とタイピンのセットにしてしまうのもおススメよ」

 こんな大きい石をカットしてしまうのはもったいない気がする。昔の庶民だったころの影響か、こういうのはどうも苦手だ。カットすれば宝石は小さくなり、せっかくの価値が下がってしまいそうで手を出すのが怖い。

「……ブローチで良いかしら?」

「はい。ブローチのデザイン集はこちらに。希望があればオーダーメイドで作れます」

 オーダーメイドも憧れるが、デザインなんて分からない。私がカタログを見ながら悩んでいると、イザベラが横から口を出した。

「オーダーメイドがご希望なら、デザイナーを紹介できるわ。加工に関してはこの店が一流の職人を雇用しているから、ここに頼むのがおススメよ」

 イザベラの言葉に、店員も笑顔で同意した。

「はい。うちにもデザイナーはいますが、ナンニーニ侯爵令嬢の紹介でしたら、より良い方がいるかと」

 何もかもやってもらって申し訳ないと思うが、気にするなと言うようにイザベラは快活に笑っている。

「デザイナーを紹介してもらっても、良いかしら?」

「良かった。ちょうど最近見つけた腕の良い方がいるのよ。宝石はこのまま買い取って、加工まで預かってもらいましょう」

 彼女はすぐにロードナイトの箱を指差し、店員に指示を出した。

「お買い上げありがとうございます。デザイン画ができ次第、加工に入らせて頂きます」

 店員たちもイザベラもにこにこしていて、部屋全体になごやかなムードが満ちる。その雰囲気と始めての買い物に満足して、私も胸が温かくなったのだった。