女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

 色々と心配な点はあるものの、今日はイザベラとのお茶会当日だ。廊下で耳にしたあの陰湿な会話を思い出し、あんな人達よりも私の方が絶対イザベラと仲良くなれると、彼女と友人になりたいという気持ちは強くなっていた。そのためにも、今日は絶対に失敗できない。私はいつも以上に華やかなドレスを選び、丁寧に髪を整えて着飾った。
 ドレスはナンニー二侯爵家を象徴するアイリスに似た、青みがかった紫色。露出は控えめでおしとやかなデザインで、動きに合わせて揺れるドレープが美しい。濃い紫色のストールも上に軽く羽織ってある。髪型はゆるい編み込みにして、白い小花を散らしてある。毛先は青紫のリボンで留めた。改めて鏡に映る自分を見ると、リリアンナの外見にもよく似合う色合いだ。

 その時、ノックの音とともに声が響いた。返事をすると、ドアを開けてシヴァが顔を出す。

「お嬢様、お客様が参りました」

「今行くわ」

 屋敷内でのシヴァは、完璧な仕立ての黒い執事服を身につけている。彼の美しい顔立ちと長い手足は、メイド服よりも執事服の方が遥かに映える。久しぶりの男性の姿は、あまりにも絵になる格好良さで、一瞬見とれてしまった。
 慌てて姿勢を正し、ドアへと向かう。

「今日も似合ってる」

 すれ違いざま耳元で言われた言葉に、私はぎゅっと心臓を掴まれたような気がした。びっくりして囁かれた方の耳を押えつつ先を急ぐ。イザベラと会う前に、頬の赤みが引くことを祈らないと。そんなことを考えていたら、緊張感なんてどこかへ行ってしまった。全く、これを作戦でやっているなら、シヴァは天才だ。
 客間に行くと、イザベラがすぐに立ち上がって、優雅な角度でお辞儀をした。彼女もまた、控えめながらも上質なドレスで完璧に着飾っている。
 ドレスは淡いピンクにバラの刺繍がされている。黒地のレースも首元や胸元を覆い隠していて、可愛らしくもほどよく色気を足したデザインがイザベラによく似合っていた。蜂蜜色の髪は今日はアップで纏めてある。黒真珠が使われた髪飾りに、ピンクのリボンがドレスとよく合っている。

「今日はお招き下さり感謝します」

「こちらこそ、来てくれてありがとうございます。私の部屋へ案内しますわ。お話はそこで」

 私は出入り口で待機していたシヴァの横を通り、廊下を移動した。私の私室は、薔薇色と白を基調とした調度品と、女の子らしいぬいぐるみで飾り付けられている。シヴァ達が準備してくれたのか、中央のテーブルにはすでに紅茶もお菓子も並べられていた。イザベラを窓際の椅子に案内して座らせると、私も向かいに座る。
 シヴァは、繊細な陶器のティーセットを運び入れ、静かに紅茶を注ぐ。紅茶が二人分揃うと、優雅な礼をして彼は部屋を出て行った。残された私達は少しの間、紅茶の香りを楽しみ用意された茶菓子を嗜む。チョコレートが多いのは、最近のバルバラの好みのせいだろう。一つ口に入れるとベリーソースの酸味が口の中に広がる。程よい甘さと酸味を温かい紅茶で流し込むと、気分が落ち着いた。
 イザベラはティーカップを置くと、明るい笑顔で話しかけてくる。

「それで、相談とは?」

 いよいよ本題だ。私はシヴァと考えた口実を、努めて自然な声で口にした。

「実は、日頃の感謝に、お父様や従者達に何かプレゼントを渡したいと思っていまして。でも私、今まで自分で宝飾品を選んだことが無くて、誰か詳しい人を探していたんです」

 この言い訳なら、お父様だけでなく従者全員分という名目で、時間をかけて相談に乗ってもらえるはずだ。反応を伺っていると、イザベラはすぐに目を輝かせた。表情が楽しさとプロ意識が満ちたものに変わる。

「相談相手に選んで下さり光栄ですわ。好みの色やモチーフと、首飾りやカフスボタンなど、どのような用途が良いか。それに、価格帯も教えて頂ければ絞れると思います」

 さっそくイザベラは前のめりになり、快活に楽しそうに話し始めた。どうやら彼女はこの相談に乗り機になってくれたらしい。

「まずはお父様の物から決めたいと思っていて……やっぱり、男の方が身近に使える物の方が良いとは思うのだけれど、よく知りません。色は薔薇色に近いもので、モチーフは実物を見てから考えたいんです」

 どうせだからと、自分なりに真剣にプレゼントについては考えてみたつもりだ。イザベラは私の言葉を聞きながら真剣な眼差しで頷いた。

「男性ですと、指輪やカフスボタン、ブローチやタイピンがおすすめですわ。薔薇色の宝石でしたらロードナイトがおススメですわね」

 彼女は流れるように、専門的な知識を披露し始める。

「でも、高位貴族に贈れるほどの透明度と高品質を誇るロードナイトは希少ですの。似た色でルビーもよろしいかと」

 彼女はティーカップに手を伸ばし一口紅茶を飲むと、さらに話を続けた。

「モンリーズ公でしたら、価格は高くても構いませんわよね? ロードナイトとルビーを扱っている高級店は……」

 その情報量の多さと話の展開の速さに、私は圧倒されてしまう。

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 私の声に、イザベラは驚き話が止まる。

「情報が多すぎて……何か書き留めるものを持ってきても良いですか?」

 私は興奮と焦りを隠しきれずに尋ねた。私が指さした壁際の文机を見ると、イザベラは快活な笑顔に戻る。

「ええ、もちろん。どうせだったら、商人を呼んだ時にご一緒させて頂くか、店に直接見に行くのも良いですわ。宝飾品の魅力は、直接見ないと分かりませんもの」

 その手があった!と、私は今更思いつく。彼女の外出好きという情報を得ていたのに、なぜ最初からその発想に至らなかったのか。これなら、一緒に外出できる。その方がもっと色々な話ができるはずだ。

「……あ、あの、イザベラ嬢」

「はい」

 イザベラは、私の一言一言を逃さないように視線をまっすぐ向けている。杜若色のぱっちりした瞳が私を射抜く。

「もし宜しければ、次回は一緒にショッピングに行ってもらっても大丈夫ですか?」

「ええ、もちろん! お任せくださいませ」

 緊張で手に汗をにじませていた私に対し、彼女は明るい笑顔で力強く応じてくれた。次回の約束ができたことに、私はほっと胸を撫で下ろす。やった! 約束できちゃった! 心の内でガッツポーズを決めて、私は文机へと向かった。ペンと紙を持ってくると、改めて彼女の話を聞く。たった二時間の触れ合いではあったものの、私は凄い充実感を覚えていた。イザベラも同じなのか、楽しそうに笑いながら帰りの馬車に乗った。





***





「……ねえ、シヴァ。イザベラって、なんで影で酷いことを言われてるのかな」

 イザベラは本当にいい子だった。貴女、本当に悪役令嬢だった人ですか? と聞いてみたいくらいだ。確かにあの言動や意志の強さはゲーム内のものに似ていたが、悪役令嬢と評され周囲から遠巻きに見られていたイメージとは全然違う。
 部屋着に着替えた私は、ティーセットを片付けるシヴァの横でソファーにもたれかかりながら尋ねた。私室の薔薇色の光が、昼間の興奮を落ち着かせてくれる。

「私のためにって色々教えてくれてね。私、ああいう人好きよ」

 私は今日、イザベラと打ち解けられたことへの喜びを改めて噛みしめていた。

「学園ではあまり接してなくて分からなかったけど、話してみたら本当に良い人だった。本当に私は、イザベラとお友達になりたいなって思ったの」

 シヴァは繊細な陶器のカップを音を立てずにカートに並べながら、静かに答える。

「……社交界の影響だろうな」

 彼の言葉には、影から貴族の世を見てきた者の冷静な評価が含まれていた。

「本来社交界は王族や高位貴族の女性が取りまとめている。だが、今オレ達の世代でそういったことを担う人間はいない」

 少し年上の他の公爵家の娘は既に他国に嫁いだらしいし、王家に娘はいない。王子達の婚約者である私が本来ならば担うはずだったが、魅了のことやソプレス王国の件もあって社交界に出るのが遅れた。
 一般的に社交界に出るのは、学園入学の前後。入学前に社交界に出るのは、余程娘の素養に自信があるか、何か理由がある時くらいだ。婚約者も決まっていない子女は、素養がしっかりしていると他家に見せつけるために、あえて入学前に社交界デビューすることが多い。私が急がなくても良いのは、アレクサンドとの婚約が既に決まっていたというのも理由にある。マルグリータも体調のことがあって、まだあまり表に出ていない。レオナルドも彼女を大切にしたいからか、入学前に慌てて社交界デビューをさせる気はないようだ。王族、公爵家共に誰もいなければ、代わりになるのは侯爵家ということになる。

「他にも侯爵家はあるが、今一番力を付けているのがナンニーニ家。王族も公爵家も他の侯爵家も差し置いて、社交界を牛耳っていると思われているから周囲からの風当たりも強い」

 シヴァの言葉は、私の知っているゲームの設定ではなく、この現実の貴族社会の構造を説明していた。ゲームでは語られなかった、現実の社交界の話だ。

「私やマルグリータが社交界に出るようになれば、権力を持つのは私達。イザベラが強く出られるのも数年の間だとしたら、私達に迎合するためにあえてナンニー二家と敵対しておいても良い、というわけね」

「まあ、表立ってそれをするようなバカはいないだろうけどな」

 私は、ふと1つの可能性に思い至り頭を上げた。

「……シヴァ、私が今から社交界デビューするのは」

「不自然すぎるからやめておけ」

 私の言葉の途中で、シヴァはすぐに止めに入った。学園生活中に社交界デビューするのはおかしい。というか、そんなことする人は余程の訳ありだ。
 やっぱりそうだよね……と思い直し、再び頭をソファーに預ける。

「後は、本人の性格もあるんじゃないか?」

 シヴァは何かを思い出すように、視線を上へ向けた。そんな状況でも、手元は正確に動いている。

「性格?」

「ああ。調べた時に知ったことだが、ナンニーニ嬢はどうも正直すぎる」

 シヴァはカートにティーセットを全て置くと、最後にテーブルを綺麗に拭きあげた。その仕草は丁寧で、まるで彼が拭いているのがテーブルではなく、イザベラの名誉であるかのように。

「正義感が強いのは利点だが、貴族界だと嫌われやすいだろうな。影で何かやってたり、脛に傷があるやつは多いだろうから」

 その言葉に、私は改めて貴族社会の冷たさを思い知る。少しだけ寒気を感じ、抱きしめていたクッションをより強く抱きしめた。