女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

 それからの日々は、大きくは変わらなかった。

 毎日の王妃教育と、魔法の練習。交流のためにマルグリータに会いに行けば、レオナルドもいる。
 シヴァも変わらず屋敷内での訓練に明け暮れ、私が外出する際にはメイドに扮してついて来てくれる。私達の距離は、今までとは変わらない。ソプレス王国の件で弱っていた彼も、精神的に安定してきたらしい。今では体調を崩すこともないし、元気そうだ。
 学園の休暇中にはアレクサンドと会って話をして、定期的に人を送って調査を進めている旧ソプレス王国について話をした。私達の間には、やはり友情程度の関係性しかない。私の報告を、いつもアレクサンドは静かに聞いている。

「そういえば、リヒハイム王国は裏切り者だと言われたんです」

 男の子に言われたことをふと思い出し、私は雑談の片手間に話題に出した。

「私が習ったのは、リヒハイム王国は支援をできなかったことだけ。それって、裏切りといえば裏切りに感じるんでしょうが、そこまで言われてしまうのは辛いですよね」

「そうだね。でも、民心なんてそんなものかもしれないよ。最善を尽くそうとしても、恨む人間は必ずいる」

 アレクサンドの表情は崩れていない。これが、達観した次期国王の器と言うやつなんだろうか。元々一般市民でしかなかった私には、ちょっと理解しがたい。

「……えっと、学園生活はどうですか?」

 気まずくなって私は話題を変えた。

「特に普段と変わらないかな。まあ、来月には君たちが入学してくるから、その準備に追われているけど」

 そう、来月にはとうとう私はゲームの舞台であった学園に入学するのだ。本編開始は二年生の時とはいえ、画面内で見ただけの校舎を見れたり、メインキャラクター達と会えたりするのは緊張する。

「大変そうですね」

「側近候補も手伝ってくれているから、まあなんとかなってるよ」

 この側近候補こそ、ゲーム内での攻略対象達だ。アレクサンドと同じ学年で、騎士になるステファン。私と同学年で、来月入学する第二王子のレオナルド。三人目は学年が下なので、入学はまだになるだろう。

「そうですか……入学式、楽しみにしていますね!」

「うん。まあ、期待しててよ」

 そんな会話をしつつ、日々はあっという間に過ぎていき。気付けば、入学式当日になっていた。





***





 季節は春。桜の花が綺麗に咲いた晴天の中で入学式は行われた。会場は広い講堂で、職員を含めた全員が集まっている。
 生徒は全員が貴族の子息子女。彼ら彼女らの従者も一人は連れて来ることが可能で、休み時間や空き時間に給仕を行うことになっている。彼らは今、別室待機となっているが、その人数も考えると学園には相当な人数がいるのだろう。
 入学式の会場に私はいるが、従者としてやって来たシヴァは別室待機。私やルネ、お父様などの公爵家の面々以外の人とほとんど関わりがなかった彼が、他の従者達と仲良くなれているかは分からない。後で聞いてみよう。
 そんなことを考えていると、式はどんどん進んでいく。この学園に生徒会は存在しないが、似たような物ならある。貴族の縮図となっている学園内では、その時最も位の高い人物が学園を仕切ることになっている。今はもちろん、第一王子のアレクサンドだ。
 彼が代表者として立ち、進行を務めていく。その様子は正しく、ゲームで見たオープニングそのままだ。

「有意義な学園生活が送れるよう祈っています」

 アレクサンドのその言葉で、式は締めくくられた。感動で胸がいっぱいで、今すぐシヴァに色々話したくてたまらない。私は誰よりも早く席を立つと、会場を後にした。

 講堂を出た広場には、たくさんの従者が待機していた。私よりも出入り口に近かった生徒もちらほらいるので、広場は人混みで溢れている。
 一通り見渡すと、私は離れた庭園の出入り口に目を留めた。恐らく爵位順が上の貴族の従者ほど、講堂に近い場所にいるのだろう。でも、そこにいないならシヴァは人気のない場所を好むはずだ。
 人混みをかき分けて庭園の出入り口に着くと、すぐ近くの木の下にシヴァが立っていた。男性とは思えない、綺麗な立ち姿。モンリーズ公爵家の薔薇色を基調としたメイド服がよく似合っている。
 黒髪をなびかせながら、私に気付いたのかこちらを向く。先程まで眺めていた空とよく似た色の瞳と、目が合った。

「お待たせ、シヴァ」

「お待ちしておりました。お嬢様」

 はたから見たら、私達は普通の貴族令嬢と従者でしかない。駆け寄りたい衝動を抑えて、私は何度もレッスンした優雅な歩みを披露する。

「式はどうでしたか?」

「本当に素敵だったわ。せっかくだから、学園内を見学しながらお話しましょうよ」

 人前だから、手は繋げない。私が歩き出すと、シヴァは静かに歩幅を合わせて着いてくる。すぐ横で私の言葉に耳を傾けてくれるこの距離が、今はなんだかくすぐったかった。



 一通り見て回り、講堂まで戻ってきてしまった。入学式が終わってしばらく経つので、もうほとんどの人が学園の外へ出てしまっている中、出入り口に人が集まっている。
 よく見てみると、それは見知った人々だった。彼らの中心にアレクサンドがいるのを見て、挨拶でもしなければと私は駆け寄った。

「アレク様、お疲れ様でした」

「リリアンナ嬢、君もお疲れ様」

 駆け寄ると、傍にいた人々が一斉に私へ礼をしてくる。第一王子の婚約者の前だから、こうなってしまうのか。ちょっとびっくりして一歩引くと、すぐにアレクサンドが手でみんなを制した。彼らは一斉に顔を上げる。
 頭を上げたのはステファンと、その婚約者のロミーナだった。ロミーナとは、顔を合わせるのは始めてだ。まん丸のアプリコットのような目と視線が合うと、彼女はにっこり微笑んでくれる。ゲーム画面で見た通り、ふわふわの赤茶色の髪がよく似合う。アマトリアン辺境伯夫妻から引き継いだ目や髪の色だが、彼らと違ってロミーナ自身は大人しくて優しそうな雰囲気。仲良くなれそう。
 彼らの従者も後ろに控えていて、なんだか人口密度が高い。

「ちょうど紹介と顔合わせをしようと、探しに行くところだったんだ。入学式の後、話しかける間もなく外に出るから驚いたよ」

「姉上! 探しに行ってきて欲しいと頼まれたところだったので、ちょうど良かったです」

 アレクサンドの横にいたレオナルドがひょっこり顔を出す。マルグリータは1つ年下なので、まだ入学していない。今はレオナルド1人のようだ。相変わらず姉上と呼んでくるが、もうスルーすることにした。

「私の側近候補達に当たるから、これから交流することも増えると思ってね。まずは、ご存じの通り第二王子のレオナルド」

 アレクサンドに紹介されて、レオナルドは明るい笑みを返してくれた。本当に、女好きのナンパ師に成長しないで良かったと思う。

「それから、ステファン・サンスリード公爵子息。将来は騎士団に入る予定だ」

「よろしくお願い致します」

 凛々しく成長したステファンはアレクサンドよりも背が高い。体つきはがっしりしているが、表情が変わらずもの静かな雰囲気で威圧感はない。ゲームでもクーデレだと騒がれていたっけ、と微かな記憶を呼び起こす。
 彼の綺麗な礼に頷き返していると、次はロミーナが示される。

「彼女がステファンの婚約者のロミーナ・アマトリアン嬢。ご存じの通り、辺境伯夫妻の娘だよ。君の活動とも関わりがあるし、一学年上だから頼りになると思う」

「リリアンナ様、困ったことがあればなんでも聞いて下さいネ」

 少し片言なのか、特に語尾の発音に違和感を覚える。彼女の発音を聞いて思い出したのか、慌ててアレクサンドは補足説明してくれた。

「彼女は、幼少期にライハラ連合国で過ごしていてね。リヒハイムは第二言語にあたるんだよ」

「二か国語喋れますのデ、語学の練習にも付き合えますヨ」

 バイリンガルの帰国子女。凄い。
 三人を紹介し終えて、最後にアレクサンドは少し離れて立つ一人の少年に向き合った。
 メガネの奥から深緑色の目が光る。彼は灰色がかった深い青緑色の長い髪をゆるく束ね、肩に下ろしていた。顔立ちは他の面々に劣るかもしれないが、垂れ目が印象的で優しそうな顔をしている。
 彼は、誰だろうか。ゲーム内の側近候補に、彼は存在しなかった。モブだとしても、側近候補なら存在くらいは匂わされていたはずだが、全く覚えがない。シヴァ目当てにアレクサンドを何度も攻略した私が、彼の存在に気付かないわけがないだろう。
 全く見たことの無い存在は異質で、自分の顔が強張っていないか心配になる。

「彼は、新入生の中でも最優秀者として立っていた人だよ。入学式で前に出ていた」

 言われてみて、そんな人がいたことを思い出す。私の表情が緩んだことに気付いたのか、彼は一歩前に出て優雅な礼を披露してくれた。顔を上げる際にスカイブルーの瞳と目が合う。

「ヤコブ・ヘルトル男爵子息です。どうぞお見知りおきを。リリアンナ・モンリーズ公爵令嬢」