女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

 ガタゴトと馬車が揺れる。普段は私とシヴァで乗ることが多く車内は明るい雰囲気包まれていたが、今は暗い。

「シルヴィオ、姿勢が崩れています。足を閉じて」

「はい」

「お嬢様、貿易港は頭に入りましたか?」

「……た、たぶん」

 旧ソプレス王国への道中。馬車には私とシヴァ、そしてルネが乗っていた。彼女は道中でも王妃教育を継続しようと、たくさんの本を持ち込んでいた。シヴァに対しても、メイドとしての立ち振る舞いや女性らしい仕草を仕込んでくる。
 到着まで約一週間。シヴァの気を晴らすためにも、楽しいバカンスにしようと思っていたのに。そんな上手くはいかなかった。こんな教育漬けになるだなんて……

「お嬢様、貿易港の名前だけでなく地図で場所も把握して下さい。特にここは地形が入り組んでいて……」

「あの……ルネ、さん? もう少しゆっくり楽しくいきません?」

「却下です。お嬢様の社交デビューはまだ。その状態での初の慈善事業です。辺境伯を相手に、不備があってはいけませんので」

「そうですよね……」

「シルヴィオも女装が染みつかないと。正体がバレては、お嬢様と一緒にいられませんよ」

「はい」

 うーん……なんでこうなった?
 勉強に集中しているためか、シヴァの顔色は良い。ルネもいることだし、2人でしっかり様子を見てあげなければと、私は心に決めていた。



 旧ソプレス王国は、リヒハイム王国と山1つを挟んで隣接する小さな国だった。リヒハイム王国のアマトリアン伯爵領が国境の要を担っていたが、ソプレス王国が滅んだことで、その地域も伯爵領ということになっている。国1つを取り込めば治める土地は広く、至らない所も多くなる。後々、別の者に管理させようとしているようだが、その者はいまだ見つかっていない。
 馬車が着いたのはアマトリアン辺境伯邸だった。ここから実際に旧ソプレス王国へ行くまで、山を越えて半日はかかる。だから休憩地点として一度ここで滞在し、アマトリアン辺境伯へ顔出ししておくのだ。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 辺境伯はさすが国境だったこともあり、大きな塀に囲まれた城塞のような場所だ。門の開閉のたびに大きな柵が上下し、激しい音を立てている。対して内装は美しく、王都の屋敷と遜色ないほど。一通り見回すと天井も高く、石壁も丁寧に掃除されている。
 最初に通されたのは、客間だった。私とルネに、それぞれ寝室が与えられている。シヴァはルネの親戚と言うことになっていたので、ルネと同室だ。他の護衛や従者達には、従者用の部屋が割り当てられていた。
 急な申し出だったとはいえ、よくここまで準備したものだ。本当に凄い。

「荷ほどきは終わったか?」

 ドアをノックして入ってきたのはシヴァだった。メイドさん達がてきぱきと済ませてしまって、私は部屋着でくつろいでいるところだった。
 ここではシヴァはルネの親戚の少女と言う扱いなので、服装はシンプルなドレスになっている。紺色でレースやフリルも控えめののドレスがよく似合っている。

「うん。ルネは?」

「辺境伯と会談中。リリーは夕食の席で挨拶すればいいって」

 不意に名前を呼ばれるたびに、ドキッとしてしまう。自然に呼んでくれるようにはなったけれど、たまにしかそんな機会は無いのでびっくりしてしまう。女装中、人前では「お嬢様」呼びだしね。
 今の所はやることもないので、シヴァを席に案内した。テーブルには軽食と紅茶が並んでいる。私がお茶を注ごうとすると、素早くシヴァがそれを奪って自分で紅茶を入れた。

「私が入れてみたかったのに」

「初心者で人に振舞うなよ。練習しろ」

 何度も見ているからできると思ったが、シヴァは甘くない。唇を尖らせて拗ねて見せると、私はカップに口を付けた。
 彼の様子はいつも通り。今は大丈夫そうだ。顔色も悪くない。道中は大変だったけど、ルネが来てくれて良かったかもしれない。夜も誰かがシヴァの傍にいてくれるんだから。

「シヴァの体調は大丈夫?」

「特に問題ない」

 シヴァも紅茶を飲みながら静かに答える。用意された茶菓子はチョコレートとベリーのムースだ。ベリーのものを渡すと、すぐに彼はスプーンで掬って食べた。口角が緩むのが見ていると分かる。見た目にそぐわず、甘味が好きなのが可愛らしい。

「シヴァが元気そうで良かった」

 頬杖をついて笑みをこぼすと、シヴァはちらりと私を見てすぐに視線を落とした。

「今は、説明できなくて悪い。ただ……」

「うん」

「心底、嫌いなやつがいるんだ。思い出すだけで気分が悪くなるし、もう二度と会いたくないほどに」

「うん」

 話しながら顔色が悪くなるシヴァ。心配ではあるけど、彼なりに私に伝えようとしてくれているのだ。
 彼の過去について、今まで説明されたことは無い。ゲーム設定で知っていること程度。だから、過去の嫌なこと、トラウマと向き合って、私に話そうとしてくれる姿勢が素直に嬉しかった。それを全部受け止めようと、最小限の言葉に留める。

「でも、あいつはきっとオレを探してる。昔からずっと、オレをまた連れて行こうとしてる。ルネさんも、この格好なら見つからないだろうって言ってくれてる。でも」

「うん、心配ね。不安よね」

 私はフォークを持ったまま小さく震える彼の手を握り締める。驚いたようにこちらを見る彼と、ようやく目が合った。

「大丈夫。シヴァが連れていかれても、私がきっと見つけるからね」

 安心させるように微笑みかけると、シヴァは照れたようにそっぽを向いた。

「……ソプレス王国のことは、ずっと心配だったんだ」

 急な独白に、私は顔を上げる。

「オレの故郷だったし、本当は……俺がなんとかしなくちゃいけなかったはずだから」

 責任感のあるその言葉の意味が、私にはよく分からない。でも、シヴァにとっては重要なのだろう。

「だから、今回のことには感謝してる……ありがとう」

 一通り言いたいことが言えたのか、シヴァは黙ってしまう。顔色が徐々に良くなってきて、指先にも温かみが戻ったのが分かる。彼の言葉を受け止めて、私は再び力強く彼の手を握った。





***





 夕食の席に招かれ、私はドレスに着替えると案内された部屋へ向かった。広い食堂には、上座にアマトリアン伯爵とその妻が座っている。彼女の正面が、客人で最も爵位の高い私。隣にルネ、シヴァが続く。

「急な申し出にもかかわらず、お招きありがとうございます」

「いえいえ。さすがモンリーズ家のご令嬢だ。外見も仕草も洗練されている」

 アマトリアン伯爵は機嫌良さそうに笑った。夫人も後ろで微笑んでいる。用意された席に座ると、食事が用意された。しっかり準備したのか、食事は豪勢で贅沢だ。時期に合わない果物まであるので、特別に栽培でもしているのかもしれない。
 食事に口を付けつつ、私は彼らを観察した。
 アマトリアン辺境伯。それは、ゲームに出てくるステファン攻略の際の悪役令嬢、ロミーナ・アマトリアンの家だ。ロミーナ本人はここにはいない。彼女はアレクサンドと同い年のはず。もう学園生活が始まっており、寮住まいでもしているのだろう。
 昔行った婚約発表の場に、ステファンは来ていたので知っている。黒髪に赤い目の、騎士団長の息子だ。ロミーナは遠方だったためか、来ていなかった。

 ロミーナ・アマトリアン。辺境伯の娘で、幼少期は外国暮らしだったためこの国の言語は片言な帰国子女。ステファンとは婚約者同士だが、折り合いが悪かった。しかし、ゲームのヒロインとステファンが親密になろうとすると、しっかり邪魔をしてくる。攻略難易度はそこまで低くない……と、親友の優子ちゃんが教えてくれていた。私自身は攻略していないので、ビジュアルくらいしかよく知らない。
 確か、ふわふわの赤茶色の髪にまん丸のアプリコット色の瞳。目元に涙黒子のある、可愛らしくも色っぽい女の子だった。アマトリアン伯爵は癖のある赤茶色の髪。夫人はアプリコット色の垂れ目。しっかり二人の遺伝子を受け継いでいるのが分かる。
 ちょっと会ってみたいな、と思いつつも来年には同じ学園に通うから会えるはずだと、心の奥にしまい込んだ。

「旧ソプレス王国の地区ですが、治安が良くありません。公爵令嬢が行くのは危険でしょうから、こちらでもしっかり護衛を付けます」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 アマトリアン伯爵の言葉に、私は頷く。隣で静かにしていたルネが口を開いた。

「よろしければ、お嬢様にも地区の現状と運営方針をお教え願えますか?」

「まだお若いのにこんなことを言うのは心苦しいですが……いいでしょう」

 辺境伯は苦々しそうに説明してくれた。
 現在、地区は親ソプレス王国派の者が多く、リヒハイム王国からの人間を忌避しているらしい。それはちょっとした態度だけでなく、実際に暴力沙汰になることも多く、警備隊や兵が出動することも度々。危なくて、アマトリアン伯爵や夫人はその地区には近付いてもいないそうだ。
 そうしてどんどん閉鎖的になった結果、物資が途絶えて貧困が蔓延。周辺の地域や首都に出てしまう人間も増えている。人が減ったら産業は立ちいかなくなる。そんな悪循環が続いているらしい。

「お恥ずかしい話ですが、本当に扱いに困っておりまして……困ったやつらですよ」

 そんな伯爵の言葉に、シヴァが俯いたのが分かった。悔しそうに下唇を嚙んでいるのが分かる。今すぐ駆け寄って手を握ってあげたくても、そんなことはできない。私が歯がゆく思っていると、ルネがそっとテーブルの下でシヴァの手に触れた。少し驚いた様子でシヴァが顔を上げる。ちらりと横目でシヴァを見ると、ルネは小さく微笑んだ。

「つまり、結局は何もできていないんですよね?」

「え? はあ……まあ、そうですね」

 ルネに確信を突かれて伯爵は戸惑う。彼女の発言に、慌てて私も声を上げた。

「そのために私達は来たのです! 小さなことでも、何でもいいのです。力にならせて下さい」

 伯爵はハンカチで冷や汗を拭いながら笑う。夫人も気を取り直したようにワインに口を付けた。

「期待しておりますわ。ただ、身の安全だけはご注意を」

 そんな夫人の言葉に、私は力強く頷いた。
 婚約解消のためだけじゃない。シヴァのためにも、旧ソプレス王国を救いたいと心に誓った。