女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

 さすがに王家の力は絶大で、他家の健康事情など普通なら話してはもらえないはずだったところを、レオナルドだけならと話してくれることになったようだ。私は客間で待ちぼうけ。

「これで上手くいくと良いんだけど」

「あそこまでされて理解できずに閉じ込めるようなら終わってるな」

 初対面の態度にまだ恨みがあるのか、シヴァの言葉は辛辣だ。一緒に座ることは出来ないが、すぐ傍にいてくれるのだから安心感がある。

「それはそうだけど、分からなくもないんじゃない? ほら、例えば私もマルグリータ様みたいに病弱だったら、シヴァも心配で外に出したくないんじゃないの?」

「そんなことねぇよ」

 周囲に誰もいない個室の状況だからか、私達の会話はいつも通りフランクだ。冗談交じりに尋ねた私の言葉を、シヴァは真っ向から否定する。

「外に出たいのが願いなら、抱きかかえてでも叶えるために奔走するのが男ってもんだろ」

 仰ぎ見るとその表情は真っすぐで、メイド服を着て女装をしているはずなのに凛々しくかっこよく見える。何よりその言葉が嬉しくて、私は笑ってしまった。

「それじゃ、私が病気でも外に出たいって言ったら、シヴァにお姫様抱っこしてもらおうっと」

「お姫様だっこ?」

「絵本にあったみたいな、王子様がお姫様を抱えてるやつだよ」

 イメージを伝えたくて手を動かすも説明しにくい。とうとう私は立ち上がって、シヴァに指示を始めた。両手をシヴァの首に絡ませると、背中と太ももを支えて持ち上げるよう頼む。さすが力がある彼は、事も無げに軽々と私を抱き上げてしまった。

「そうそう! こんな感じで抱っこしてもらうのが……」

 そこでようやくシヴァと目が合い、今自分がされていることを理解した。全身がシヴァに包まれていて、がっちり密着している。腕を絡めているせいでシヴァの顔との距離が近く、彼の吐息がかかりそうなほどだ。間近に迫った顔はやっぱり綺麗で、呆然と見つめる私に視線を向けた彼とばっちり目が合った。恥ずかしさに頬が赤くなったのが分かる。こんな状況で、後はどうすれば良いのか。私の思考は完全に固まってしまった。



「何してるんだ?」



 突然ドアが開き、レオナルドが顔を出すと訝し気に私達を見て首を傾げた。さすがにこんなこと人前で出来ず、すぐに私はシヴァから体を離す。

「こ、こんな風に抱いてもらえば、マルグリータ様もレオナルド殿下と外に出られるんじゃないかとシミュレーションを……!」

「? そうか。いざとなったらそうしよう」

 顔の赤みを誤魔化すために扇で仰ぐ。ちらりとシヴァを横目で見ると、そっぽを向いてしまっていた。流石に恥ずかしかったのか、その耳は赤く染まっている。

「それで、どうでしたか? 医師のお話は」

「ああ、それなんだが」

 レオナルドの表情は心なしか明るい。何やら良い話のようで安心して、私はほっと胸を撫で下ろした。
 話を聞くに、元々マルグリータは未熟児で呼吸器系の病気も併発していたらしい。長くはないと思われたが、成長するうちに徐々に体も丈夫になってきたのか一般的な子供と大差ないまでに健康になってきている。まだ免疫が人よりも弱く風邪や病気になりやすいものの、元々あった呼吸器系の病気は近年開発された薬の助けもありほとんど完治に近い状態だった。ちゃんと元気になってきており、無茶をしなければ外出も問題はない。
 そう聞かされたと、レオナルドは嬉しそうに語った。その言葉に私も安堵する。

「リタが大丈夫というのは、本当だったんだな。なんだか今までが馬鹿みたいだ」

「分かったら、マルグリータ様とは仲直りしませんと」

「そうだった……」

 昨日の様子を思い出したのか、一気にレオナルドの表情が暗くなる。落差が激しく感情表現豊かな様子に思わず笑ってしまう。兄であるアレクサンドは常に微笑しているからか、ここまで表情豊かではない。こんなに素直に感情表現できるのは弟だからだろうか。前世も今も一人っ子の私には分からないものだ。

「昨日マルグリータ様とお話ししましたが、そんなに怒っているわけではありませんでしたわ」

 そう声をかけると、落ち込んで頭を抱えていたレオナルドが顔を上げる。希望を込めた目で見つめられて私は慰めるように笑顔を作った。

「むしろあんなことをして、殿下と婚約解消されてもおかしくないと落ち込んでいました」

「そんなこと、するわけないだろ!」

 反射的に叫んで拳をテーブルに叩きつけた彼は、すぐにいそいそと拳を仕舞う。反省したとはいえ、怒りっぽいし感情が出やすいのは元からのようだ。

「しかし、今更どう謝れば……」

 うんうんと悩み考える彼に、私は助け舟を出す。

「ご安心ください、レオナルド殿下」

 私には昨日マルグリータと取り付けた約束がある。

『わたくし、絶対その日までに元気になってみせますわ』

 熱で赤くなった頬、潤んだ瞳を瞬かせて私の手を取りながら、彼女はそう言ったのだ。大丈夫よ、マルグリータ。私が二人の縁を繋ぎ直してあげるんだから!

「仲直りするために、マルグリータ様と外出する約束を既に取り付けてありますわ」

 力強く言うと、俯いていた顔を上げてレオナルドが私を見た。期待のこもった眼差しが私を射抜く。

「姉上……」

 確かに私はあなたのお兄様の婚約者になりましたが、あなたとは同い年だったはずですけど?
 突然の言葉に驚き内心つっこむも、今否定している暇はない。後ろのシヴァがツボに入ったのか背中を向けて笑っている気がするが、気にしない。期待された視線を受けて、私は力強く頷いた。



***



 それから三日後。
 体調を確認するとすっかりマルグリータも良くなったらしく、お忍びで街に行くことが決まった。商人の娘のような、動きやすい服装で私は約束していた王都の噴水広場に向かう。付き添いはやはりシヴァで、相変わらず女装している。今日は着ているのはワインレッドのシンプルなワンピース。一応帽子も被り、人目につかないよう配慮した。遠目からは分からないかもしれないが、類まれな美少女が二人並んでいるのだから気を付けないと目立ってしまう。
 噴水に腰かけていたマルグリータは、私の姿を見てぱっと表情を明るくした。

「リリアンナ様!」

 傍には護衛と思われる男が一人、侍女も一人控えている。遠くから見守ろうともしないとは、さすがの過保護ぶりだ。

「お早いのですね。まだ時間では無いはずですが」

「待ちきれなくて」

 約束の時間までまだ30分はある。二人がちゃんと合流できるようにと早めに来たつもりなのに、予想以上にマルグリータの到着は早い。可愛らしくはにかむ姿に癒される。
 彼女も私と同じく豪商の娘のような動きやすい服を着ていた。丈の短い落ち着いた茶色のワンピースから、編み上げブーツが覗いている。この前見たアップルグリーンのリボンで髪を束ねており、より動きやすそうな印象を受ける。姿はただの娘でも、見る人が見ればそれらの生地が最高級品であることが分かってしまうだろう。
 それは私も同じで、見た目よりも高級な生地に身を包んでいた。説明はしたはずだが、お父様の過保護が働いた結果だ。似たような境遇に安心し、そのまま噴水の縁に座り私達は雑談を楽しんだ。



 約束の時間まで後10分と言う頃になり、ふと視線を感じて私は顔を上げた。視線の方を見ると、路地からレオナルドが顔を覗かせている。いつもよりもシンプルな服を着ているが、あの美貌と存在感を隠せるわけがない。
 何をしているんだ、早く来なさいと目くばせすると、オロオロしながら彼はこちらに近付いてきた。背中に何か隠しているが、花弁が零れているのを見てすぐにそれが花束だと察する。

「リリアンナ様?」

 マルグリータは私に隠れてレオナルドがよく見えないらしい。首を傾げる彼女に、私は立ち上がって二人の間を邪魔しないよう移動した。
 レオナルドは覚悟を決めたように真剣な顔をしてマルグリータの前まで歩み寄る。その姿に彼女は目を丸くした。慌てて立ち上がると、彼女はレオナルドに駆け寄る。

「あのっ、殿下。わたくし、この前は」

 一生懸命伝えようと慌てている彼女に対し、レオナルドはぎゅっと目をつぶる。

「リタ!」

 そして、持っていた花束を彼女に差し出した。薔薇を中心とした花束には、彼女の髪と瞳の色をイメージした青や白の小花が散らされている。飾られたリボンはレオナルドの瞳と同じアップルグリーンで、どれだけ彼女を想って作ってもらったのかが理解できた。

「この前は、悪かった! ちゃんと君の意思を尊重すべきだった! すまない!」

 勢い任せに大声で謝罪をし、花束を掲げたまま頭を下げる。そんなに深く頭を下げているのがこの国の第二王子だなんて、周囲を歩く市民の皆様は想像がつかないだろう。
 しばらく間をおいていたが、恐る恐るマルグリータは花束に手を伸ばした。それを受け取り大事そうに抱えると、零れそうな青い瞳を瞬かせて嬉しそうに微笑む。手から花束が無くなったことに気付いて顔を上げたレオナルドは、真正面からその笑顔を目にして顔を赤くした。

「わたくしも、思わず手を出してしまい申し訳ありません。痕になってなかったようで、安心しました」

 そう言うと、そっと彼女はあの日叩いてしまったレオナルドの頬に手を添えた。

「花束も、本当にありがとうございます。リボン、また増えてしまいましたわね。これじゃ、使い切るのが大変ですわ」

 くすくすと笑うマルグリータは幸せそうだ。ずっと付けていたアップルグリーンのリボンは、きっと今まで贈り物をするたびに飾り付けに使われていたものなんだろう。それを大事に髪飾りに使っていたのだから、相思相愛と言って間違いではない。

「今度は二人でお出かけしましょうね」

「もちろんだ! リタ!」

 喜びが最高潮に達したのか、レオナルドはマルグリータを花束ごと抱きしめる。それに驚いた表情を見せると、彼女は顔を赤くした。幸せそうな光景に安堵し、拍手しそうになる。それは二人を見守っていた護衛の方々や何事かと様子を窺っていた周囲の一般市民も同様だったようで、なんなら遠くの人は実際に拍手をしていた。周囲のお祝いムードに感化されていると、ふと隣から声をかけられた。

「お嬢様」

 視線を隣のシヴァへと向ける。私がやりたかったこと、やろうとしていたこと。彼は全てを知っている。

「良かったですね」

 この光景を作り出すために奔走したことを誰よりも一番分かってくれている。そんな彼からそう言われて、笑みがこぼれた。レオナルドと抱き合うマルグリータも、幸せそうに笑っている。

「うん」

 そんな光景を見て、私もシヴァと手が繋ぎたくなった。