至上最幸の恋

 なんとなく、心が乱れている。
 筆致(ひっち)を見れば一目瞭然だ。筆を取ることで自分の状態が客観視できるのは、画家の特権かもしれない。

 理由は分かっていた。あの予期せぬ再会が、オレの感情を大きく揺さぶっている。この絵を描きはじめたときと、心持ちがまったく違っていた。

「どうしたもんか……」

 滅多に言わないひとり言が、ついつい口から出てしまう。そして部屋の中を歩き回り、またため息をつく。仕事を終えて帰宅してから2時間近く、この繰り返しだった。

「あなた。桂木さんから、お電話よ」

 ドア越しに、律が声をかけてきた。
 こんな時間に桂木さんが電話を寄越すなんて、珍しいな。

「あぁ、浅尾君。夜分にすまないね」
「いえ。どうかされましたか?」
「実はさっき、エリサさんが見えてね。君に渡してほしいと、コンサートのチケットを預かったんだよ」

 エリサには、住所と電話番号を教えたはずだ。それなのに直接連絡をしてこないのは、律に遠慮をしているからだろうか。

「エリサさんのソロリサイタルで、来週の日曜日14時から赤坂のホールであるそうだが……行けそうかな? あ、チケットは2枚あるよ」

 日曜日なら、仕事は休みだ。律も行くだろうか。いや、どうだろう。エリサのことは軽く話をしたが、あまり興味がなさそうな様子だった。