「そうなのですね! 私の実家は、目黒区の青葉台なんです」

 青葉台といえば、都内でも屈指の高級住宅街だ。なるほど、やはりそれなりの家柄か。
 立ち振る舞いには品があり、何不自由なく育ってきたことがうかがえる。そしてまるで陽だまりのような、天然の明るいオーラをまとっていた。

 きっと、オレとは正反対の道を歩んできたのだろう。だからこんなにも眩しく見える。
 胸の奥に芽生えた小さな闇を押し込み、光から目を逸らした。

「瑛士さんは、いつまでこちらにいらっしゃいますか?」
「特に決めてねぇけど、あと1週間はいる」

 また正直に答えてしまった。なんなんだよ、一体。この女は魔法でも使えるのか? まあ、使えそうな雰囲気ではある。魔女というか、妖精みたいだしな。

「それでしたら……その……明日、クッキーを焼いてきてもよろしいでしょうか?」

 先ほどまでの勢いはどうしたのか、もじもじとしながらエリサが言う。また明日も会えと言うのか。まさか、オレがウィーンを離れるまで、毎日会いたがるんじゃないだろうな。

 それなら、すぐにでもここを離れるべきか。いやしかし、それももったいない。まだ描きたい景色がある。せっかく来たのだから、存分に描きつくしておきたい。