至上最幸の恋

「それじゃあ、そろそろ失礼するよ」

 仕事が入っているらしく、磯崎は軽く手を挙げて去っていった。その背中を、黙って見送る。少し空気が軽くなったように感じた。

「瑛士さん。見せてくださって、ありがとうございます」

 閉じたスケッチブックを差し出しながら、エリサが微笑んだ。

「あのころと、同じですね」
「なにがだ?」
「いつも、スケッチブックを持ち歩かれているところ」

 屈託のない笑みが、胸の奥を静かに打つ。

 当時は描きたい衝動だけに突き動かされていて、未来も不安も、いまほど重くはなかった。
 3年前と比べて背負うものが増えた。確かに、そうなのかもしれない。だが、そのことを逃げ道にしていないか。

 やはり変わってしまったのは、オレのほうなのだろう。

「エリサさん。そろそろ、取材の準備を」

 静かな声が背後から届いた。
 振り返ると、スーツ姿の若い男が立っている。エリサのマネージャーだろうか。

「はい。すぐにまいります」

 男に返事をして、エリサがオレたちに向き直る。そして深々と頭を下げた。

「改めて、本日はありがとうございました。お見送りできず申し訳ございませんが、どうぞお気をつけてお帰りください」

 エリサのスイッチが、また切り替わったように見える。
 プロの顔に戻った彼女に別れを告げて、オレたちも楽屋をあとにした。

「なんかイメージと違ったな、磯崎貴也」

 ホールを出ると、慧が呟いた。その言葉を拾って、容子さんが穏やかに頷く。