至上最幸の恋

 無理に考えるのをやめようとしなくてもよかった。歌うような旋律と、それに寄り添うエリサの笑顔に、自然と引き込まれていく。

 やはり華がある。大きな舞台で多くの観客の前に立つだけの器が、生まれつき備わっているのだろう。そういう人間は決して多くない。

 鍵盤を自在に駆けるその指先が、一点の曇りもない澄みきった美を創り出す。この場にいる観客の視線は、すべて彼女に吸い寄せられていた。

 途中20分の休憩を挟んで、約2時間。天真爛漫なピアニストが創り出す麗らかな世界に、たっぷりと酔いしれた。

「いやぁ、すごかったな」

 まだ音の余韻が残るなかで、ようやく緊張から解放されたといった様子で、慧が座席の背もたれに体を預けた。

「お前が、あんな子と知り合いだったとはな」
「知り合いっつーか……まぁ、知り合いか」
「なんだよ、そのもやっとした返事は」
「浅尾君、浅尾君」

 桂木さんが、慧の向こう側から顔を出した。

「エリサさんの楽屋へ行かないかい? 終演後、君に時間があれば会いたいと言っていたんだよ」
 
 終演後なら、そこまで気兼ねする必要はないのかもしれない。

 だが、なぜか気が進まない。会うのが嫌なわけではない。ただ、充足感に満ちているであろう彼女の顔を見たら、余計に筆が止まってしまう気がした。