あのときは、なにも感じなかった。ただの有名な曲として、右から左へ通り過ぎていくだけだったのに。なぜこんなにも、心が震えるんだ。
「この曲は、若きショパンが故郷ポーランドを離れ、パリへと向かう直前に書いたもの。旅立ちの決意が込められたこの曲を演奏するとき、私には明確に思い浮かべることがあります」
エリサが、ふと顔を上げた。一瞬、視線が交わったような錯覚に陥る。
「生まれ育った日本を離れ、ウィーンへ旅立つときのこと。そして、その先で出会った方々のことです。あの留学があったからこそ、いま私は、ここに立てています。私を導いてくださったすべてのご縁に、心より感謝申し上げます」
割れるような拍手が、再びホール内を包み込んだ。
そうか。あの力強くもどこか儚げな旋律は、彼女が抱えていた希望と不安、その混濁した感情そのものだったのか。エリサがどのような想いで留学していたのか、その一端に触れた気がした。
あのとき、自分の未熟さを嘆いていた彼女に、もっと寄り添えていたら。いまさらながら、忸怩たる思いがこみ上げてきた。
ふと隣に目をやると、磯崎が微動だにせずエリサを見つめていた。この熱い眼差しは、カメラマンがモデルに向けるものなのだろうか。
「この曲は、若きショパンが故郷ポーランドを離れ、パリへと向かう直前に書いたもの。旅立ちの決意が込められたこの曲を演奏するとき、私には明確に思い浮かべることがあります」
エリサが、ふと顔を上げた。一瞬、視線が交わったような錯覚に陥る。
「生まれ育った日本を離れ、ウィーンへ旅立つときのこと。そして、その先で出会った方々のことです。あの留学があったからこそ、いま私は、ここに立てています。私を導いてくださったすべてのご縁に、心より感謝申し上げます」
割れるような拍手が、再びホール内を包み込んだ。
そうか。あの力強くもどこか儚げな旋律は、彼女が抱えていた希望と不安、その混濁した感情そのものだったのか。エリサがどのような想いで留学していたのか、その一端に触れた気がした。
あのとき、自分の未熟さを嘆いていた彼女に、もっと寄り添えていたら。いまさらながら、忸怩たる思いがこみ上げてきた。
ふと隣に目をやると、磯崎が微動だにせずエリサを見つめていた。この熱い眼差しは、カメラマンがモデルに向けるものなのだろうか。



