至上最幸の恋

 座席は埋まりつつあるが、あの磯崎という男の姿は見当たらない。
 
 そういえば、ホールの入口とは別のほうへ行っていたな。まさかあの先は、楽屋か?
 開演前の緊張感の中に立ち入ることを許されるほど、親しい仲なのかもしれない。

 カメラマンの場合、被写体が恋愛対象になることも、珍しくないのだろうか。いや、待てよ。慧が言うには、女たらしだという話じゃないか。あの男は、軽い遊びのつもりなのかもしれない。

 エリサが本気でそんな男の相手をするとは思えないが、彼女は少々世間知らずなところがある。ずるい男であれば、そこにつけ込むのではないか。

「おい。おい、瑛士」

 慧から、軽く肩を小突かれた。

「どうしたんだよ、さっきから。心ここに在らずって感じだぞ」
「あぁ……ちょっと、絵のことを考えていた」
「お前は、嘘をつくのが下手だよな」

 呆れたように苦笑して、慧が背もたれに体を預けた。

 やはり、こいつに隠しごとはできないな。エリサのことも正直に話しているので、オレの心が乱れている原因が彼女にあることは分かっているのだろう。

 社交的な慧が桂木夫妻の隣に座ってくれて、本当に助かった。退屈な開演前の時間を会話で埋めてくれているおかげで、オレの失礼な沈黙が誤魔化されている。