「まぁ今日は夜も遅いので、事情聴取は後日にしましょう」
警官はそう言って手帳をぱたりと締め、遺体安置の為応援を呼び、その後お父さんは応援でかけつけてきた警官たちによって運んで行かれた。
「―――こんなことに巻き込んで、ごめん」
先輩が項垂れながらぽつりとこぼす。
いつだって自信に溢れていて、リードしてくれた人の影が今は微塵も感じられない。だからこそ、放っておけない。私は先輩の手をそっと握った。先輩がそっと手を握り返してくる。
「……いいえ…念のため、この後の事情聴取のとき部屋がどういう状況だったか確認しておきたいんで部屋に入っても?」と私が冷静になって聞くと先輩は力なく頷いた。
部屋は八畳一間だった。全体的に汚れていてあちこちにゴミが散乱している。何だか分からない異臭のようなものも充満していた。
部屋の端に一組の薄い布団が敷いてあり、それが乱雑にめくりあがっている。その手前にちゃぶ台があり、酒瓶やビールの空き缶が何本か転がっていた。この量だと相当飲んでいたに違いない。
先輩は足元に落ちた何か一点を見つめて茫然と立ち尽くしている。それが何か確認すると、それは私があげたマグカップだった。そのマグカップは割れて取っ手の部分も壊れている。
「あいつ……暴れてさ、美海から貰った大事なカップ……割りやがったんだよ。今までそんなことなかったのにカッとなって初めて親父を殴った」
先輩は―――私があげたマグカップの為に―――
いつまでも大事に使ってくれていたんだ。
嬉しい気持ちもあったが、今は冷静になるべきだ。部屋はこのままにした方がいいだろう。”暴れた”と言う形跡をできるだけ残しておきたい。もし解剖でもされても大量のアルコールが酔っていた証拠になる筈だ。
「とりあえず……ここに居ても何もできないし、先輩も落ち着かないでしょう?どこかへ…」と言い切らないうちに先輩は私の手を再び握ってきた。
そして私たちは歩き出した。
二人ともずぶ濡れ状態で電車に乗り、私たちは自然と一回目に入ったラブホテルへと向かった。別に示し合わせたわけではない。ただ、足が自然とそこへ向かっていた。
適当な部屋に入るとバスローブに着替え
「とりあえずお風呂、入りましょう。このままだと二人とも風邪ひいちゃう。部屋の温度上げますね。濡れた服はハンガーに掛けておいたらある程度乾く筈だから」
先輩は黙って頷いた。
私がお風呂場でお湯を張る為、蛇口を捻っていると、ふいに後ろから先輩に抱き締められた。
「ネックレス、まだ付けててくれたんだな」
「…………はい……気に入ってたし」
嘘。ホントは先輩がくれた最初で最後のプレゼントだから、私―――やっぱりまだ先輩が忘れられない。先輩が私があげたマグカップを大事にしてくれたように。私は―――先輩と交換した筈のマグカップを記憶を葬るように実家に置きっぱなしにおしてきたのに。
冷たくなった先輩の体温。でも筋肉質なところとか私を抱きしめる力とか変わってなくて。
「美海」
先輩の顔が私の頬を撫でる。その頬に冷たい何かを感じた。
先輩―――泣いてる……?
「会いたかった」
私も―――私もホントはずっと会いたかった。それがどんな形でも。
私は振り返ると先輩の顔を両手で包んだ。先輩はやはり涙を流していた。
私は着ていたバスローブの紐を解いて足元に落とした。先輩が少し驚いたように目を開く。
「お風呂、一緒に入りません?」
先輩は裸の私を再び抱きしめると、「うん」と小さく頷いた。



