人魚のティアドロップ


翔琉は私に「俺のことも好き?」とは聞いてはこない。

好き―――って何だろう。

海李先輩のように燃えるような恋を、私はまだ翔琉に見いだせない。

それでもそれは穏やかで心地よいものだった。少なくとも私には。

次の日、私は普通に出勤した。

昨日心配してくれた後輩にお礼として手作りクッキーを手渡した。

「え?そんな私大したことしてないのに」と後輩の女の子は恐縮したように、しかし嬉しそうに受け取ってくれた。

「もう大丈夫ですか?」

「うん、もう平気。ちょっと昨日は色々あって。心配かけてごめんね」

と言うと

「何かあったら相談してくださいね。聞くことしかできないかもしれませんが」と、優しい。

「うん、ありがと」

と短くお礼を言い、通常の業務に取り掛かった。

昨日、あんなに取り乱して泣いていた自分が嘘のように、今日も淡々と仕事をこなせた。

「経理部の岩田とのお約束ですね。お待ちしておりました。三階フロアで岩田がお待ちしておりますので横のエレベーターでお上りください」

「ありがとう。これ僕の名刺」

さりげなく名刺を渡され、その裏にスマホの電話番号が書いてあった。”実はずっと気になっていたんです。もしよかったら今度食事にでも”と一言添えられていて思わず苦笑い。

「行ってらっしゃいませ」

名刺を受け取りながら作り物の笑顔を浮かべ、来客を見送る。

実を言うとこういうことは初めてではない。

でも一々本気で取っていたら、心と体がもたない。だからスルー。

それから半年経った。

翔琉とはそれほど衝突もなく日々は穏やかに、そして平凡に過ぎていった。

しかし最近体を重ねることが極端に減った。

「ねぇ」と私が誘っても「疲れてるから」と断られることもあれば、その逆もしかり。

セックスレスと言うにはまだ早い気がするけれど、それ以外の日常は普段通り。

そんなある日のことだった。

「台風近づいてるみたいだって」

朝、朝食を摂り終わってネクタイを絞めながら朝のワイドショーを見ながら翔琉が言った。

「そう言えば雲行きも怪しいね。翔琉、傘持っていきなよ」

「ああ、美海もな」

そんな普段通りのやり取りで私たちはそれぞれ家を出た。