人魚のティアドロップ


「何……で…」

もっとちゃんと理由を聞けば良かったのに、私の言葉は弱々しく風にさらわれそうになった。

「もう疲れたんだよ」先輩は静かに言った。

疲れた―――何に?

言いたい事が口にできずただ目を開いていると

「俺、やっぱ無理だった。美海より好きな女ができた」

え――――

それって―――誰……?

こんなことも口にできない。

「とにかく疲れたんだよ。お前に合わせることも、お前に向き合うことも」

”お前”って―――先輩はいつでもあたしのこと”美海”って言ってくれたのに。

初めて言われる言葉に戸惑いつつ

「……好きな人って……」と何とか言葉を絞り出すと

「か~いり」とぴょんと跳ねながら沙羅先輩が海李先輩の傍に近づいてきた。そしてそれはそれは自然に海李先輩の腕に自分の腕を絡ませると

「ねぇ今日はどこへ行く~」と甘ったるい声で海李先輩に聞いている。

「カラオケ?はこないだいったよね。今日は映画観に行こうか。泣けるって映画が絶賛してるみたいだよ」沙羅先輩は私が目に入ってないのか、あるいは無視をしているのか猫なで声をあげ先輩の肩にすり寄っている。

嘘――――

海李先輩と沙羅先輩が―――

「そう言うわけだから、分かったろ。今日までそこそこ楽しかったよ。じゃな」先輩は沙羅先輩の腕を振り払うことなくその場を立ち去ってしまった。

嘘だよ、先輩。いっちゃやだ。別れるなんて言わないで!


――――――
―――


「―――――は……!」

目が覚めた。スマホで設定した時間よりだいぶ早い時間だ。

あれから十年経った。私は27歳。都心の大学を受けて一人暮らしを初めて約十年。海李先輩と別れて私はすぐに水泳部を辞めた。やっている意味を見いだせなかった。それから勉強に明け暮れ、都市部でも最高クラスの大学に合格し、今では大手IT企業の受付嬢だ。

受付嬢は正直望むべき部署とは言い難かったが英語が堪能と言う理由でそこに配置された。誰もが一度ぐらい名を聞いたことがある大手IT会社は外国の人も多く来社する。その為、スムーズに案内できる私が起用されたみたいだけど。

通常メンバーの入れ替わりがあるものの四名の受付嬢で一番仲の良い後輩が声を掛けてきた。ちょうど来社の客が途絶えて暇を弄んでいたときのことだった。

「先輩、今日の合コンメンバー足りなくて、参加してくれませんか?」

突如として言われて

「合コン?」思わず声が大きくなったが慌てて口元に手をやってその言葉を呑みこんだ。

「先輩だったら可愛いし、常識もあるし、品もあるし」

「待って、そこまで持ち上げないで」

私は慌てて手を振った。そりゃ合コンは初めてではない。大学時代にも何回かサークルの合コンに参加したし、そこで彼氏もできた。悪い記憶はないけれどこの歳になって合コンとは……

「だって先輩彼氏欲しいって言ってませんでした?」

言った。言ったけどあのときはそのときの流れていうか。とにかく皆に合わせただけ。

「相手、製薬会社の営業マン。それなりに収入も多いみたいだし、いいと思いません?」

「いや……私は……」

予定が入ってる、と言って断ってしまえば済む話だけれどここが私の悪い所。様はハッキリ断れないのだ。優柔不断って言うのかな。