人魚のティアドロップ


かいり先輩は自分が呼ばれたことをしばらくは不思議そうにしていたけれど、

「ああ!あのときの…たしか美海」

名前―――覚えててくれたんだ。

それだけで胸がまた高鳴った。

「ホントに入学したんだ」

「何なに?海李の知り合い?一年?結構可愛いじゃん」とかいり先輩と一緒にいたちょっとチャラそうな先輩たち二人が私を見てきてニヤニヤと笑っている。何だか……怖い。それを察したのか

「そ、俺の知り合い。だから手ぇ出すなよ」とかいり先輩は他の先輩をぎろりと一睨み。その視線は私に向けたことのないちょっと怖いものだった。

「へーへー」とかいり先輩の友達は生返事。

かいり先輩はブレザーの下ネクタイはしておらずシャツをズボンに垂らしていて、ちょっとヤンチャそう。でも、制服姿―――始めて見た。と何故か違うところに目を向けていると

「水泳部、入った?」と聞いてきた。

「あ、はい……かいり先輩のクロールがきれいだったから」と素直に言うとかいり先輩は少しだけ苦い顔をした。

「サンキュ、そう言ってくれて嬉しいけど俺退部したんだわ」

「知ってます。先輩に聞きました。何で………」

私って無神経。何で少ししか喋ったことのない先輩のことをこんな根掘り葉掘り。

「あー……ちょっとバイク事故でアキレスやっちまって」と先輩は言いずらそうにして頭の後ろを掻く。「それで長時間泳ぐことができなくなっちまったんだよね」

バイク事故―――

「おい、それは―――」と一人の先輩がかいり先輩の肩を掴んだが、かいり先輩はそれを鬱陶しそうに払いのけ

「そういうわけだから、ごめんな」と悪いのは私なのに何故か謝られた。

私はスカートをきゅっと握った。

「……ごめんなさい、あたし何も知らずに無神経なこと……」

「いや、美海のせいじゃないから。てか俺がスカウトして入学までしてくれてしかも入部までしてくれて俺は逆に嬉しいっつうか」

先輩は前と変わらず白い歯を見せて笑う。

何で笑うの?先輩は辛い筈なのに。

何故だか私の方が泣きそうになっていると、かいり先輩はふわりと私の髪の先を触れてきた。私の髪は肩甲骨程までのばしてある。生まれつき色素が薄いのかだいぶ茶色がかっていて中学のときは染めている疑惑を疑われ先生によく注意を受けたっけ。

「きれいな髪だな。人魚姫みてぇ」と先輩はやわらかい笑顔で浮かべた。

え――――

きれいな髪、と言われたのははじめてだ。

またも心臓がどきりと跳ねる。

そのときだった。

「海~李!こんなところに居たの?もう休憩終わっちゃうよ?」とあのきれいなマネージャー…確か沙羅って言ったっけ、彼女がかいり先輩の腕に自分の腕を絡ませ上目遣い。

「そっか、もうそんな時間か。ま、俺は辞めちまったけどあの部で何か問題があればいつでも相談乗るから。あ、俺2年2組。いつでも来いよ」ときさくに笑い、私はぎこちなく頭を下げ

「ありがとうございます」と言うことだけ返すことができず、その場を逃げ去るように去ってしまった。

そのときは気づかなかった。沙羅先輩が睨むように私を目で追っていたことを。