「見慣れない制服。中学生?見学?」

彼は高い場所にあるプールサイドから腰を落とし私に声を掛けてきた。友人の智花(ともか)が一歩下がって私の制服をきゅっと握ってくる。

「あ……はい!」

「受験生?」またも聞かれ

私は「はい」とバカのようにそれだけしか答えられなかった。

「うちは県体もいったけど、それ程強豪じゃないよ」彼は苦笑い。あまりにも真剣に見てたからか、どうやら勘違いされたようだ。私が水泳が得意だということに。

「……いえ、家が近いしあたしの学力だったらここがちょうどいいって言うか…」

はじめて『はい』以外の返事ができたけど、考えたらこの時の返事かなり失礼だったよね。でも彼は気を害したわけでもなく

「はは、俺は勉強はからっきしだからな。”これ”しか特技がねぇから何とか特待で入れた口だけど」

と軽く笑った。

あ……笑うと可愛い。

顔が熱くなるのが分かった。真夏の…炎天下の下だから、と言う理由だけじゃない。何だか体中の血管が沸騰したような。心臓の芯から熱くなるような。

「ここ、入学したら水泳部入りなよ。大歓迎。くせが強いヤツは多いけどみんないいヤツらだから」

と彼はまたも気さくに笑い、私のフェンスに握った手に自分の手を重ねてきた。

彼の手はさっきまで水の中にいたというのに熱かった。

ドキリ、とまた心臓が大きくなる。

ドキドキし過ぎて何と返していいのか分からず、短い間にあれこれ考えていると

「かいり~!何サボってんの」と、さっきのマネージャーだと思われる女子の先輩が腕を組んで近づいてきた。

わ……きれいな先輩。

栗色のサラサラロングストレートヘア、目が大きく鼻筋は通っていて唇は淡いピンク色。まるでテレビで見るアイドルが飛び出てきたみたいな人だ。

沙羅(さら)、悪い。今行く。ちょっとスカウトしてた」とかいり先輩が答える。

かいり…

漢字は何て書くんだろう。

苗字は?

色々聞きたかったけれど、不審者に思われそうでやめた。

「スカウトって何言ってんの?あんた一年でしょうが」とさらと呼ばれた先輩がかいり先輩の手首を引っ張って立たせる。私とかいり先輩の手はあっさりと離された。

「分かったって、早く行くから手を離せよ」とかいり先輩は少し苦い顔をして私に背を向ける。

さら先輩は見向きもしなかったけれど、かいり先輩は

「あ、そだ。名前教えて?」と聞かれ私はフェンスを強く握り

横井 美海(よこい みう)って言います」と言うと

「美海」とかいり先輩は口の中で復唱し

「また会おうな、美海」と笑った。

名前を呼ばれて一層強く心臓が打った。まるで自分の場所だけ地震がきたような。

「ちょっとかいり」とアイドルみたいなマネージャー先輩が僅かに目を吊り上げ強引にかいり先輩の手を引っ張って今度こそ彼らは私たちから遠ざかった。

まだ、手が熱い。心臓が痛い程熱い。