人魚のティアドロップ


嘘!

たったこれだけで!?

「変に肘と手に力が入ってたんだな。早く泳ごうとすると意識だけが頭にいくだろ?」

確かに……前の私はそうだった。それだけしか考えてなかった。

「あと、足が水を蹴るタイミングだけど」と言って今度は私を横に浮き上がらせるとまたも予告なく足首に触れられ、「手でスクロールした瞬間、一気に水を蹴る感覚」と先輩は私の足を上下させた。

それだけでまた一段と早く前に進んだ。

「美海、才能ないっていったけど飲み込み早いじゃん」とかいり先輩は笑った。「今まで誰が指導してたんだか」

「こ……コーチは選抜チームの指導が忙しかったし、あたしは沙羅先輩が…」

「ふーん」とかいり先輩はレーンロープの上で腕を組み

「な、この際だから一緒に泳がない?」と言われ

え?

私が目を開くと

「競泳相手が居るのと居ないのとでは張り合いが違うだろ?」と言われ、私は慌ててこくこくと頷いた。

憧れだったかいり先輩との競泳。

かいり先輩はゴーグルだけをつけて元のスタート地点に戻った。私もそれにつられて戻り、かいり先輩の

「よーい」と言う言葉で構えると「スタート」と言う言葉で一気に水にもぐりスタート地点の壁を両脚で蹴った。さすが先輩。私より肺活量があるのかそれとも男女の差なのか潜水から水面に上がるのは私の方がだいぶ早かった。それでもかいり先輩がレクチャーしてくれた動きで何とか泳ぐといつもよりだいぶ軽く早く進めることができた。

でもやはりかいり先輩には追い付けない。先輩は中間地点で泳ぐのをやめ、私がそこまで泳いでいくのを待っていてくれた。

「ゆっくりいこうぜ。俺が美海に合わせる」先輩が笑い、私たちは平行して泳ぐことになった。水中にいる間顔が合った。

二人の息の気泡が上へ上へと立ち上っていく。まるで異世界にいるみたい。

それはとてもきれいだった。

50メートル泳ぎ切ったところでかいり先輩はプールサイドへ身を起こし、またも手を差し伸べてくれた。

プールサイドに上がると、かいり先輩は子供のようにその場に両手両足を放り投げ

「あー、楽しかった」と子供のように笑った。

「あ、あたしもです!」と勢い込むとかいり先輩はまたも笑い、しかしすぐに次の瞬間顔をしかめ左足首の少し上を手で押さえた。その場所はまだ痛々しい手術痕が残っていた。

「少しはいいけど、やっぱ長い間は無理だな」と無理やり笑いながらその場所を撫でさすっている。

「ちょっといいですか?」私はかいり先輩の手の上から自分の手を重ねるとその場をそっと撫でさすった。