「―――え?海斗が熱?分かりました、今すぐ迎えに行きます」
通っていた保育園で海斗が熱を出して園から呼び出しされた。
初老の男性施設長に説明すると、温和で心が拾い施設長は
「それは大変だ、今すぐ迎えに行ってあげなさい」と言ってくれて、私は慌てて園に迎えに行った。
幸いにも近くの小児科の午後の部の診療が空いていたから良かったものの。
はぁ……
海斗は小さい頃からあまり熱を出したり風邪をひいたりする手のかからない子だったから、その分こういうとき過剰に不安になる。
海辺の小さな小児科は一軒だけでいつも混みあっている。今日も長い時間待合室で待たされているときだった。
「こんにちはー、お薬の補充にきました」
どこか覚えのある声が聞こえてきて顔を上げると
「え!翔琉!?」
思わず声を掛けてしまって『しまった』と思った。翔琉とは笑顔で別れたとは言え、やっぱりキマヅイだろう。
「美海?」
と翔琉は無視することなく当たり前の……何事もなかったかのように私に近づいてきて、初めて見る見知った顔ではない男の人を見たのか海斗が不安そうにきゅっと私の腕に巻き付いてきた。
「その子が……」
翔琉は目をぱちぱちさせ
「うん…海斗って言うの」
診察までだいぶ時間がありそうだったから私たちは一旦外に出て、三人で建物の外にあるベンチに腰掛けた。幸いにも春真っ盛りで風が温かく気持ちがいい。
「海斗かぁ、いい名前だな。ママの言うことちゃんと聞いてるか?」と翔琉が人懐っこい笑顔を浮かべて海斗の頭を撫でると海斗は無言でまたも私に縋ってきた。
「ごめん、ちょっと人見知りな所があって」
「いいって、子供なんてそんなもんだろ」と翔琉は気にしてない様子。
「翔琉は?何でこんなところに?」
「あー、俺一週間前からこの島?って言うの?異動になったんだわ。急に社員が辞めちまって、今は単身赴任」
「そう……だったんだ」
都心からだいぶ離れてるし小さな島だから会うことなんてないと思ってたのに。それにしても凄い偶然。
「元気だったか?」と聞かれ、私は小さく頷いた。
「そか」
「翔琉は?付き合ってる人とかいないの?もしかして遠距離?」
「まさか。俺は”あれ”からフリー」
ってことは五年も?
「まぁ小さな島だから困ったことあったらいつでも頼ってくれよ」
翔琉は五年前のこと、何事もなかったかのようにさらりと言った。
頼る―――なんてできるわけないじゃない。
「そうだ、海斗。チョコレート食べるか?」と言って翔琉はスーツのジャケットからチョコレートを取り出した。
海斗は『うん』と言う意味でか小さく頷き、
「うまいぞ~」と言って小さな掌にピンクのセロファンが巻かれたチョコレートを置いた。
海斗は甘い物が好きだった。そこも海李先輩譲りなのか、それでも虫歯にならず助かってはいるが。どんなにぐずって機嫌が悪くてもチョコ一つでご機嫌になる、そんな子だ。海斗はそれを剥いて口の中に放り込むと、途端に頬を綻ばせた。
「そっか、うまいか~」翔琉が海斗の頭を撫でると、海斗は嬉しそうに笑った。
「美海に似て素直で可愛い子だな」
私に似て―――?



