芸能人を辞めたのに芸能学校に通っています…(男子として!)

「新しい人生、歩んでみない?」

--は?

今私の目の前には男の人がいる。
甘ったるい目元が特徴的な俗に言うイケメンだ。
20代後半ぐらいに見えるけど…誰?

「聞こえてる?如月いや、ー-蒼葉翠ちゃん。」

「なんで」の3文字で頭に浮かんだ。

自分で言うのもなんだけど私は売れっ子女優だ。
だから、この人がマスク&帽子をつけた私を如月翠と見破ってもおかしくはない。
ーーそう、「如月」翠とならば。ーー

「如月」は私のお母さんの苗字。
ー伝説のアイドルグループ「ALICE」の絶対的エースでグループ解散後は女優&歌手として大活躍。
この業界で「如月美羽」を知らない人はまずいない。
その娘が私、如月翠だということも。ーー

だけど私の戸籍上の名前は蒼葉翠。
これは事務所にもマネージャーにも伝えていない。

なのに、なんでこの人が知っているの…

「あなた…何者?」

口から出た声は自分でも驚くほど震えていた。

目の前の人は微笑を浮かべて一言、

「翠ちゃんを救う、ヒーロー、的な?」

人は予想外過ぎることがあると言葉が出ないらしい。

「そんな不審者を見るような目しないでよ。」

いや、突然現れてヒーローとか、明らかにおかしいって。

「これから先どこに行くつもり?」

甘い微笑を浮かべてているけど探るような目付き。

「翠ちゃん一人なら10分後に拘束される未来が見えるけど。」

非常ドアの後ろからハイヒールで走ってくる足音が聞こえる。おそらく私のマネージャーだ。

「一緒に行こ」

彼と視線が交わる。

甘いけど有無を言わせないような、どこか見覚えがあるような、ないような…そんな視線だった。

「それとも、この生活が好き?」

揶揄ように聞いてくる彼。

「そんなわけーー」

彼が私を物陰に引き寄せるのと同時に非常ドアが開いた。

雰囲気とは異なり爽やかな柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。

抱きしめられている、と気付いたのは数十秒後。

「ちょっ、」

抗議しようと顔をあげると至近距離に彼の顔。


長いまつげ、透き通った白い肌、甘ったるい目。

イケメンというよりは中性的な顔立ち。

頬が赤くなるのを感じて目線を下に逸らす。

非常ドアが閉まる。

我に返り、マネージャーに見つかるかも、という緊迫した状況だったことを再認識。

彼が私の手首を掴んで歩き出す。

私はそれを振り払う気にはなれなかった。