愛を呑み込んで、さようなら。




──ガチャ…玄関の開く音で目が覚めた。


今何時…?


携帯の光で思わず目がぎゅっと瞑る。光に慣れるようにゆっくり携帯の画面を見ると、表示されたのは05:17という時間だった。



「……朝の、5時、?」


うそ、朝帰りしたの?どうして…?こんな時間まで、誰とどこにいたの……?



「なんで…何も言ってくれないの?」


──あぁ、ダメだ。昨日はあんなにイラついていたのにキミを前にするとこんなにも本音が言えなくなる。


私……君が怖いんだ。



「は?何を言うの?」


私の耳に聞こえる、君のいつもより低い声。



「今の朝帰りとか、昨日の電話越しに聞こえた女の人の声とか」



「…やっぱ聞こえたのかよ」



小声で言ったつもりだろうけど、私は聞き逃さなかったよ。



……朝帰りにしたのもその人のせいなんでしょ?



「…つーか、腹減った。飯は?」



話、逸らさないで…キミのご飯なんか無いよ、そう言いたかったけどラップに包んだハンバーグ食べない訳にも行かないから。


“冷蔵庫にあるよ”って言うと目も合わせずリビングへ向かおうとする彼の背中を見る…



1年前と同じ背中なのに、どうしてこんなに変わってしまったの。どうして…悲しく見えるの。



「……美味しい?」



きっと君はもう美味しいなんて言ってくれないだろう。


「…本当は昨日作ってたんだけど、急に遅くなるって電話来たから」


何も言ってくれない彼を見据えて、口数が少し多くなる私



「うん。やっぱりユアの料理は美味しいよ」



──ドクッ、、ドクン、ドクン…


昨日よりも心臓がドクンドクンと早鐘を打つ。なんで、今更美味しいと私の目を見て言ってくれるの?


「おい、しいの?」



──美味しいってまだ言ってくれるの?



「え?うん。…美味しいよ。俺の好きな味」




…最後まで悪役になれないのが君らしいよね。ここ最近君は悪役だったのに、どうして最後まで悪役になれないの?


どうせなら悪役になって 美味しくないって言ってくれれば私君のこと嫌いになれたかもしれないのに。



「……ご馳走様でした」



──ねぇ、なんで、なんで今になって満足したような顔で手を合わせるの。


なんで、今日は美味しいって…“ご馳走様”って言ってくれるの。



あの人と縁が切れたとしても私は彼の事を受け入れないだろう。今更ごちそうさまって手を合わせてくれても、美味しいって好きな味って言ってくれても今はもう信じられない。



最後まで悪役になれない君はお皿を下げて寝室へ向かおうとする彼を私は引き止める。




「……私達別れよ」




少し開いた窓から寒い空気が少しずつゆっくりと入ってきて、冬に包まれた部屋に…私の冷たい声が響く。



ねぇ、ナギ…私もう限界だよ。キミが思ってる程優しくなんてないよ…




「え…?」



どうしてそんなに悲しそうな顔で私を見るの。今更私の目を見ても遅いよ。



「“え?”じゃないよ。なんで何も分からないの」



本当はこんな酷い言い方したくない…まだ、好きだよ。



「…あんなにナギのために作った料理美味しいって言ってくれないしても合わせてくれないし…浮気するし」



「ごめん、でも俺にはユアだけだよ」



「うそ、嘘吐き…! なんでそんな嘘つくの。本当は私じゃなくてあの子のことが好きなんでしょ」



どうしてナギはそんなに分かりやすい嘘をつくのだろうか。私が、そんなことで騙されると思った……?


「…っ」


ナギ…私達ねきっと最初から合わなかったんだよ。愛し合って合うフリをしていた。


……だから1年前の彼はきっと私の妄想で。


「…だから別れよ。」


───私の目から1粒、2粒…そして大粒の涙が顔を濡らす。自分で決めたことなのに、自分で言った言葉なのに…どうしてこんなにも苦しいのだろうか…



「本当にユアの料理美味しかったよ、好きな味だった」



もう君にとっては私は過去なんだね。私の料理好きだって言ってたくせに、結婚しようって約束したくせに……


本当にキミは酷い人。彼のその悲しそうでホッとしたような瞳が私の目を捕まえて離さない。



「うん…」



「ユア…本当にごめん君の最後の人になれなかった。俺今でもユアのこと好き…っ」


浮気したくせに、約束破ったくせに…


他の子見たくせに最後の人とか無いよ……



「…もういい」


彼が吐いた今でも好きだって言葉の嘘に気づかないフリをして私も嘘を吐く。


「…ナギのこともう好きじゃない。こんなに振り回されて大嫌い」



今でもナギが好きって気持ちがキミに伝わってほしくない。けど…たくさん振り回されて疲れたよ、大嫌いなんて気持ちは伝わってほしい……。


大好きだけど、大嫌いそんな私の気持ちは矛盾していて…この気持ちをどこにぶつけたらいいんだろう。


「ユア…っ」



……久しぶりに君が涙を流してる所を見た、あんなに悲しそうに泣く人だっけ。君が泣く理由は私が居なくなって悲しいんじゃなくて、私の味を食べられないからでしょう…?本当に酷い人…



「このペアリングもう要らない」


右手の薬指に付けていた かつておそろいだったペアリングを床に放り投げた。床に酷く放り投げられたペアリングはコロコロと転がり彼の足元に止まった。



「私とお揃いだったペアリング、どこにいったの?」


「……」


何も言ってくれないの?あのペアリング、誰でも付けられるデザインだからもしかしてあの子にあげたの?


「無くした」



「…そっか。私もうナギの彼女じゃないからこれ無くすね」



彼の足元に止まってるペアリングを一目見た。あのペアリング……ナギにとっては無くすような簡単な物だったの?…なんて、ナギの目を見たら思ってもないことを言っちゃいそうで。そのまま目を見ないでナギを置いて玄関へと向かい外へ出た…



空気には味が無いと思っていたのに、口に触れた空気は少ししょっぱくて、涙の味がした。



ナギは本当に最後まで悪役になれなかった。最後の最後で私が1番求めていた言葉をあんなに優しく言ってくれたけどもう遅いよ。


言うのが遅すぎた、浮気した事も手を合わせない所も約束破る所も悪役になれなかった所も最後に私の目を見てくれた所も嘘をつく所も全部嫌い_大嫌い。



最後まで悪役になれなかったキミへ、私も最後は悪役になれてたかな。2年間つけてたペアリング、5年間付き合ってたナギ、私の愛しい思い出でした。