自称ぽんこつ令嬢は今日も記憶をなくしたいのに、殿下の溺愛が止まりません。

「で、ディアナ。今度こそは、本当に記憶をなくしてしまったのかい?」
 
 柔らかなアイスグレーの髪に、宝石のような紫の瞳を持つ私の婚約者は、その優しそうな外見とは裏腹に目が全く笑っていません。
 実際、何をどうしたらこうなったのか、現在私は婚約者であるリオン様のお膝の上に横向きに座らされています。

 ただそれだけでも、すでに口から心臓が飛び出してきてしまうのではないかという生きた心地がしません。
 でも今ここで引き下がっては、何もかも水の泡になってしまいますので我慢です。

「執事が、今朝階段の下で倒れている(わたくし)を発見したそうなのです。お医者様に見ていただいたところ、頭の後ろにコブが出来ていて、おそらく階段から落ち、その時に記憶を失くしたのだと言われました」
「ああ、コブというのはこれかい」

 長く綺麗な指が私の茶色に近いブロンドの髪を掻きわける。その腕から、ほのかにムスクの匂いがした。

「あ、あの」

 後頭部にできた小さなコブを見つけると、まるで子どもをあやすかのように撫でた。

「これは痛かっただろう。かわいそうに。それで僕のことを忘れてしまったというんだね」
「はい。殿下のことを忘れてしまった私は……」
「僕が殿下ということは覚えているんだね」

 嬉しそうにリオン様が私の顔を覗き込む。
 そう、私は本当に記憶を無くしたわけではないのです。
 この婚約を破棄したいがために、演技なのです。

「そ、それは殿下がここへお見舞いに来られるというのでその前に執事や両親に確認したんですわ。粗相があるといけませんので」
「ふーん、そうなんだ」

 これくらいではもうひっかかりません。なにせ、婚約してからそこれで32回目の記憶喪失ですから。

「どうしていつも、こんなことをするんだい?」

 むしろ私は、どうして私なんかを殿下のお妃候補にしたいのかという事の方が、未だに分かりません。

 この髪の色も、薄いブルーの瞳も社交界では平凡そのものです。
 背も殿下より頭一つ以上も小さく、胸だってたわわなわけでもありません。