当日。
桜が咲きかけた公園のベンチで、
彼女が広げたお弁当の中身は、
卵焼きと、おにぎりと、ミニトマト。

「わあ、めっちゃ手作り感ある」
「褒めてる?」
「もちろん」

笑い合いながら、
風に揺れる桜の枝が頭上でかすかに音を立てる。
そのたびに、彼女の髪が少しだけ揺れて、
いい匂いがした。

彼はふと、自分の心臓の音が聞こえる気がした。
こうして並んで座るだけで、
世界がちゃんと回ってる気がする。

「ねえ」
「うん?」
「この前さ、“お返しは気持ちが一番大事”って言ってたじゃん?」
「うん」
「じゃあ、今日はわたしの番ね」

そう言って、彼女が小さな包みを取り出した。
中には、白いキーホルダー。
彼の好きなバンドのロゴが刻まれていた。

「これ、ホワイトデーのお返しのお返し」
「……そんなの、あり?」
「あり。だって、ずるいことされたし」

彼は笑いながら、そのキーホルダーを受け取る。
「ありがとう。ずっとつける」
「ほんと?」
「うん。嘘ついたことないし」

少し間があって、彼女が照れたように言った。
「ねえ、今日、桜咲いたら一緒に写真撮ろ?」
「うん。咲いてなくても、撮るけどね」

その言葉に、彼女は頬を染めて笑った。
春の風がふたりの間を通り抜ける。
まだ何も特別なことは起きていないのに、
それだけで十分だった。