サラリーマンと占い師、月と恋愛成就の石

「ちょいと、そこのお兄さん」
「おやおや、呼び止められちゃった。怪しげだから、通り過ぎようと思ったんですけど」
「ホッホッホッ、はっきり言いよるのう。わし、そんなに怪しいか?」
「強いオーラを放ってますよ。占いですか?」
「うむ。寄っていきなされ、お兄さんや」
「お兄さんと呼ばれるほどの年齢じゃないけれどね」
「わしに比べりゃ、おぬしもお兄さんじゃよ」
「む、確かにそのようですな」
「わしは老婆じゃからのう」
「おやめなさいな、自分で自分を老婆だなんて。御年配の女性でしょう」
「ほう、うれしいことを言いよるの。お育ちが良いようじゃな」
「どうですかねえ」
「高そうな背広を着ておるし。ネクタイも高そうじゃ」
「まあ、それなりの所には勤めてますけどね」
「仕事帰りかえ?」
「ええ。この辺は、いつもは通らないんですが、たまには一駅分、遠回りして歩こうかと。今夜はきれいな月も出てるし」
「運動にもなるしのう」
「まさに。ここは静かな裏通りですね。繁華街とも違う感じで」
「だからこそ、道端でわしみたいな商売もできるんじゃ」
「遅くまで大変ですね。手相占いですか?」
「やはり、そう見えるかの」
「小さな机と、その後ろで座ってますからね。机の上の、その明かりも独特ですし」
「外見は似ておるよのう」
「じゃあ、手相占いではない?」
「少し違う。実は、恋愛成就の石を扱っておる」
「へえ、恋愛ですか。そういえば、机に石が並べられてますね」
「そうじゃ。わしの見立てでは、おぬし、失礼じゃが、恋愛経験は皆無じゃろう。彼女ができたこともなく、デートもしたことがない。どうじゃな?」
「む、これは驚いた。恥ずかしながら、当たりです」
「いや、いや。恥ずかしがることではない」
「ふふ、ありがとうございます」
「おぬしは、性格が陽気過ぎるようじゃな。あと、スポーツが得意とか、そういうこともなく。そのせいで、学生時代から、女の子にとって近寄りがたいイメージじゃった。タイミングも悪かった。で、現在に至る」
「えっ、怖いね。何でそんなことまで分かるんですか。す、すごいな」
「それでいて、おぬしには道楽もなく、収入は安定しておるから、お金は結構たまってる」
「驚きだ。またも正解」
「そこまで見抜いたからこそ……」
「呼び止めた、というわけですな」
「そういうことじゃ。おぬしも若い頃は恋に憧れ、好きな女性にアタックもしてきたが、中年を過ぎた今では、ほぼ、もうあきらめてしまっておるな」
「ひゃあ、参ったなこりゃ。全部当たり! あなた、ただ者じゃないようですね」
「まあの。長年、修行を積んできたから、超常的な力を身につけておる」
「道理で、不思議なオーラをまとってるわけだ」
「ホッホッホッ」
「で、机の上の、その石の出番というわけですね」
「察しがいいのう。そういうことじゃ。この石には、わしの念力が込められておる。持ち歩けば、恋愛を成就させる可能性を高めるのじゃよ」
「幾つか種類があるようですが……」
「さよう。おぬしから見て、左に行くほど、効果が強い。無論、値段も上がるがの」
「ちなみに、左端の、一番高価なのはお幾らですか?」
「五万円じゃ」
「……分かりました、それ買いましょう」
「ほほう! 即決かのう?」
「驚かれましたか?」
「ああ、今度はわしが驚いたわい」
「さっき、あなたが見抜いたとおり、私はお金には余裕があるのでね。あなたの超能力に敬意を表して。遅くまでお仕事をされていることへの応援も込めて、買わせてもらいましょう」
「ちょいと待ちなされ。何か引っかかる言い方じゃのう。まるで、この石の力を信じていないかのように聞こえるぞ」
「ええ、申し訳ないのだが、余り信じてませんねえ。いや、信じる信じないというより、当てにできないというか」
「なんじゃと! ど、どういう意味じゃな?」
「お気を悪くされたなら、謝ります。でもね、あなたが修行をして、超能力を高めてこられたのと同じように、私もサラリーマンを二十年以上やってきたんですよ。人間関係の複雑さや、人の心の難しさ、お金の値打ちについては、私なりに分かっておるつもりです」
「ぬう……」
「私もモテないなりに、いや、モテないからこそ、恋愛を成就させることの難しさは、よく分かってますから。今まで過ごしてきた日々、磨いてきた人格、それらを全部使って、相手を誠実に思いやる。そして、気持ちを伝え、少しずつ相手の心を開かせるのが恋愛というものでしょう。それを五万円で補えるとは、とても思えないのですよ」
「……なるほどのう」
「この石を使っても、例えば、この世に実在しない女性を無から創り出して、私に惚れさせる、みたいな芸当はできないのでしょう?」
「まあ確かに、この石にそこまでの魔力はないのう。せいぜい、きっかけやチャンスを増やすぐらいじゃな」
「であれば、私の四十数年の非モテ人生を覆し、逆転させるほどの効力は、残念ながら、この石にはないと思いますけどね」
「……そうかもしれんのう」
「だから、この五万円は、今夜、あなたに不思議な体験をさせてもらったお礼も込めて。この石は、あなたとの出会いの記念として。もちろん、一応、持ち歩きますよ。ご利益にあやかりたい気持ちだって、ないわけじゃない」
「さようか」
「お金の余った寂しいサラリーマンの数万円ってね、こんなふうに使われるんですよ」
「これは、わしが一本取られたようじゃのう」
「とんでもない。じゃあ、こちらがお金」
「確かに受け取ったぞよ」
「では、この石はいただいて行きます」
「うむ。おぬしの今後の人生に幸あれじゃ」
「ありがとうございます。どうか、あなたもお元気で」