午後の外来が終わる頃、院内は少しざわついていた。
新人医師の配属が正式に発表されたのだ。
内科、外科、小児科。各部署に若手が配属される春は、毎年ちょっとしたお祭りのような雰囲気になる。
その日、結衣はナースステーションの窓から外を眺めていた。
病院の裏には小さな川が流れ、その両岸に桜が並んでいる。
花びらが風に乗って、まるで光の粒のように舞っていた。
「綺麗……」と、思わずつぶやく。
その声を背後で聞いた誰かが、静かに返した。
「春って、どうしてこんなに切なく感じるんだろうね。」
振り向くと、そこに立っていたのは見慣れない白衣の男性。
黒髪がやや無造作に落ち、目元に柔らかな光を宿している。
背が高く、整った顔立ち。だけど、どこか“近づきやすい”空気を纏っていた。
「すみません、驚かせました?僕、今日から内科に配属された陽向 碧(ヒナタ アオイ)です。」
笑った時、光が跳ねた気がした。
名前の通り、どこか“陽”をまとっているような人だった。
「橘 結衣です。内科病棟の看護師です。」
「橘さん、よろしくお願いします。あ、ここの桜、すごく綺麗ですね。」
「はい。毎年この時期、川沿いがピンクでいっぱいになるんです。患者さんたちも楽しみにしていて。」
「へえ、そうなんですか。……なんか、いいな。病院って無機質なイメージあるけど、ここはちょっと違う。」
結衣は、少しだけ息を呑んだ。
その声が、まっすぐで、まるで風みたいに心に入ってくる。
――何、この人…。
彼の笑顔を見ていると、少しだけ胸の奥がざわついた。
でも、それを恋と呼ぶには早すぎる。



